偶然そこにあった観覧席
この時、会場で何が起こったのか正確に理解していた者は誰もいなかった。
そして僕は、何が起こったのかわからない上に力作が一瞬で砂になって、目が点になった。
「一体何が?……って、それどころじゃないね」
「…………なんで?」
蚊の鳴くような声で囁き膝をついた僕に、神木さんは同情的な視線を向けていた。
しかし現状はとても試合になりそうではなかった。
鬼哭きボディは完全に消滅して、普通の三瓶君だけが残った状態はとても戦えるようには見えない。
河童達もそれは分かっているようで、お披露目はここで終了かとあきらめの空気が漂っていた。
だが唯一、勝負が終わったと判断していない男は確かにいた。
「かっぱ! かっぱ! かっぱ!」
キョトンとしていた三瓶君は、すぐに飛び起きると三太夫に飛び掛かった。
ペシリと長い手を皿に添えられて止められたけど、三瓶河童は止まらずに手を振り回す。
鬼哭きボディがあろうとなかろうと、戦う姿勢は崩さない三瓶河童に、見学の河童達は皆、息を呑んだ。
一度勝負が始まったら、勝負をあきらめない姿に誰もが真の力士の姿を見た。
感涙にむせび泣くのは河童の村長である。
涙でベトベトのハンカチは感動のわかりやすいバロメーターだった。
「うおおおおおおお! 立派じゃぞ三瓶……そう、相撲は神々に捧げる儀式でもある! 恥ずかしい試合は見せられんよな三瓶よ!」
「……そうね」
まぁ? ファイティングスピリッツを見せてこその相撲……という事なんだろう。
そういう意味では間違いなく僕の作品は邪道だったのかもしれない。
だからって壊すことないだろうと思うけど……っというか何で壊れた鬼哭き三瓶。
三瓶君は結局負けたが、感動のラストを迎えお披露目会はお披露目したものが壊れるという最悪だけどいい感じに幕を下ろした。
「お手数をおかけしました。しかし、わしも反省いたしました。大会には正々堂々特訓して挑もうと思います。なぁ三瓶?」
「かぱー」
「やっぱりちょっと反則っぽいなって思ってたんじゃないか」
三瓶君はやっぱりなんて言ってるかはわからないが、頑張ろうという気概があることは間違いなさそうだ。
河童達は来た時と同様に、あっという間に帰って行く。
そして家の庭には、祭りの後の静けと―――土俵だけが残った。
「……やっぱり土俵いらなくない?」
「いらないとは……思う」
しかしふと思う。何か大切なことを忘れている気がするなと。
何だっただろうと僕は頭をひねっていると、神木さんの方が先にその何か思い出したようで声を上げた。
「そうだ! 今日は私が作ったプラモデル! 見てもらおうと思って持って来たんだよ! 我ながら良く出来たと……あれぇ!?」
だがごそごそとバックから箱を取り出した神木さんは中身を確認して今度は悲しそうな声を出す。
「……どうしたの?」
何事だろうと彼女の顔を覗き込むと半泣きの神木さんに箱の中身を見せられた。
「……プラモが割れている……」
ガクリと肩を落とす神木さんを見て僕は……本当に、本当に申し訳ないのだが、ほんの少しだけ優しい気持ちになれた気がした。
めっちゃしんどいでしょ? 僕もそう思う。
普通に考えれば、試合の時に興奮してバックを握り締めていたから、その拍子にプラモを壊してしまったのだろう。
模型というのは繊細なものだ。
かくいう僕もロボットの模型を作る時、グリグリ動く設計なのに全塗装して、かっこよさと引き換えにポージングのたびに震えている。
「なんでだろう……ちゃんと梱包材も詰めて来てたのに……」
「……」
しかし僕は相撲の最中にあふれ出たあの光の事を思い出していた。
正直鬼哭き三瓶は、そう簡単に壊れるほど未完成でも、中途半端でもなかったと自負している。
そこに中身が入れば、言ってしまえば神懸かり的なパワーを発揮出来るはずだった。
そんな鬼哭き三瓶君を破壊するなんて力があるとすれば、相応のものとなる。
村長さんは、相撲を神に捧げる儀式だと言った。
ならば見に来た神様はちょうどいい観覧席を見つけたんじゃないだろうか?
そしてとてもじゃないがフェアな勝負とは言えない、ブーストアイテムなんか見ちゃった日には、審判を下したりはしないだろうか?
「……」
まぁあくまで想像の話だ。
しかしその結果として、大打撃を受けたのが我が模型部というのは全く納得のいかない話だけど。
「まぁ……そういうこともあるよ。それくらいなら直せるさ」
「本当!」
「もちろん。補修の方法を教えよう」
神木さんが喜んでくれて、僕はとても嬉しい。
まぁ彼女が模型に本当に興味を持ってくれたというのなら今日一日の成果としては十分なのかもしれなかった。




