【コミカライズ】ここ掘れ!悪役令嬢~追放先で最愛を掘り当てました~
「ダリスン公爵家ジャネット! 身分を笠に着て繰り返した、男爵家の令嬢シェリルに対する嫌がらせは目に余る。お前との婚約は、本日をもって破棄する。そしてシェリルを新たな婚約者として迎えることを決めた!」
煌びやかな装飾が施された学園祭のパーティー会場で、アフォーナ王国の王太子ニコラスの声が高々と響いた。
長く伸ばされた銀髪とサファイアのように青い瞳を持つ彼は、ジャネットから見ても麗しい。
ただ、王子は素質を全て見た目に費やしてしまったらしい。
ニコラスは、抱き寄せたシェリルの目が三日月を描いているなんて想像もしていなさそうだ。
(少し調べれば冤罪だと分かるものばかりだから、さすがに大丈夫だろうと思っていたのに……ここまで愚かなお方だったなんて!)
ジャネットはあまりにも浅慮なニコラスに驚き、反論の言葉も出せない。太陽の光を集めたような金色の髪にアメジストの瞳を持つ彼女は、人形のように棒立ちになった。
それをシェリルへの嫌がらせをしたという肯定に受け取ったニコラスは、更なる暴挙へとでる。
「やはり婚約破棄だけでは温い。王都から追放し、東のマーザ鉱山での労働をジャネットに命じる。まぁ、価値ある宝をお前自身の手で発掘できたら、反省したとみなして罪を帳消しにしてやっても良いがな」
「そんなっ! それは陛下もご存じなのですか!?」
国王と王妃は今、隣国との会談で不在のはずなのだが……。
「父上には帰国後に報告すれば良いだけだ。鉱山では身分を明かさず過ごせ――連れていけ!」
やはりニコラスの単独の判断らしい。やってくれた。
でも国王と王妃は王太子ニコラスがクズになるほど溺愛している。次男も溺愛しているが比じゃないし、次男もなかなか愚鈍。
ジャネットが婚約者に選ばれたのも、ニコラスが仕事をしなくてもいいくらい有能だから……という理由だ。
果たしてニコラスの暴挙を正しく処理できるか怪しい。
「エスコートは不要ですわ!」
ジャネットは連行のため手を伸ばしてきた騎士たちを視線だけで制し、自ら出口へと向かって歩き始めた。
(こんな馬鹿たちに正論を言っても意味がない。周りもニコラス殿下のあまりの暴君ぶりに驚き、火の粉を被るのを恐れてしまっているから味方に付けられない……今は我慢よ)
ジャネットは下唇を噛んで屈辱に耐える。
そして指示されるまま質素な馬車に乗って会場を発ったのだけれど――
(まさか、会場から鉱山に直行!? 嘘でしょう!?)
馬車は公爵家に寄ることなく王都を出て、郊外の森に入ってしまった。
嫌がらせの真偽を確認せず、陛下に無断で公爵家との婚約を破棄し、処罰を告げるなどとんでもない行動力には驚いていたが、ニコラスの行動力がぶっ飛びすぎている。
公爵家の屋敷に引き込もって抗議しようと思っていたが、これではその方法が使えない。
ジャネットに焦りが生まれる。
そのときだった。
「その馬車、止まれぇー!!」
外から張り上げる声が聞こえると、馬車は止まって扉が開く。
「姉上! ご無事でしたか!?」
馬車に乗り込んできたのはジャネットの三つ年下の弟アレン15歳だった。
パーティーでの話を聞きつけ、馬を走らせ追いかけてきてくれたようだ。
「アレン、助けに来てくれたのね?」
「……申し訳ありません。今すぐ屋敷に姉上を連れ帰れないのです」
「――っ、ニコラス殿下に入れ知恵した人物がいるのね」
「はい。父上が、必ず屈辱を晴らす舞台は用意するから、まずは鉱山で耐えてくれと。もしかしたら王都より鉱山の方が安全な可能性もありまして……とにかく、あとで我が家から鉱山にも手を回します」
そう言いながらアレンは着替えの入ったカバンを馬車の中に載せていき、最後にあるものをジャネットに手渡した。
それは剣先が白く、柄が漆黒の、ダリスン公爵家の家宝のスコップだった。ジャネットは大きく目を見開いた。
「これほど大切なものを外に持ち出すなんて……しかも、跡継ぎでもない私に託して良いんですの?」
「我がダリスン家は鉱山で財を築き、建国の支えになった一族……このスコップが姉上に幸運をもたらし、よき相棒になるでしょう」
「ありがとう。家宝のスコップがあれば本当に宝を発掘して、自らの力で王都に戻れるかもしれないわね」
「では、こちらも姉上が安心して凱旋できるよう、急がねばなりませんね。どうかお気をつけて」
姉弟は数秒の抱擁をかわすと、それぞれその場を発った。
