旅立ちの朝
旅立ち
「今日の測定結果もG判定だった。他の道で頑張るのも悪いことではないわ。」
「はい。そうですね。失礼します。」
少年は俯いたままそう言って話を切り上げると魔術科教員室から出て言った。あの様子だと彼は納得していないだろう。もっとはっきり言った方が少年のためだったのだろうか。
「困ったわね。」
そんな言葉が私の口から零れる。
「クレイ先生は相変わらずまじめですねー。あんなもん本人の好きにさせときゃいいんですよ。僕たちに生徒の人生の責任を取ることなんてできないんですからね。」
そう言ったのは私と同じ魔術科の教員、バトラス・サンドバリー先生だ。彼の考えは少し極端だと思うけど彼が間違っているとも言い切れない自分がいた。そんな自分に嫌気がさした私は席を立って言った。
「私は真面目じゃありませんよ。臆病なだけです。少し外の風にあたってきます。」
俺には夢があって今も追いかけている。けど追いかければ追いかけるほどその夢は遠のいていった。それでもあきらめない俺は愚か者なのだろう。でも俺の意思はその理屈に屈することができないでいた。自分でもそれが何故かはわからなかった。
再暦1001年それは俺が丁度、10歳だった時のことだ。それまで、弱個体しか存在しなかった魔物のレベルが急激に上がり、人類はその侵略に脅かされることになった。その原因は今もまだわからない。俺の村は魔物に侵略され父と母はその時に殺された。一人だけ生き残った俺を引き取ってくれたのが父の友人だと名乗った男で名前をトライフォン・ハザードと言った。トライフォン家は貴族の家系で平民を引き取るのは異例のことだ。それが理由で俺は嘲笑と侮蔑の目にさらされることも珍しくはなかった。俺に魔術師としての才がなかったのもそれを助長する原因になったのかもしれない。そんな自分の非力さを呪いなら生きていた俺は皆の尊敬を一身に集める英雄というものに憧れを抱くようになった。英雄と言うのは一般にテールズ・ジークフリートを差す言葉で、今も最前線で魔物相手に戦っている。俺の夢はいつかジークフリートのような英雄になることなのだが、俺はそのための最初の関門である、王国騎士団採用試験さえ突破できずにいた。試験項目は実技と筆記に分かれていて、俺がいつも合格最低点を下回っていたのは実技における魔力量測定試験だった。普通、たとえ平民でも、いやどんな生き物でも体内に魔力を有しているはずなのだが、どういうわけか俺の魔力量はいつも0と計測された。それが何故なのか、その理由を知っている人は一人としていなかった。
魔術教員室から出ると、俺の後に結果報告を受ける生徒が待っていた。その生徒に名前はアッシュフォードみんなからはアッシュと呼ばれている。アッシュも俺と同じ平民の出だが、俺とは違ってアッシュは魔術の突出した才能を持っている。王国騎士団採用試験合格は確実と言われていて学校では一目置かれる存在だった。
「よお、アクリシオ。結果はどうだった?」
「だめだったさ。俺はもう一年頑張ってみるよ。」
「頑張るって言っても、たしかお前は今年で学校は卒業だろう?」
「そうだな。」
「一人でやるってのか?」
「・・・俺のことはほっておいてくれ。」
そう言って俺はその場を後にした。学校から家に帰る間もこの暗淡な感情が晴れることはなかった。家のカギを開けて中に入ると、マリアにすれ違った。マリアは俺と同い年でマリアはすれ違いざまに言った。
「アクリシオ。結果はどうだったの?」
「落ちたよ。」
「そう。これでわかったでしょ。あなたには王国騎士団に入るこなんてできないって。」
マリアは俺が騎士団に入るのがよほど好かないらしく、マリアはよく俺に突っかかってきた。いつもは軽く流していたのだが、今は何故かマリアの言う通り俺が王国騎士団に入ることなんて無理なように感じられた。
「そうかもしれない。」
「・・・」
マリアは俺の返答に黙ったままだ。俺はてっきりこの無様なさまを笑われたりするんだろうと思っていたので意外だった。だが彼女が話さないというのなら好都合だ。俺はさっさと自分の部屋に戻った。
天井を眺めながら俺はこれからのことを考えていた。あと一年頑張ったからと言って試験に合格する補償なんてどこにもない。いや落ちる可能性の方がはるかに高いだろう。なぜなら、俺の魔力量を上げる方法は今だ誰にもわからないからだ。いままで魔術がだめなら剣術で補おうと必死に特訓してきた。そのかいあって剣術なら学校の誰にも負けることはなかった。俺の剣術は魔物には通用するのだろうか?俺はふとその疑問を確かめたくなった。試験では決して報われないだろう俺の努力に対する成果が欲しかった。俺は迷う心に叱咤激励して決意を固めた。
翌朝、日の出と共に俺は家を後にした。肩にリュックを背負い、腰に一本の剣を帯びて、町から出るために城門へと向かう。城門へと続く大通りはまだ朝早いというのに人通りが多い。といってもそのほとんどが城下町へ物資を搬入する業者の荷馬車だった。城門をくぐって城壁の外へ出ると、遠くまで広がる草原を見渡すことが出来た。こんな景色一つで昨日までの俺の悩みなんてちっぽけに見えてしまうのだから不思議だった。ここから北の前線まで歩くと二日はかかるだろう。どこかの街によるしかないな。俺はここから一番近い街を目指して歩くことにした。
「腹が減った。」半日で俺の体力はそこを突きかけていた。照り付ける太陽のせいで、持ってきた水筒はもう空だ。いまさら計画の甘さを呪ったところでどうすることもできない。すると俺の後ろからガラガラと荷馬車の音が聞こえてきた。俺は両手を広げ、荷馬車の行く手を塞いで言った。
「俺を荷馬車に乗せてください。」
「いきなり出てきたと思ったらそんなことか。だめだ。お前さんを乗せるような場所はどこにもない。」
「でも、もうくたくたで死にそうなんです。」
「次の荷馬車を待つんだ。どけどけ」そう言って御者は鞭をふるって荷馬車を再出発させた。
俺は引かれないように横にどいて言った。
「そうだ。お金があります。」
俺のその言葉に反応した御者は荷馬車を止めて言った。
「いくら払える?」
俺の有り金は100ゼルカ硬貨5枚に10ゼルカ硬貨7枚1ゼルカ硬貨3枚だった。宿代や食事代は残しておきたい。
「20ゼルカほどなら払えます。」
「どこまで行きたい?」
「パッツェオまで行きたいです。」
「わかった。乗れ。」
「ありがとうございます。」そう言って俺は荷馬車に乗り込んだ。中は窮屈だったが人一人座るには十分な広さのスペースがあった。
「すいません。水をもらえませんか。」と俺が言うと御者はコップを俺によこして言った。
「その樽に入っている水は自由に飲んでいい。」
俺は樽の蓋をあけて中の水をコップいっぱいに掬って一気に飲み干した。喉の渇きは言え、俺は空腹に耐えるように足をまげて横になるとそのまま眠りへと落ちた。
「起きろ。ついたぞ。」
その声に俺は眠りから覚める。俺の頭上の空は夕焼け色に染まっていた。「ここは?」と俺が聞くと、馬に水をやりながら御者が答えた。
「お前さんの目的地、パッツェオの前だ。」
俺は荷台から飛び降りて道の先を見ると王都ほどではないにせよそれでも十分大きな門があった。
俺は御者に約束の金を払って先を急いだ。




