連絡事項と吸血鬼
今日はとてもお客が多い。
僕、楠 太平は熱いお茶と羊羹をお盆に用意して、客間に急いでいた。
客間の和室には真っ白な巫女装束に怪しい模様の入ったお面をかぶった女性が座っていた。
あまりにも堂々としていて違和感が半端じゃないが、たまにある光景ではあった。
「どうもお待たせしました」
「いえ……連絡事項を持って来ただけでしたのに、こちらこそ申し訳ない」
「それで今日はどのような?」
「はい。陰陽連より、要注意妖怪上陸のお知らせです」
「そんなこと今までありましたっけ?」
別にどこの組織に所属しているわけでもない僕は、この手の連絡はほとんど来ない。
しかし色々見えることは隠しているわけではないので極々たまーに、大きな組織からお知らせが届くことはある。
この陰陽連という組織も僕を気にかけてくれているその一つだった。
「それが……思わぬ大物の様で、広く注意喚起せよと通達が。一応ウチは国家で運営されていますので」
「ああ、なるほど。大変ですね」
「いえいえそのようなことはありませんよ」
朗らかにお茶など飲みつつ、語らっているとピンポンとチャイムの音がした。
「おや? お客さんの様ですね」
気を使ってそう言ってくれた陰陽連の人のお言葉に甘えて、僕はすぐに立ち上がるとひとまずお客さんの対応に向かうことにした。
「すみません。ちょっと出てきますね」
「ええ、お構いなく」
こんな時間に誰だろうと玄関に向かうと、そこには先ほど別れたばかりの神木さんがいた。
その肩には見慣れないコウモリが止まっていたが、僕はコウモリがかわいいと思う派で、とりあえずスルーした。
「え? どうしたの? なんか忘れ物?」
そんなことよりとんぼ返りしてきた神木さんに何事かと尋ねると彼女は青い顔で妙な事を口にした。
「いや、そこで吸血鬼に会ったんだけど……」
「マジで? 吸血鬼……いたんだそんなの」
ああ、肩のコウモリってそういう? 目が真ん丸でちょっとフフッとしてしまった。
「あ、楠君も初めて見るんだ」
「見たことないねぇ。ていうかこの国にいるの?」
「いたみたい……。えっと、ちょっといい?」
かなり血走った目でそう尋ねられるが、残念ながら今は来客中である。
「いや、ゴメン。今お客さん来てるから、二階の僕の部屋にいっててもらっていい? 後で聞くから」
「う、うん。わかった。彼女も上げちゃっても?」
「大丈夫大丈夫」
ひとまずちょっと早口で対応して、僕は客間に戻った。
「いやぁすみません。っと、どこまで話しましたっけ?」
陰陽連の女性に頭を下げて、お客様向けのにっこりスマイルを浮かべる僕。
いえ、構いませんよとおっしゃる女性は仮面で顔は見えなかった。
あのお面になんか意味あるのかなと思いながら口に出さずに、僕は改めて座り直した。
「大物の妖怪が、この国に入ったというところまでです。やって来た妖怪は吸血鬼……しかも、オリジナルの真祖ということです」
「へー……吸血鬼の。そんなの本当にいるんですねー」
おや? ほんの数秒前に同じような受け答えをしたような気が?
僕は不安をひとまず押し隠して、陰陽連の女性に完璧な作り笑いを保って見せた。
「はい。しかも吸血鬼のオリジナルは人間との混じり物ではない、完全な妖怪という話です。一般人に見えることはなく、その力で人間を化け物に変えることが出来る非常に強力な妖怪なのです」
「はー……でもそんなゾンビ映画みたいなやつなんですか吸血鬼?」
「そう言われていますね。場合によっては人類を滅ぼしかねないと。滅んでいない訳ですから誇張はあるかもしれませんが……なんにせよ妖怪の吸血鬼は存在しますよ」
「はー」
それはおっかない話だなと僕は頷いた。
ひょっとすると上に今いるアレかな? そんなスピード展開ある?
僕がまさかまさかと頭の中で否定を繰り返していると、天井からスススと見慣れない女性が逆さ吊りですり抜けて来て、無音で手を振って来た。
「……」
うーん結構な存在感があるなぁ。これは間違いないかもしれない。
僕は内心青ざめたが、こう……めんどくさいので頑張って表情を取り繕っていた。
「えーっと、そんなに危険なんですかね? 実は愉快な奴かもしれませんし」
「そうですねぇ。一歩間違えば海外のゾンビ映画みたいなことが現実で起こるかもしれません。事実西洋では似たようなことが起こった記録もあるとかないとか……」
「めちゃくちゃ曖昧じゃないですか」
「あっはっはっ。実際に資料を見せてもらったわけではありませんから。私下っ端なので。まぁそういうわけですので心にとめておいてください」
「はい……ありがとうございました。えっと……お帰りになります?」
「はい。そうですねでは。そろそろお暇します。夜分遅くにありがとうございました」
「いえいえ。わざわざどうも」
よし乗り切った。僕が本気を出せばこの通りである。
ひとまず少しでも事情を知らないと、こう……反応に困る。
僕は家で陰陽師バトル勃発とかマジで勘弁してほしいと心から願っていた。
陰陽師の女性を見送った僕は、客間に一端戻る。
するとぬーっと天井からさっきの吸血鬼がもう一度出てきて、今度は優雅に着地した。
「ああ、驚いた、もう情報が出回ってるんだ。人間の事舐めてたかも」
「まぁ最近は情報早いですからね。陰陽師がスマホを使う時代ですよ」
「そうねぇ。ビックリだわ。つい最近まで石板に文字を刻んでたなんて思えないわー」
それは一体どこの時代の知識何だろうと思ったが、吸血鬼の時間間隔を理解するのも難しそうだ。
「では改めまして吸血鬼さん初めまして。ようこそ日本へ」
「ありがとー。実はあなたにお願いがあってわざわざ来たの」
にこやかに挨拶をかわしていると二階からドタドタと足音が聞こえる。
そして客間に真っすぐ向かってきた足音はふすまを勢いよく開いた神木さんだった。
「吸血鬼が床を抜けた!」
「ああ、うん、ここに来てるよ」
「騒がしいなぁ。この娘、落ち着きなくない?」
「……彼女は元気なんですよ」
「アレェ! 慌ててるの私だけ!?」
そりゃあ、確かに吸血鬼は驚きだけど、まだ何にも起こっていないからね。
僕は更に追加のお茶菓子をと思ったが、ひとまず吸血鬼だしトマトジュースでも出してみることにした。