揺られて翌日、馬車はマーザ鉱山に到着した。この鉱山は大粒のダイヤモンドが採掘できるとして、王家の収入源のひとつになっている。ただ、採掘できる確率が非常に低い。
細かいのがザクザク掘れるのが良いか、少量でも大陸トップを誇る大粒が良いのかは判断が難しいところだが……採掘率の低さから、ニコラスは「宝をお前自身の手で発掘できたら、反省したとみなして罪を帳消しにしてやっても良い」なんて言ったのだろう。
ジャネットは髪をひとつに束ねると、綿の白シャツとサスペンダーでズボンをつったスタイルになって現場監督のもとへ行った。
「ネリー、18歳か。メイドの仕事を失敗した罰で送られてきたって……王宮で、何したんだよ。女の子なのに食堂ではなく採掘現場行きを命じられるなんてなぁ。ソラマメサイズのダイヤ四つ、あるいはそれを越える宝で情状酌量って、許す気ないだろこれ。とにかく、好きなところを掘って良いぞ」
現場の監督は同情しつつも、庇ってくれることはないらしい。
「好きなところとは……本当にどこでも自由にということで?」
「どこから出るか、まったく分からないからな。運だ、運。穴の中は迷わないようにだけ気をつけろ。ただ、サボってるところを見つけたら飯抜きだからな」
「さようですか。では、まずは実際に掘ってみますか」
早速ジャネットは、鉱山に向かう。
(さて、どこから掘りましょう。そもそも、私にこの山を掘れるのかしら?)
ジャネットは、手に持っている相棒となった家宝のスコップを見つめた。
父の執務室に飾られている姿は何度も見てきたが、実際に手に持つのは人生初めて。そもそもスコップを使った経験などない。
しかも鉱山は土というか、岩というか。とにかく固そうだ。
「でも、スコップ様自体は最高の道具。胸を借りるつもりで頑張るしかないわ!」
そう意気込んで両手で握ったときだった。
《左手は剣先の近くで持ち、右手は離れたところで握るのじゃ》
「え!?」
脳に直接響くように、誰かの声が聞こえた。周囲を見渡すが、周囲は新入りのジャネットを遠巻きで見ているだけで、近くには誰もいない。
《左手は剣先の近くで持ち、右手は離れたところで握るのじゃ》
「もしかして――」
ジャネットは声に促されるようにスコップを持つ手を換えた。すると急に力が漲ってきたではないか。
《選ばれしスコップの使い手よ。力を貸そう! 掘れ! あそこを掘れ!》
方向を教えてもらったり、指で示された訳じゃないが分かる。どこを掘れば良いか直感が働く。
ジャネットは山を駆け上がり、穴に飛び込んだ。誰もいないことから、もう見放された現場らしい。
しかしジャネットはどんどん奥へ進んでいく。
《ここ掘れ! ここを掘れ!》
「はい!」
ジャネットは横穴を開ける要領で、勢いよくスコップを突き立てる。するとゼリーにスプーンを入れるがごとく、軽い力で剣先が土壁に入り込んだ。そして土を横に避けるために持ち上げるが、重さを全く感じない。
その動作も、前から知っていたかのように体が滑らかに動く。途中の岩もサクッと掘れてしまう。
《ここ掘れ! ここを掘れ!》
(これはスコップ様の加護なのかしら? 素晴らしいわ!)
有難いことに、疲労も感じない。ジャネットは夢中になって掘り進める。
すると、ゴロッと石が足元に転がった。ビビッときたジャネットは自身の拳大の石を拾い、目を丸くした。
「ダイヤだわ……しかも、ソラマメサイズ確実の大粒! 初日で手に入れられるなんて!」
スコップの加護が最高すぎる。さすが家宝。スコップを届けてくれた弟にも、許可した父にも感謝の気持ちが湧いてくる。
これなら短期間のうちに実力で王都に帰れるかもしれない。ジャネットは期待で胸を膨らませつつ、背後から気配を感じて振り返った。
すると、つるはしを肩に担いだ若い男三人組がニタニタといやらしい笑みを浮かべてジャネットを見ていた。
「新入りのお嬢ちゃん、ここは元々俺らが掘った穴なんだ」
「……つまり、分け前を寄越せと?」
「話が早くて助かるぜ。だがダイヤを割って分けると勿体ない。他の方法が良い。そうだ! 新入りなのに先輩に対して挨拶もないし、なぁ?」
もったいぶった言い方をしながら、男たちの視線はジャネットの胸元に集まる。つまり、いくらかは体で払えと言うことだろう。
もちろん断固拒否したいところだ。
しかし、ジャネットひとりに対して相手は男三人。つるはし持ち。叫んだところで穴の外にどれだけ声が届くのか。そもそも、どれだけ風紀が守られているのか……最悪、敵が増える可能性がある。
(スコップ様、どうすれば……!)
