彼もまた趣味の男である
光のエフェクトが舞い散り、思ったよりあっさり砕け散った式紙ドラゴン。
蘆屋の表情は驚愕で歪み、普通に叫んだ。
「……ばかなぁ！ 俺のアシヤＭＡＸフルムーンドラゴンが！」
「え？ あ……ゴメン。つい」
神木さんもまさか一撃で終わるとは思っていなかったのか驚いていたが、さりげない謝罪はとどめに他ならなかった。
「ふぬー！ かっこいいのに！ こんなにもかっこいいと言うのに！」
「ご、ごめんなさい。その、カッコイイとかはよくわからないんだけど……これでは満足できないかなって」
「ふぬー！ 今回は……そう！ ちょっと調子が悪かっただけだ！」
負け惜しみを言いながら地団太を踏む蘆屋は、心の底から悔しそうである。
一方、僕はうむむと唸り、完璧主義の友人に一つだけ気になった点を伝えておくことにした。
「なぁ……自分の名前フルで反映させるの地味にダサくない？」
「そう言うところがデリカシーがないぞ楠！ オンリーワン感が素晴らしいだろうが！ ではなく！ どういうことだ！」
「あー……」
あんまりな光景に絶叫する蘆屋だが、なんとなく僕には結果が見えていた。
確かにカードの式神はとてもいい。でも込められている力が人並じゃ、ちょっとあの中身には勝てないだろう。
「いやだって……あの中にいるの鬼神だもん。中身が違うよ」
「なんでそんなものがハリセンの中に！？ 馬鹿じゃないか！？」
「成り行きでね……」
そもそも僕だってハリセンで力を発揮されるとは思わなかったさ。
それにまさかハリセンなんて中途半端な触媒で、蘆屋の式紙を一撃でもっていくとも思わなかった。
神木さんは攻めるわけでもなく、さげすむわけでもなく、ただただハリセンを掲げて申し訳なさそうだが、ちょっとやってやった感じが滲み出ていた。
さて決着もついたところで、僕は延び延びになっていた質問をしてみた。
「でも、なんだってこんな強引なことを？」
すると蘆屋は涙目で僕を見ると、若干恨みがましく言った。
「……知っているぞ？ お前、美少女フィギュアの制作を解禁したんだろう？」
「！？ どこから流れた！？」
僕はつい苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまった。
今までに制作した人型は、作りかけで砕けた白専用。
神様方に作った宴会用。
一番手が込んでいるのは、ヒガン専用の３体か。
前者の三体はすでに大破しているから、現存するのは神木さんの所有する一体だけのはず。
それが狙いだったか。
しかし簡単に譲っていいものではないというのは最近特に感じていることだった。
「あの……それこそ式神じゃダメなの？」
「ダメに決まってるだろう！ 式神は一般人には見えんのだぞ！ 出来る事にも時間にも制限があるんだ！ ところがどっこいお前の作品さえあればそんな問題はオールクリアーだ！ いや、俺の技術が合わされば……夢の人型お手伝いアンドロイドをこの手に出来るかもしれないのだぞ！」
「そ、そうなんだ」
どうにも歯切れが悪いと思っていたが、そんな野望を隠し持っていたか。
しかし早々にカミングアウトしたところを見るともはや照れは捨てたらしい。
「こうなれば……最後の手段を使うしかあるまい」
思えば最初から妙にテンションが高かった蘆屋はフッと笑い、自然に膝と手を地面についた。
そして流れるように地に頭をつけて行われたそれは、とても見事な土下座だった。
「譲ってくださいお願いします！」
「えぇ……そんななりふり構わないレベルでほ欲しかったの？」
「そりゃあそうだろう！ 俺がどれだけ頼んでも作ってくれなかったのだぞ！ 僕はメカ専門だと硬派ぶりよってからに！」
「趣味なんだから仕方ないだろ！ 僕にだって思うところがあったんだ！」
「ええい！ 思うところがあるやつが同級生に美少女フィギュアをプレゼントするか！？ いいから作れ！ 一回作ったんだから二回も三回も同じだろう！」
「同じなわけあるか！ やってみたら別もんだぞ！ お前がやすりがけをやってみろ！」
土下座から一転して襲い掛かって来た蘆屋とがっぷりと組み合っていると、ちょっとスッキリした顔の神木さんから声がかかった。
「あのー……ちょっと提案があるんだけど、聞いてくれる？」
「「なに？」」
「ええっと、せっかくなので、この間作ってもらったやつをもらってもらったらどうだろう？」
唐突な、そして思いもよらない提案にギョッとしたのは何も僕だけではなかった。
「「「え？」」」
「そんな、いろんな感情の籠った「え？」を一度に聴くとは思わなかった」
ちなみに秘密にしているが、フィギュア媒体の依頼主はハリセンの中にいるヒガンさんである。
鬼瓦ストラップからも思わず驚きが漏れてしまうのもわかるわけだが、神木さんは出来上がった経緯を知らないので無理もないことだった。
「いや、ハリセンが思ったより使いやすいから、危うく死蔵させちゃうところだったわけだし。こんなに欲しがってるんだから、有効に使ってくれそうな人に上げた方がいいかなって。呪具っていうのに精通してる天才なんだよね？ ならちゃんと管理もしてくれるんじゃないの？」
「そ、それはそうだけどね？」
「ええっと、これなんだけど」
神木さんはおもむろに携帯を取り出すと、保存されていた画像を蘆屋に見せる。
その画像は僕が作った鬼神の力を１２０パーセント引き出すかわいいフィギュアに間違いなかった。
「おお……」
小柄なゴスロリ少女の映る画面をしばし食い入るように見つめていた蘆屋だったが、しばらくすると首を横に振ってガクリと肩を落とした。
「……残念だが、それは遠慮させてもらおう」
「え？ なんで？」
「それはな―――」
蘆屋は真剣な表情で神木さんに向き合う。
「俺はロリ派ではなくママ派だ。巨乳にしか興味がない」
「……へーそうなんだ」
余りにも断言するから、神木さんがフリーズしている。
うむ。やはり女子に紹介する知り合いとしては早まったかもしれない。
しかしその恥じらいなどまるでなく断言する姿は勇者のそれである。
ただ、僕としては刻一刻と各方面にダメージが蓄積されていくので、そろそろこの騒ぎも終わりにしたいところだった。
「しかし、お前には感謝しなければならないようだな。新作も思わぬところで課題が見えた。……やはり、中身が入らねばダメだ。いいだろう。今度は妖怪に力を借りて……召喚獣方式にするのはどうだ？ イラストを反映しつつ力だけ借り受ける術式を組んでみるか……」
「……なんだかすごいことをしている気配は感じますけど、お気になさらず」
天才 芦屋満月。
彼の作る物にはロマンはあるが癖がある。
それは単なる趣味でも同じことで、一切譲らないと有名だった。
