プロローグ
もし、この世界のどこかに神様が存在していたら──。
誰しもが一度は考えたことがあるだろう。
俺もその内の一人だ。
お金持ちになりたい、とか。
たらふく食べても太らない身体が欲しい、とか。
──後悔を消したい、だとか。
考えれば考えるほどキリがないが、こういった願いを、人は思い詰めた時に本気で叶えたいと思うようになる。
そして結論から言うと、神様は本当に存在する。
俺にとって神様は、魔女だ。
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「くそっ、まだついて来てやがるっ!」
夕暮れの空を竜に乗って疾駆する俺の真後ろに、箒にまたがった敵の魔女が迫ってくる。
アルザス山脈の麓に集結した敵の兵力を偵察していた俺は、運悪く帰り道で敵に見つかってしまい、執拗な追撃を受けていた。
紺色の前髪で見え隠れしているためどのような表情なのかは分からないが、その声と箒の速さから余裕を持っていることだけは分かる。
「大したことないのね。」
箒はぐんぐんと距離を縮め、声が聞こえる頃には、俺と魔女の間は僅か数ヤードとなっていた。
(殺られるっ!)
愛竜 "ロビン" と共に死を覚悟したその時だった。
直後、まばゆいばかりの閃光が辺りを照らし、轟音が背後で炸裂した。敵の魔女が箒からまっさかさまに落ちていくのが見える。
「何だっ!?」
爆風でバランスを崩しかけ、俺はロビンを懸命に制御する。突然のことに思考が追いつかず、ようやく体勢を立て直していると、眼前を、黒いつば広帽をかぶった魔女が通り過ぎる。
そのマントに、青地に白いペガサスを描いた友軍── エストランド空軍の紋章がつけられていることから、味方なのだとすぐに分かった。
(助かった……)
遠ざかってゆく味方の魔女を、竜に乗ったまま俺は最敬礼で見送った。