《掘れ。男は掘れ》
(ど、どういう指示ですの? 掘れって、殺すってこと?)
《違う。掘れ! 男は掘れ!》
言葉強めに伝えてくるが、ジャネットはイマイチ意図が読み切れない。
そうしている間にも男たちが一歩ずつ近づいてくる。
ジャネットはスコップを強く握って構えた。
それでも脅しにすらなっていないようで、男たちの歩みは止まらない。
「うぐっ!」
突然、一番後ろの男の体が浮いた。
「女性一人を囲んで、何している?」
三人組よりも一回り……いや、二回りも大きいゴリラが男の首根っこ掴んで軽々と成人男性を持ち上げている。人の言葉を話したことから、どれだけゴリラに見えても人間のようだ。
「リ、リードさん! へへへ、俺らは採掘のコツを新人に教えてあげようと」
ジャネットに見せていた横暴さが嘘のように、先頭を切っていた男が弱腰だ。
「なら、彼女には俺が教えることにしよう」
「あ、いや……」
掴まれていた男が、ポイっと石ころのように放り投げられて気を失う。
「ひっ! そ、そうっすよね。リードさんを差し置いて失礼しました」
「あと今後、このレディに手を出そうとする人間がいたら俺が許さないとも広めておけ。消えろ」
「「は、はい!!」」
気を失った仲間を連れて、男たちは去って行った。
残ったのはジャネットとゴリラ、もといリード。リードは顔つきだけでなく、体格もゴリラだ。首も太く筋肉隆々で胸元ももりもりしており、手も肉厚で非常に毛深い。その上、身長がとても高く、本物のゴリラよりも屈強に見えた。
ジャネットはやや圧倒されつつ、軽く頭を下げる。
「助けてくださり、ありがとうございます」
「いや、当然のことをしただけだ。それより、どうしてジャネット様がここに?」
「私のことをご存じで?」
名乗ってもいないのに、偽名ネリーではなく本名を当てられてしまった。ジャネットは平民には顔が知られていないというのに。
それに、ジャネットもこんなにインパクトのあるゴリラを忘れるはずがないのだが……記憶にはリードという名前すら残っておらず戸惑った。
するとゴリラは気恥ずかしそうに、ぼりぼりと黒い頭をかいた。
なんか可愛い。
「えっと。幼い頃、王太子との婚約発表で出回った絵姿とあまりにも似ていたもので」
「まぁ! よく覚えていらっしゃいましたね。実は少々争いごとに負けてしまいまして」
王太子の婚約破棄騒動は遅からず国内外に広まる。正体を知っている相手に隠すのは無駄だと判断して、ジャネットは打ち明けた。
「冤罪で婚約破棄の上、鉱山で強制労働とは……」
見た目の威圧感が強いものの、やはり優しい人らしい。リードはジャネットの話に真剣に耳を傾け、同情の視線を送ってくれた。
「ふふ、でも私あまり悲観しておりませんわ。不本意な相手と結婚せずに済みましたし、家族は帰れる場所を作ろうとしてくれていますから心配しておりませんし、それまで我が祖先と同じく鉱山での採掘という経験もできますし。こうなったら家族に呼び戻される前に、実力で帰還してみせようと思っているくらいですの」
先ほど手に入れたダイヤの原石をリードに見せる。
「もう掘り当てたんですか?」
「えぇ! 見つかったときの感動といったら病みつきになりそうでしてよ」
リードはつぶらな青い目を最大限に広げたあと、なで肩を揺らした。
「なんて逞しい方なのか。ここにいる間、俺が護衛を務めましょう。思う存分、掘ってください」
「まぁ、よろしいんですの? では分け前は――」
「あなたのそばにいれば幸運をもらえそうなので、その幸運を分けていただければ」
「お優しい方。お言葉に甘えて、これからよろしくお願いいたしますわね」
こうしてジャネットは、ゴリラ紳士リードとともに採掘生活を送ることになった。
マーザ鉱山においてリードは、一般労働者にもかかわらず現場監督よりも影響力が強かった。多くの労働者はリードを兄貴分として慕い、腰を低くしながら接する。
現場監督にそれとなく聞けば、新人への面倒見がよく、ここ数年でやってきた新人で世話になっていない者はいないらしい。
新人じゃなくても怪我をしたときや苦戦したときに助けてもらったようで、リードに恩を感じている人は多い。監督自身も、人をまとめる面で世話になっているから頭が上がらないと言っていた。
4年前に現れたカリスマゴリラ、それがリードという男。
そう現場から慕われる一方で、宿舎で働く女性たちからの人気は驚くほど低い。
『性格は良いのは知っているのよ。でもゴリ、じゃなくて、強面すぎるのも……ね?』
やはり女性にはゴリラの見た目が受け付けないらしい。
(皆様分かっていらっしゃらないわ……どれだけ見た目が良くても中身がクズだったら人生最悪でしてよ!)
