鬼の村の日常1
「エン、そろそろ行くぞ」
父の呼ぶ声がする。
今日は僕が初めて狩りに行く日だ。
村では10歳になると狩りに連れて行ってもらえるようになる。
大人の指示を聞けるようになること、魔法である程度自衛できること、が条件らしい。
「いいなー、サトもついてく」
妹よ、君はまだ5歳だろう。
それに運動神経も壊滅的に悪いだろう。
「ダメよ、10歳になってから!」
母がきつめに釘を刺す。
あの運動神経では10歳でも厳しい気がするが、、
早く出かけたほうが良さそうだ。
「母さん、サト、行ってきます」
村から出るとすぐ森になる。
人間に見つからないように、森の奥深くに村を作ったらしい。
村には100くらいの住人がいて、狩猟と採集で生計を立てている。
言い忘れていたが、人ではなく「鬼」の村だ。
鬼と言っても額に少しツノがあるくらいで、見た目はほぼ人間と同じらしい。
「弓の魔法式は組んであるか?獲物が出たらすぐに式を展開できるよう準備しておきなさい」
村人は全員魔法が使えて、狩りも魔法で行う。
父は村人の中でも魔力が多く、村長?族長?のような立場にいる。
「準備できてる、問題ないよ」
父がそこそこの立場な影響か、僕も表面上はデキる風に振る舞っている。
ほんとはめんどくさがりなんだけどね。
今日の狩りも父の要望で来ただけで、僕自身はそこまで乗り気ではない。
僕が10歳にしては気怠げなのは理由がある。
いわゆる前世の記憶持ちだからだ。
別の世界で「えんじにあ?」という職についていたらしい。
記憶と言っても、他人の人生を横から覗いていたような、記憶なのか夢なのかわからない経験があるだけだ。
だから人格は別人、僕は僕である。
今のところエンジニアの記憶が生活に役立ったことはない。
狩りを終えて村に帰る途中、村人に呼び止められた。
「殿、お戻りでしたか!立派な猪ですな。もしかして若殿ですかな?」
「ああ、エンの獲物だ」
「さすが若殿ですな」
「ありがとう、ヒゲ爺」
ヒゲ爺はいつも褒めてくれるから好き。
魔法の制御には精神年齢が関係してくるらしく、同年代に比べると僕はかなり魔法が得意だ。
ただ、子供の間だけのアドバンテージである。
大人になったら妹のほうがすごい魔法使いになってそう。
「ところで殿、少しお時間よろしいですかな」
「エン、先に帰ってなさい」
「わかった」
なんだろう、2人とも少し険しい顔をしている。
まあいっか、お腹も空いたし先に帰らせてもらおう。