その時彼女は動いた
「さて何から話そうか……。とりあえずさっきはとぼけてごめんなさい」
嘘がばれてしまったのだから、ひとまず僕は謝罪する。
当然その辺を指摘すれば、すぐに神木さんの批難が飛んできた。
「そ、そう! 見えてるのに何で……」
「そりゃあ……どの程度見えてるかも、事情もよくわからないし」
少なくとも、初対面の相手に気軽にする話じゃないと僕は思う。
本来であれば人目がある場所では完全スルーがセオリーである。
「うぅ……まぁ。わかるけど。楠君は……妖怪に憑りつかれてるってわけじゃないんだよね?」
「ああ。大丈夫。問題ないよ。僕は妖怪が見えてる。そしてこの白と、後ろのクマさんは友人なんだ」
「友人? 後ろのクマの被り物をした妖怪も、狐? も……」
「そう、妖怪で友人だ。白も悪い奴ではないんだ。後ろの妖怪はクマさん。この部室にいつもいるけど、今は特に害はないから気にしないでね」
「害がない……」
僕が紹介すると、クマさんは軽くこちらを向いて、着ぐるみの頭をコクリと下げた。
よろしくということらしい。
「……よろしく」
表情をひきつらせつつも頭を下げた神木さんは中々律儀だ。
ただ納得いっていないのは表情を見れば丸わかりだった。
「ああ。というわけで心配ないから僕のことも気にしなくていいよ。……そう言うわけだから、今日はいったん解散しよう」
そして何はともあれ、今必要なのは説明よりも、いったん冷静になることだと僕は判断した。
ひとまず緊急の危機は去った。
僕の方に危険がないとわかれば、神木さんが模型部入部云々の茶番はもう意味がないということもありうる。
「でも!」
何か言おうと声を荒げかけた神木さんを僕は右手をかざして止めた。
「今は混乱していると思う。僕もちょっと混乱してるんだ。一度冷静になってみるべきだ」
出来る限り真剣にそう言うと。神木さんは黙り込んだ。
色々あった日の帰り道、日が陰り始めた空を眺めて、僕はため息を吐いた。
「……わかっちゃいたけど。がっつり関わっちゃったなぁ」
そう言うと、一仕事終えて戻って来た白が僕の頭の上から笑った。
「そりゃあそうさ。出会った瞬間縁なんてもんは自然と出来上がるもんなのさ」
「……まぁね。白もやってくれたしな。ああいうの良くないぞホント!」
脳裏をよぎるのは塩爆弾と白の華麗な回避なわけだが、白はいやいやと言い返してきた。
「何を言う。お前も大概だったぞ?」
まぁやらかした具合じゃ、僕もかなりのものだったのは自覚していた。
塩爆弾までなら、まだとぼけることもできたぎりぎりのラインだったところを、踏み越えたのは僕である。
「……まぁそうだなぁ。でもこれで成り行きだけど神木さんの問題の一つは解決したようなもんだ。妙に恩を着せる感じになってなきゃいいけど」
ストーカーは去り、お互いの事情はばれてしまった。
だがここまでばれてしまえば、明日からは普通のクラスメイトである。
変に委縮されるのは困るけれど、そもそも日常的に話す機会があるとは僕にはとても思えなかった。
「どうも必要以上に大げさに助けてしまった気がしてならない。反省せねば」
「まぁあの娘は別に助けてもらいに来たわけではないけどな。むしろお前を助けに来たんだ」
「……おお、そういえばそうか」
白の言う通りだ。神木さんに別に助けを求められた覚えはない。
こいつはひょっとすると反省の方向が違ったか? と僕は首をひねってため息を吐く。
「なら。これで一件落着ってことでいいのか?」
だが僕の言葉を聞いて、白のはやれやれとため息をついた。
「おいおい女友達だぞ? もっと積極的に行けよ」
だが飛び出したどうにも趣味に偏ったセリフに、あきれたのは僕の方も同じだった。
「いいんだよ。必要に迫られて仲よくしたってしんどいだろ。よそよそしいくらいがちょうどいいの」
むしろ神木さんが妖怪を怖がっているのなら、僕のように妖怪と付き合っていくことに開き直っている人間に付き合わせるのはかわいそうまである。
見えていたってその捉え方も、付き合い方もそれぞれなのは当然だ。
ただその辺り、白には今一釈然としないらしい。
「そうか? いや、ダメだね。恋人にするくらいの気概でいけ。そっちの方が面白い」
「勘弁してくれ……それこそ却下だ」
白がそれはもう楽しそうにニヤニヤしているのがひたすらうざったいわけだが、確かに今後が予想できず僕的には軽く憂鬱だった。
そして次の日。
昼休みに突入すると、神木さんの周囲は話をしようと寄って来るクラスメイトで満員御礼である。
神木さんに興味津々なのは男女問わずで、すでに有力グループによる争奪戦が始まっているらしい。
うむ、忙しそうでなにより。
僕は安心して弁当を広げると、重箱の中からたっぷりのウナ重が飛び出してきた。
照りといい炭の香りといい、我ながら素晴らしい出来栄えだ。
お腹もすいているし、何の憂いもなく一気に食べてしまうとしよう。
いざと僕が食べる体勢に突入した時、クラスの一角が動く。
そして―――事態もまた動いた。
「あの……楠君? 一緒にお弁当食べない?」
「―――」
可愛いピンク色の包みを持った神木さんはクラスメイトの囲みをかき分けてわざわざこっちにやって来たわけだ。
なるほどなるほどそう来たか。
ザワリと沸くクラスメイト達。
僕は心の中で吐血した。
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