元婚約者ニコラスのせいで何年苦労したか。ジャネットは積年の苦労を発散させるように、力いっぱい相棒のスコップで穴を掘る。
《ここ掘れ! ここを掘れ!》
「えい!」
スコップに導かれるように掘っていると壁から光るものを発見する。大粒のダイヤだ。
ジャネットはダイヤの原石を壁から外すと、手で表面の土埃を払ってじっと見つめ……小さなため息をついた。
「今回はソラマメより小さいわね」
いくら大粒でも、ソラマメサイズではないと情状酌量とみなされない。規格外は、大粒でもジャネットには無価値。
彼女は後ろを振り向き、毎日スコップをピカピカに磨き上げてくれている男に差し出した。
「今回はあなたにあげるわ。これまでの献身の分け前よ」
「あ、ありがとうございます! 女神様!」
男は受け取ると両膝をついて、頭を垂れた。彼の頬には感動の涙が伝っている。
すると周囲にいた仲間たちが男の肩や背中を優しく叩く。
「これでたくさん仕送りできるな!」
「これで妹さんも助けられるんじゃないか?」
「あぁ、やはりネリー様はダイヤの女神様だ! ようやく欲しかった高い薬が買える……!」
鉱山に来て二か月、ネリーことジャネットは『ダイヤの女神』として称えられるようになっていた。
規格外のダイヤを発掘に協力してくれた人たちに譲っていたら、やたらと感謝してくるような苦労人ばかりに当たり、いつの間にか女神扱いされていたのだ。
今では人数も増え、掘った土はすべて彼らが外へと運んでくれるのでジャネットは発掘のみに集中できている。
ちなみに不純な動機ですり寄ってきたり不埒な者は、リードがチームから弾いてくれたり、後日送られてきた公爵家の密偵が密かに処理してくれているので安心だ。
「ネリー、少し休憩しましょう」
隣で一緒に穴を掘り進めているリードが、太い指先を器用に使ってタオルを地面に敷いてくれた。
スコップの加護で強化されているため平気なのだが、リードの気遣いは嬉しい。ダイヤの女神として超人扱いされるようになった今、ジャネットをレディ扱いしてくれるのはリードだけ。
なお、密偵は存在しないものとする。
「ありがとうございます……♡」
ジャネットはほんの少し頬に熱が帯びるのを感じながら、タオルの上に腰を下ろした。すると公爵家の密偵がさっと飲み物をふたり分用意すると、「我々も休憩しましょう」と離れたところに他のチームの人たちを誘導してくれる。
姿は見えるけれど、声は聞こえない絶妙な距離感。父たちは実に空気が読める有能な密偵を送ってくれた。
上機嫌でジャネットはお茶を飲む。
「規格外のダイヤだったのに、ジャネット様は嬉しそうですね」
「あの者の妹が救えるんですもの。当然ですわ。必要なダイヤも残り一個ですし、焦らず掘ろうかと(それにまだリード様と一緒にいられる時間が延長されたのだもの)」
《押せ! もっと押せ!》
「お優しいですね。自分の悲願よりも、他人の悲願を応援できるなんて」
「持っている者が、持たざる者に与える。貴族の基本の心得ですから(優しいのはリード様のほうですわ。分け前なしでいつも紳士的に支えてくれるんですもの……!)」
《押せ! もっと押せ!》
家宝スコップの応援が熱い。ジャネットとしても、できるのならそうしたい。
しかし、リード本人の申告によると彼は貴族でないらしい。いくら紳士でも平民では、身分差がありすぎてジャネットとは結ばれない運命。
最初から叶わない恋を、自ら拗らせる必要はない。甘酸っぱい気持ちのままできるだけ一緒にダイヤを掘り、良い思い出にして持ち帰れればそれで良いと思っている。
いや、できればリードの悲願も叶えてから鉱山を離れたいところだ。
「リード様の探す妖精の涙はいったいどこにあるのでしょうか」
「妖精の涙は幻の泉ですからね。ジャネット様がこの鉱山を去る日が来たら、俺も山を変えようかと思っています」
リードは『妖精の涙』という、癒しの力を宿した泉を探してマーザ鉱山にきたらしい。妖精の涙を求めている理由は教えてくれなかったが、リードにとって大切な誰かが薬では治せない病にかかっているのかもしれない。
