楠 太平の特技
「クックックッ。太平? 今のは完全に条約違反だな?」
「ああ……その通りだ」
コロリと白い毛玉が転がりでると、白は笑い転げていた時とは比べ物にならないほどのプレッシャーを発していて、部屋の空気が一気に張り詰めた。
「私様がやってやろうか?」
「いや、ここは警備員の出番だろう? 終わったらどうとでもすればいいさ」
「えーつまらないじゃんー。私様がやれば一瞬じゃない?」
「馬鹿いうなよ。クマさんが何相手の警備員だと思ってるんだ? それに本人がもうやる気だよ」
すでに一線を越えた時から、事態は動き出している。
どろんと部室に煙が立ち上り、部屋の隅で大きな黒い影がのそりと動いた。
煙の中から現れたそれは妙にメカメカしく、尋常ではなかった。
「……ナニコレ?」
見上げるストーカーはわけもわからず声を漏らす。
現れたそれは一言でいうならクマ型のロボットだ。
ブオンと目を怪しく輝かせ、ロボットとしか形容しようがないものが部屋の中にいる。
ストーカーは逃げようとしたが、そう簡単に逃がすわけがない。
恐ろしいスピードで腕が伸び、クローに頭を掴まれたストーカーは暴れていたが、クマロボはびくともせず、抵抗にもなっていなかった。
「ヒィ! ……ヒィ」
さて動きは封じた、僕はゆらりとストーカーの前に歩み寄って語り掛けた。
「いい出来だろう? ……これは、朝のアニメに出てたクマ型のロボットを改造した奴でね、丹念に拵えたクマさん用の特別製なんだ。クマさんはうまくこいつを使ってくれてる」
「ヒィ! なんなんだ!」
警備時のクマさんグリズリーモードは、どんなやんちゃな妖怪も圧倒する我が部室の守護神である。
さて僕はと言えば、適当なエポキシパテという粘土のようなものを取り出して、丹念に練り上げてゆく。
そうして即席でストラップの様な蜥蜴の姿をした人形を作ると、もがいているストーカーの顔を覗き込んだ。
「まぁ出来はいまいちだが、こんなもんだろう。さて、君。心の準備はできたかな?」
状況をようやく把握し始めたストーカーは目を丸くして叫んだ。
「……お前! お前も見えているのか!?」
「ああ。妖怪だからってストーキングは感心しないな」
「お前に何が分かる! 杏樹は俺の物だ!!」
キーキーと歯をむき、威嚇するその姿は反省の色はもちろんない。
ならばその身をもって罪を自覚してもらうとしよう。
「……そうかい。だがそれは勘違いだ」
僕は人形を妖怪に投げる。
人形がストーカーの体に触れると、何でもない人形は輝いて、ストーカーの体を取り込んだ。
ちゃんとできていたようで何よりだ。
完全に封印が完了したのを見計らって僕はクマさんに礼を言った。
「ありがとう。クマさん、後はやるよ」
するとクマロボからボンと煙が噴き出して、クマさんは軽く手を振って読書に戻る。
そして残ったお手製人形の中から、声が聞こえて来た。
「……ハッ! お前俺に一体何をした!」
人形の状態で叫んだストーカーに、僕は持って来た手鏡を見せてやった。
「な、なんじゃこら! 俺の体がキュートなマスコットに!」
「キュート? そう思う? まぁ僕が作ったんだからそうだろうとも。その人形は特別製でね、僕が作ったものは妖怪にとって良くも悪くも特別な効果があるんだ。もう身動きはとれないだろう?」
特に秘密ということもないが、これが楠 太平の特技である。
僕の作ったものは特殊な力を宿す。
クマさんの使っているプラモデルのように力を与えるモノもそうだが、作る最中に調整すればこの通り、妖怪の力を奪うことさえ可能となる。
今まさに封印された状態のストーカーは、身動きすらできないことに狼狽えていた。
「え? あ! 本当だ! 動けねぇ!」
「即席だから大したものじゃないけど、それでも簡単に壊れやしない。そいつが壊れるまで適当な場所で徳を積めば、邪気も払えて落ち着くだろうさ」
「な、なんだそれぇ! あ、狐! この! くわえるんじゃない!」
転がるそいつを白が咥え、僕は頷く。
「じゃあ白。適当なところに捨てて来てくれる?」
「そんなんでいいのか?」
「まぁ、幸い棚の模型は壊れてないみたいだし、初犯はこんなもんだろ?」
「あの一瞬で確認してたのかお前……。この人形をほめられたからじゃないよな?」
「ち、違うよ? 何言ってんだよ」
あきれる白はしばらく疑いの目を向けていたが、窓から飛び出ていった。
あのストーカーには精々あの雑な人形が壊れるまで、頭を冷やしてもらうとしよう。
しかし犯人がいなくなり、怒りが収まると途端に僕も冷静になってきて……頭を抱えた。
「……ああ、僕は浅はかだ」
白の笑い声が今にも聞こえそうである。
僕は仕方なく神木さんに視線を向けると、神木さんは白が出て行った窓を穴が開くほど凝視していた。
さぁて、演技でごまかそうとしていた手前すさまじく気まずいが、バレてしまったものは仕方がない。
後に待っているのは当然後始末である。
僕は茫然としている神木さんに向き直ると、彼女の体がビクリと震えた。
「はぁ……神木さん。とりあえずごめん。見えてるだろうって前提で話すよ。あいつは君の友人とかではないよね?」
神木さんの目が目まぐるしく動いて、だがはっきり呟いた。
「絶対違う」
「それはよかった」
わかり切った質問をして会話を促してみたが、僕の問題はここからである。
「じゃあ……いつまでも床に座っているのもよくない」
僕は気まずさのあまりどうぞと促してみるが、神木さんは座り込んだままで、どうにか起き上がろうとして、失敗していた。
「どうしたの?」
「えっと……腰が抜けちゃったみたいで」
「……なるほど。ごめん」
あはははと笑う神木さんに僕は手を差し出した。
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