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桃華の戦機~トウカノセンキ~  作者: 武無由乃
西暦2092年
24/33

正義と希望の御柱~セイギトキボウノミハシラ~

西暦2092年5月上旬――。


混乱を極め停滞するマニス共和国情勢と違い、日本は大きな歴史のうねりが起こりつつあった。

マニス共和国の極秘研究の暴露に端を発した、マニス共和国への派兵を決めた日本政府への批判は、どこからかリークされた日本政府による同様の極秘研究情報の流出によって内閣支持率の暴落を招き、当時の内閣総理大臣”北浦きたうら 貴久たかひさ”の辞任まで追い込まれたのである。

その情報はあくまでも噂程度のものではあったが、エコロジストテロ組織”赤き血潮の輪の結社”が、その情報を事実と世界に向けて配信し、日本政府は国内外から猛批判を受ける結果となった。

さらに、アジア・オセアニア諸国連合の加盟国が、連合会議において公式の場所で日本政府の対応を批判するに至り、その状況はさらに日本を追い詰めていった。

その未曽有の危機の中、一人の男が内閣総理大臣として立つことになる。それは、かつて国会議事堂占拠事件で命を落とした”鹿嶋かしま 総司そうじ”の息子であり、一度総理大臣を務めたことのある”鹿嶋 蓮司れんじ”その人であった。

”鹿嶋 蓮司”は反RONとして名の知れた人物であり、さらには極めて強権的な人物である。その強引な手法から、野党だけでなく本来は味方の与党からすら出た批判によって、かつてはその地位を追われた人物であった。

しかし、当の与党は国民からの批判にさらされ、党総裁の後継者選びも難航、結果として国民からの支持が大きい”鹿嶋 蓮司”に頼るほかはなかった。

”鹿嶋 蓮司”は内閣総理大臣になると早速内閣改造に着手。日本がかつて行ったとされる極秘研究の捜査を指示し、さらには連合防衛軍に出向している第六師団を帰還させてその再編成に着手していった。

もちろん、アジア・オセアニア諸国連合として、政府の悪が暴露されたとはいえ所属するマニス共和国を見捨てるわけもなく、新たに第九旅団を連合防衛軍に派遣して対応に当たらせることとした。

そのことに関しては一部からの批判を受けもしたが、アジア・オセアニア諸国連合の秩序を守るためと一蹴、マニス共和国政府の膿を出し正すためとの見解を示して同連合の調査団の派遣を要請して、同国政府の改革をも促したのである。


そして――、西暦2092年5月14日。

日本政府は内外に対して、噂とされる極秘研究が事実であったことを発表した。

その研究を主導した政治家は、与党だけでなく野党にすら存在しており、その根の深さを世界に知らしめる結果となった。

それらの政治家はことごとく逮捕され拘束されていった。――そして、その政治家の中にはかつて”鹿嶋 蓮司”に敵対したものが多く含まれていた。

”鹿嶋 蓮司”は時の内閣として責任を問われたものの、その捜査――そして政治改革を主導した者として国民からの支持率は鰻のぼりであり、誰も彼を追い落とす術は持ち合わせてはいなかった。



◆◇◆



その時、湊音は東京のビジネスホテルの一室で、つまらなそうにTVを見つめていた。


「どうしたの湊音、思い通りにならなかったって感じね?」


そう言って湊音に話しかけたのは第六師団長”大西 龍生”である。


「もっと日本が混乱することを想像していたのかしら?」


「そんな事――」


当然、湊音は考えていた。何より日本が多くの国からの集中攻撃を受けることを期待していたのである。

しかし、TVの中で演説をしている”鹿嶋 蓮司”のカリスマがそれを許さなかった。


「この男――、本当に研究に関係していなかったっすか?

この機を利用して敵対勢力を潰したってことじゃ――」


「残念だけどそれはないわ――。

あの人は、お父様である”鹿嶋 総司”と違い――、

そのやり方を一番嫌っているバリバリの正義漢よ――。

その発言があまりに強いから、多くの政治家に批判されるけど。

要するに、裏を持つ政治家ほど嫌うタイプね――」


「そうなんっすか?

日本人にそんな人間がいるとは――」


「それがいるんだな――、彼の左目義眼だって知ってる?

昔、あるテロリズムに巻き込まれたとき、同じく巻き込まれた子供を庇って重傷を負って――、その右腕と共に失ったのよ」


「――」


湊音は黙って”鹿嶋 蓮司”の演説を見つめる。

確かに彼の全身には、戦場に生きる軍人でもないのに多くの傷を見ることができる。


「何より不正を許さず――、

何より国民を想い――、

その人々の生きる国家を守ることを第一として――、

その命すら平気で投げ出す男――、

それがこの”鹿嶋 蓮司”」


「龍生さん――、貴方まさか。

彼を返り咲かせるために今回の事を仕組んだっすか?」


「――それもあるけど。

日本は立ち直れるってわかっていたし」


その答えに湊音は鼻を鳴らす。


「でも、そのために多くの部下を犠牲にしたっすね――。

それはコイツのせいと言えるんじゃないっすか?」


「フフフ――、これは私が勝手にしたことよ。

彼は知らないし、知る必要もない――。

貴方が何をしようと、彼を傷つけさせたりは絶対しないわ」


「ふん――、私がそういうコトをするって、決めつけてるみたいっすね?」


「今回の事で契約は終了したでしょ?

貴方はこれからは自由に行動する――、違う?」


「そうっすね――、あたしが生まれた理由である”悪”ですらこの日本を潰せなかったっすから――。

他の策を考えないと――」


「ホント――あなたは日本が嫌いなのね」


「当然っすよ――。そういうふうに生み出されたんっすから。

当の日本によって――ね」


”大西 龍生”は目の前の湊音を優しげに見つめて言う。


「じゃあ――これからは敵同士ってわけね?」


「そうっすね――。とりあえず、昔馴染みにスカウトされてるし――」


「それは”赤き血潮の輪の結社”?」


「秘密――」


湊音はそれだけを言うと、その部屋からそそくさと出ていく。


「ここの代金支払っといてくださいね龍生さん」


「まあ――それくらいならしてあげるわ」


”大西 龍生”はそう言葉を返すと早速携帯通信機(ワールドフォン)を手にした。


「ええ――私よ。

予定通り湊音を追跡して始末をつけなさい。

多少強引になってもいいから確実にね――」


そう言う龍生の表情にはいつもの笑顔は存在していなかった。



◆◇◆



「追手は――多分かけられたっすね――」


湊音はため息をつきながらそうつぶやく。


「私は、直接戦闘はそれほど得意とは言えないっすが――」


それでも一般兵士よりは強い――、そう日本によって生み出されたのだから。

でも、龍生ならそのことを理解したうえで追っ手をかけるだろうことは理解の範囲にある。

直ぐに予定の場所に向かわなければならない。おそらくそこに――、


「いや――久しぶりっすよね”桜華”さん。

あなたのおかげであたしも解放されたっすから」


湊音にとって桜華は、自分を悪の手から解放してくれた恩人そのものである。

だからこそ、これからは――、


「彼女ならあたしの気持ちを分かってくれるっすね――。

そして、日本人どもに破滅を――」


そう暗い笑みを浮かべながら、湊音は誰もいない路地裏へと自ら進んでいったのである。

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