(私の力になってくれたんですもの、次は私がリード様の力になりたいわ)
妖精の涙についてスコップに相談したこともあったが、《見つかったら教える》と返事をもらうに留まっている。
ジャネットは腰を浮かし、向かいに腰を下ろしていたリードの手を包み込む……ことは相手の手が大きすぎてできなかったが、しっかり両手を重ねた。
「まだ諦めてはいけませんわ。見つかるまで一緒に掘りましょう」
「ありがとうございます。ジャネット様がいれば、幻も本当に見つかりそうで元気がでました」
笑みでゴリラ顔がクシャっとなる。
(はうっ♡)
《良き! とても良き!》
ジャネットの胸は高鳴り、スコップのテンションも上がった。
たちまち胸の奥からエネルギーが溢れる。
「さぁ、このあともどんどん掘りますわよ!」
相棒の家宝スコップを掴んだジャネットは、さらにやる気を燃やして発掘を再開させた。
それから数日後。
「穴が潰れた! リードの兄貴が奥に残された!」
宿舎で昼食をとっていたジャネットのもとに、突然事故の知らせが届いた。
「どういうことですの!?」
「最近来たばかりの新人チームが、土壌の脆さを理由に封鎖された古い穴に入ったんだ。それを目撃したリードの兄貴は追いかけて、連れ戻そうとした途中で穴が崩れて……新人たちは逃げられたんだが、リードの兄貴は最後尾だったから穴の中にそのまま」
「――っ」
気付いたときには、ジャネットはスコップを握りしめて現場に走っていた。
到着したときにはすでに穴は崩壊し、出入り口をふさいでしまっていた。リードを慕う労働者たちの多くが絶望で両膝をついている。
しかし諦めきれない女神がいた。
「掘るわよ! 私が先頭を行くわ。皆は土を運びなさい!」
《早く掘れ! あっちを掘れ!》
家宝のスコップの叫びが頭に響く。
ジャネットは近くにある別の穴に飛び込むと、全力で横穴を掘り始めた。
彼女に触発され、両膝をついていた仲間たちが立ち上がった。
「女神様の発掘スピードが尋常じゃない!」
「ありったけの一輪車とバケツを集めろ!」
「運べ運べー!」
ジャネットの後ろにはどんどん土が盛り上がっていく。仲間が全力で土を運ぶが、追いつかないほど。彼女と仲間を隔てるように土砂の山ができる。
「ネリー様! 一度手を止めないと、ネリー様まで埋もれてしまいます!」
「私はある程度空間を維持しながら進むわ」
「であれば、せめて私をおともに!」
「二人分の広さと空気を確保している余裕はなくってよ! 心配なら土を運びきって追いかけてくることね!」
リードを助けるためには止まれない。密偵の制止の声を振り切って、ジャネットは単独でどんどん掘り進めていった。
(お願い! 間に合って!)
《ここ掘れ! ここを掘れ!》
リードは人間離れした体格に、隆々の筋肉、分厚い皮膚に量の多い体毛の持ち主。最強の肉体が彼の命を守ってくれているはずだ。
《ここ掘れ! ここを掘れ!》
ジャネットはリードの逞しい肉体と生命力を信じて掘っていく。
しばらくすると、空洞に繋がった。
胸から下を崩れた石に埋め、倒れているリードを発見する。
「リード様!」
ジャネットは声をかけながら、スコップで石をすべて排除する。
しかしリードの意識はないままで、呼吸はとても弱い。ウホウホと聞こえてきそうな、強い息遣いが印象的だったのに……。
ゴリラ的肉体を持っていても、石の重みには耐えられなかったのだろう。
「リード様! そんな、リード様!」
リードの体を揺さぶるが反応がない。
ジャネットのアメジストのような瞳から、涙が溢れてくる。
《ここ掘れ! ここを掘れ!》
「え?」
スコップが真下を掘れと言い出した。
《ここ掘れ! ここを掘れ! あるぞ! あれがあるぞ!》
「あれとは……もしや!」
ジャネットは涙を拭うと、地面を掘り始めた。
《ここ掘れ! ここを掘れ!》
掘る。ひたすら掘る。
すると、スコップの半分の長さほど掘ったところで穴に異変が起きる。
じわじわと穴の底から水が湧いてきたではないか。しかも暗い空間を照らすほどの、輝く黄金色の水が!
