聖暦1862年10月
「新聞、どうぞ。」
「ありがとうございます、マリアさん。」
郵便物が少ない日は必ずと言っていいほど店に立ち寄っていたこともあって、店の女主人と俺はすっかり仲良くなっていた。
彼女はマリアさんと言って、このお店はアルザス山脈の中腹に住む "ジェーン" という名の魔女に借りて経営しているのだという。
店に来た俺がいつも新聞を読むのを覚えていてくれており、最近では俺が何も言わなくても新聞を渡してくれる。その優しさがとても心地いい。
「マリアさん、この "魔女ジェーン" って……」
ふと、目を落とした新聞記事に、店のオーナーの名前を見つけた俺は聞いてみる。
「はい。オーナーがどうかしましたか?」
そう問いかけるマリアさんに俺が「ここです」と記事に指を指すと、彼女は顔を近付けて新聞を覗き込んだ。
見出しには、「『時計草の魔女』ジェーンが、時間逆転魔法 『FLOWER GATE』について語る!」と示されている。
ーー衝撃の告白だった。
記者、ロバート・ブラウンの取材によると、魔女ジェーンの操る魔法 "FLOWER GATE" をくぐれば最大で3年間、時間を遡ることができるというのだ。つまり、3年前からであれば人生をやり直すことができるため、この魔法を使うことで、戦争で亡くした愛しい人に再び会うことも夢じゃない。そんな魔法があること自体信じられない話だが、さりとて記者ロバートはそれを試すことはできなかったそうだ。
(魔法の失敗もありえるということか……)
衝撃的な内容と、どこか恐ろしげな魔女のイラストが描かれた新聞から俺は顔を上げる。
「これ……本当ですかね?」
しかし、ちょうど食器を片付けようとするところだったマリアさんは手を止めることなく、
「うーん……実際のジェーンさんは、もう少し穏やかなお顔立ちですよ?」
と、困ったような表情で話をはぐらかすだけだった。