思い描いていた理想の光景
蘆屋に連れられてやって来たのは屋上だった。
我が学校は今どき珍しい屋上に入れるタイプの校舎である。
そしてその屋上で今、蘆屋はいそいそと床にシールを貼り付けていた。
アレは人払い出来る結界らしい。シールタイプとはまた地味に便利そうだ。
だが蘆屋の様子を見るに、披露しようとしているものはシール以上なのは間違いない。
準備を終えて走って来た蘆屋は僕らの前で腕を組んだ。
「フッフッフッ……では始めようか」
そこで蘆屋が取り出したのは、ホルダーの中に収納された紙の束だった。
それなりに厚みのある紙、それはいわゆるトレーディングカードのように僕には見えた。
「なにそのカード?」
ついワクワクして尋ねてみると、蘆屋はジャッと扇のようにカードを広げて見せた。
「ふふん。このカードこそ、我が最新作。そして、このプレイマットを適切な場所にセットすることで、場は完成する。見るがいい―――これぞ最新の式神だぁ!」
叫んだ蘆屋の周囲に強めの風が吹く。
風の源は間違いなく蘆屋がその手に持ったカードであった。
「ドロー!」
「!」
蘆屋が勢いよくカードを一枚引き抜くと、場の空気は一変する。
それはまるで何かの儀式のような、特別な空間がこの場に形成されたようだ。
そして宙に浮かび上がったカードから、回路のような複雑な赤い筋が空中に走ると、カード表面に描かれた美麗なイラストが動き出した。
それは細密な装飾が施されたドラゴンだった。
イラストはどんどん大きくなってついには完全に具現化する。
「……うお! マジか!」
僕のリアクションに蘆屋はニヤリと笑う。
その目には作品に対する確かな自信が見て取れた。
「どうだ! カッコイイだろう! こいつが新作、トレーディングカード式神札だ!」
「うおおお! すごい! 式神ってもっと簡素じゃなかったっけ!?」
「それが俺の新技術よ! 我が才能を崇め奉るがいい!」
僕の知る式神の札でも流石にカード型は初めて見た。
本来なら特別な和紙で作った簡素なもので、使い切りタイプの上、すぐに消えてしまう。
ところが今回出て来た式神は僕の目には生きているようにしか見えないくらい詳細で、カードの方は劣化の気配すらない。
というか……どこかで見たことのある夢のカードバトルがこうして形になっている時点で、確かに自慢するだけのことはある。
「どうなってんの? イラストがそのまま妖怪化したみたいな……見た目だけってわけじゃないんだよね?」
「当然このまま戦うことすら可能だ! そこが画期的なところだとも! 術者の力を使ってイラストを具現化出来る。それになんとこのカードのイラストはな……推しの先生に依頼した一枚だ!」
「え? つまり……どんなイラストでも動く?」
「そう!しかも一般人が描いたものでも式神化出来るということだ!」
「うお……そりゃすごい」
出てきている竜のイラストは明らかにプロの仕事だった。
そんなイラストが飛び出して巨大化し戦うというのなら、僕にもはや言うことはなかった。
「か、完璧じゃないか……やったなあーちゃん!」
「フフン、あーちゃんは止めろ? 特殊なインクカートリッジ。そして台紙の基本デザインがミソだ。開発には苦労したが、おおよそ満足出来る基準は満たしていると考えている」
「スゲー。インクジェットかー。レーザーじゃダメだったん? 家、デカール作るのに買っちゃったから、そっち使いたいかも?」
「熱がな。材料的にも技術的にも厳しい」
「十分自作なら、一般人の範疇を超えてるけどなぁ」
「まぁ待て。欲しがり屋さんめ。これからこいつのすごさは嫌というほど教えてやるとも」
そして蘆屋が満足しているということは、かなりの完成度で呪具としても使えるということだろう。
恐ろしい話である。
こいつはロマンと可能性に満ちていた。
「おお……やっぱ天才だなぁ」
「フフン。当然のことを改めて指摘されてもなぁ。で、どうだ? これをそこのお嬢さんに一部渡してもいい。その代わり……欲しいものがある」
だが蘆屋の表情が変わり、ついに本題が来ると察した僕は身構えて、続く蘆屋の言葉を待った。
「……何だろう?」
「わからんか? ……だがいい、まずはこいつの力を証明してから話すとしよう」
そして次に視線を向けたのは神木さんだった。
「君の口から欲しいと言わせて見せよう。まずはそこからだ」
「私?」
「そうだとも。このカードは見えれば誰でも使える、たとえそれが素人であってもだ。……忍ばせておけばそこいらの妖怪なんて一撃だとも! どうだ? 間に合わせの妖刀なんかよりよほどいいだろう? そんなものより圧倒的に役立つのは間違いない!」
「……そんなもの。ですか」
必死にプレゼンする蘆屋の熱意は相当なものだが、僕はヒヤリと背筋が寒くなるのを感じた。
あ、なんか今神木さんの言葉にトゲを感じた?
気に入ってたもんなあのハリセン。
ちょっと神木さんのこめかみに青筋が浮いたのを僕は見逃さなかった。
だが蘆屋はさらに挑発する。
「何なら力試しはどうだ? この式神と、君のもつ妖刀。どちらが強いか確かめてみるといい。まぁ? やる前から結果は見えているがな!」
「……ええ、いいですよ?」
「え? 神木さん?」
神木さんはなんかもうちょっと慎重な人かと思ったのに、おもむろに荷物からハリセンを取り出し始めていた。
それを見た蘆屋は止めておけばいいのに爆笑した。
「ブフォ! ハハハハハ! マジでハリセンなのか! そんなものでこの俺の式神に勝てると? 笑わせてくれる! さぁ行け! 我が竜よ! あのハリセンを破壊するのだ!」
「―――」
式神ドラゴンは命令を忠実に実行して神木さんに襲い掛かった。
体と一体になった鎧のような装飾を輝かせ、神木さんに牙をむく。
「……」
神木さんはそんなドラゴンに一歩も怯まずハリセンを振りかぶって―――
スッパン!
ドラゴンの上半身は神木さんの渾身の一振りで消し飛んだ。