「妖精の涙だわ!」
ジャネットは手に掬って、リードの口元に運ぶ。しかし意識を失ったリードは口を開けてくれない。口を開けさせようとしたら、妖精の涙が掬えない。
では、どうやって飲ませるか。
《やっちまえ》
背中を押されたジャネットに迷いはなかった。
「リード様、勝手に失礼いたしますわ」
手に掬っていた妖精の涙を口に含んだジャネットは、口移しで妖精の涙をリードの中へ送り込んだ。
(お願い。目を覚まして……!)
ジャネットが祈りを込めて顔を離した瞬間、リードの体が金色の光に包み込まれた。そして光のシルエットはどんどん小さくなっていき……一回り小さくなったところで、消えていった。
地面に残ったのはゴリラではなく、顔立ちが整った黒髪の青年。ゆっくりと、彼の瞼が開く。
「俺は……え? ジャネット様?」
青年はジャネットの顔を見るなり、慌てて体を起こした。
その声は、間違いなくリードのものなのだが。
「リード様、ご本人ですわよね?」
「そうだが……これは!?」
リードは自身の手や腕を見て目を丸くした。顔、体、足と順番に触れて……そばに湧き出た黄金の水を認めると、顔を綻ばせた。
「妖精の涙だ。あぁ、ジャネット様はやはり女神だった!」
「きゃ!」
突然リードに抱き締められて、ジャネットの心臓は早鐘を鳴らした。今すぐ教会の鐘も鳴らしたい気分に駆られる。
ゴリラのときより一回り小さいけれど、それでも彼の体は逞しい。がっちり、むっちり素晴らしい。うっとり堪能したくなる。
だが、その前に確認しなければいけないことがあった。
「もしかしてですが、そのお姿……ハイデリード帝国の王弟、ラッセル殿下ですか?」
ハイデリード帝国は、アフォーナ王国の隣に位置する大陸最強の大国だ。十年前、ニコラスとの婚約発表のパーティーで、当時あいさつをした15歳のラッセルと目の前のリードがとても似ているのだが……。
「正解。覚えてくれてて嬉しいよ」
「そんな! でも、どうしてゴリラのお姿に?」
「実は皇帝派と対立している貴族派の者に、ゴリラになる呪いをかけられていたんだ」
現在25歳のラッセルは五年前、とある貴族の領地視察中に襲われて呪いをかけられてしまったらしい。
肉体の膨張により服は破け、身分を証明する指輪は弾け飛び、すっかり姿が変わってしまったせいで誰も王弟ラッセルだと気付いてくれない。
しかも自分の本名や正体に繋がるようなことも言葉にできない制約も重ねられていて、家族にも近づけないし打ち明けられない。長く苦労してきたようだ。
「でも、ジャネットのお陰で元に戻ることができた……! 本当にありがとう!」
「お力になれて、嬉しいですわ。私、リー……ラッセル様を失うなんて信じられなくて。ただ必死で、その……」
「俺に口移しで妖精の涙を飲ませてくれたこと?」
「どうしてご存じで!?」
ラッセルは気を失っていたはずなのだが……ジャネットは驚きで目を丸くする。
「帝国の伝承によると、妖精の涙が癒しや解呪の効果を発揮するためには、真実の愛が込められた口づけとともに――という条件があってね。そういうことで良いのかな?」
「それは……」
穴があったら入りたい。いや、すでに穴の中にいるのだから逃げ場なんてない。
ジャネットは顔を真っ赤にして、ゆっくりと頷いた。
「俺を大切に思ってくれたんだね? なんて嬉しいんだ」
リードことラッセルは抱き締めていたジャネットを解放すると、その場で片膝をついた。
そしてポケットから、見たこともない大粒のダイヤの原石を取り出すとジャネットに差し出した。
「すまない。これを渡したら、ジャネット様が情状酌量になるのを知っていたのに、まだ一緒にいたくて隠し持っていました」
「ラッセル様……!」
ジャネットも、ソラマメ程度の大きさがありそうでも規格外と判断して周囲に譲ったことがある。そのとき、つい出てきたため息は安堵のため息。まだ、リードと一緒にいられるという嬉しさからのもの。
ラッセルの行動はジャネットの胸を高鳴らせるだけだ。
「最初はただ守るためだったのに……一緒に掘っている間に、すっかりあなたに惚れてしまった。輝く笑顔、前向きな生き様、優しい心にすっかり夢中です。ジャネット・ダリスン様を心から愛しております。俺と結婚してくださいませんか?」
まだ磨かれていない原石だというのに、ラッセルの手にあるダイヤはこの世で一番美しく見えた。
「はい、喜んで……!」
ジャネットは顔を綻ばせ、ダイヤに手を重ねたのだった。
***
婚約破棄から三か月後。
アフォーナ王宮では国王夫妻ならびに王太子ニコラスをはじめ、有力貴族たちが大ホールに集結していた。
壁際には、ジャネットの両親と弟も控えている。
『ジャネット・ダリスン、鉱山で宝を掘り当てたので直接報告したく。お目通り願います』
という書状が届いたのだ。
「ニコラス様。本当に、大粒のダイヤ4つも見つけたのでしょうか? もしジャネット様が王都に舞い戻ってきたら、私……」
新たな婚約者に収まったシェリルは、壇上でニコラスに寄り添いながら不安な表情を浮かべた。
「まだ怯えるなんて。本当にジャネットから怖い思いをさせられてきたのだな。でも安心するがいい。比較対象のソラマメは今年一番の大粒を用意していて、一般サイズよりも大きい。全部規格外だと突っぱねればいい」
「さすが殿下ですわ♡」
「シェリルのためならお安い御用さ。でもダイヤは回収して、君のティアラでも作ろうか。歴代で一番豪華なティアラになるだろう」
「うふふ、嬉しい♡」
ニコラスとシェリルは明るい未来を想像し、顔を緩ませる。
そのとき正面扉が開いた。
入場してきたのは、煌びやかなドレスを纏ったジャネット・ダリスン。波打つ黄金色の髪を優雅に揺らし、アメジストの瞳に力強い輝きを宿して堂々と入場してくる。
そして入場してきたのは、ジャネットだけではない。彼女の後ろからはローブのフードを深く被った長身の男も付いてきていた。
彼の手には宝石箱があるため、ジャネットの付き人とダイヤの用心棒を兼ねているのだろうとニコラスたちは考えて入場を許す。
「この度は、宝のお披露目の機会を下さり感謝いたします」
「では早速、宝を見せてもらおうか」
ジャネットに処罰を与えた責任者として、判断を下すつもりらしい。国王ではなく、ニコラスがこの場を仕切る。
(やはり国王陛下はニコラス殿下の暴挙を許してしまったのね。残念だわ)
ジャネットが目配せすると、隣にいた男が一歩前に出て宝箱を開ける。
そこには、磨き上げられた大粒のダイヤが並んでいた。比べるまでもなく、明らかにニコラスが用意したソラマメサイズに匹敵している。
おぉ!と会場は貴族の感嘆のため息でざわめきが起こる。
ただ、数は4つではなく3つだけ。
ニコラスは一瞬だけ芽生えた焦りを隠すように、勝ち誇った表情を浮かべた。
「罪を許すのは4つと言ったはずだが? もしや、数が足りないのに許せと?」
「ふふ、まさか。このダイヤはあくまで余興。本当の宝はこちらでしてよ」
ジャネットは隣りに立っていた男のフードを外す。
すると、ラッセルの姿が露わになった。
ニコラスの目が大きく見開かれる。馬鹿でもきちんと隣国であるハイデリード帝国の皇族の顔は覚えていたらしい。「ラッセル殿……?」と小さく呟いた。
もちろん、頭が足りないニコラスが知っているのだから他の貴族が知らないはずもなく……ホールは、驚きの静寂に包まれた。
「帝国の王弟を発掘したなど馬鹿を言うな!」
「ニコラス殿下、そう言われましても。私、掘り当ててしまったんですもの」
嘘は言っていない。きちんと土や岩を掘って見つけ、鉱山の外に持ち出したのだ。
ジャネットはニッコリ微笑みを浮かべた。
「嘘だ! 正直に言え!」
「ですから家宝のスコップで掘ったら、穴の中で発見しましたの」
「令嬢がスコップを扱えるはずがないだろう! それにラッセル殿が穴にいるというのも意味が分からん! 数年前から行方不明だったはずでは!?」
楽天家のニコラスが珍しく頭を抱えた。
国王夫妻は固まったままだし、シェリルはラッセルの美貌に見惚れている。
ニコラスが中性的な美人系だとしたら、ラッセルは野性味がある精悍系の男。種類の違う美形でシェリルは新鮮味を感じているのだろうが……。
(ニコラス殿下は譲ることに迷いはなかったけれど、ラッセル様だけは渡さないわよ!)
ジャネットはシェリルを睨みつけた。
その瞬間、シェリルはビクッと肩を揺らし「怖いですわぁ」と怯えた。
「ジャネット、やめるんだ」
「ラッセル様……わかりました」
ラッセルに柔らかい声色で宥められ、ジャネットはシェリルから視線を外した。
それを喜んだのはシェリルだ。
「ラッセル殿下ありがとうございますぅ。ジャネット様ったら前からこうして私を睨んで、怖がらせていたので、庇ってくれて嬉しいです♡」
「あぁ、勘違いしないでほしい。ジャネットの視線はどんな類いでも、俺以外の誰かに奪われるのが気に入らないだけなんだ。特に君のような嫌いな人が対象だとね」
「え?」
「それで、お前たちはいつまで俺を見下ろしているつもりだ?」
「「――っ!」」
剣呑な空気を纏ったラッセルの覇気に当てられ、ニコラスをはじめ国王たちは慌てて壇上を空けた。
アフォーナ王国はハイデリード帝国の傘下にあるからこそ、他国から狙われることなく平和が保たれている。いくら国王でも、帝国の王弟にとっては格下の相手だった。
入れ替わるようにラッセルはジャネットをエスコートして壇上へと上がると、彼女を王妃の椅子に座らせ、彼自身は王の椅子に腰を下ろした。
「改めて名乗ろう。俺はハイデリード帝国の王弟ラッセル。ワケあって数年姿を隠してきたが、ジャネットに救われこの度復活することにした。アフォーナ王国は本日で滅んでもらい、帝国に吸収しようと思う」
「な!? ジャネットに変なことを吹き込まれたので!? 個人的な横暴を皇帝陛下がお許しになるはずが――」
「なったんだよなぁ。これが」
ラッセルが横に手のひらを出すと、脇からさっと現れたダリスン公爵――ジャネットの父が資料を手渡した。
実はダリスン公爵は一方的なニコラスからの婚約破棄を受けて、アフォーナ王家に見切りをつけると、内密でハイデリード帝国に革命を持ちかけていたのだった。資料には、これまでの王家の闇や問題点がぎっしり記されている。
帝国に戻ったラッセルはゴリラの呪いをかけた犯人をサクッと見つけて処分すると、公爵家の提案に協力してくれることになったのだ。
資料を眺めながらラッセルは、冷ややかな眼差しでアフォーナ王族を見下ろす。
「色々とアフォーナ王国の内情を調べたが、今の王家は能無しらしい。これまで支えてきた貴族を蔑ろにし、碌な調査もできず令嬢を断罪し、契約やルールも守らない馬鹿ばかり。帝国が威厳を貸して守る義理を感じない。そもそもジャネットを愚弄したそんな国、滅びてしまえば良い」
「……!」
国王や王家に加担していた貴族の顔から血の気が引いた。ジャネットを直接貶めたニコラスに至っては、ガクガクと震えだす。
「しかし真面目な国民を戦火に巻き込み、ジャネットの故郷が荒れることは忍びない。愛しい彼女の傷つく顔は見たくないからね」
「まぁ、ラッセル様ったら♡」
金色の毛先をラッセルの長い指に弄ばれ、ジャネットはポッと頬を赤くした。
「だから、抵抗しないのなら綺麗なまま国をいただくことにしようと思ったのだが――帝国の手によって関係者まとめて殺されるのと、大人しく幽閉されるの、どちらが良いだろうか。選んで?」
ダリスン公爵が、国王の前に2枚の羊皮紙を差し出した。
そこには二つの選択と、大まかな条件が書かれていた。
「――っ、幽閉で頼む」
数分後、苦しげに国王がそう応えた。ニコラスは腰を抜かし、王妃は気を失う。
ラッセルが指を鳴らすと、公爵や協力貴族の手引きで潜んでいた帝国騎士団が会場に乗り込み、王族とシェリルを連行するために動き始めた。
「私は王家ではないわ! 悪くない! 悪役はジャネットよ! 私は悪役令嬢じゃない!」
シェリルがそう訴えたが、ラッセルが「悪役令嬢の意味は分からないけど、良い言葉ではないね。俺の妻となる女性を今まさに貶めたから不敬罪だよ」といって会場から追い出した。
ついでにニコラスに婚約破棄を吹き込んだ黒幕も捕縛され、無事ジャネットは返り咲いたのだった。
後日、アフォーナ王国は完全に帝国に吸収。王都と王家直轄領だった土地は『アフォーナ』から『イアキデ』へと名を変え、大公になったラッセルが治めることになった。
妻となった大公妃ジャネットとラッセルとの仲の良さは有名で、特に一風変わったデートが注目を浴びた。
それは鉱山での発掘デート。
「あの快感が忘れられなくって……♡」
「妻に贈るダイヤは自分の手で掘りたいんだ」
とふたりは周囲に述べ、ときどき一緒にマーザ鉱山へと赴いてダイヤを贈り合いながら愛を育んだのだという。
End
※弟アレン「姉上は、いつ家宝のスコップを返してくれるんだろう」
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