友人はちょっとうっかりしていることがある
校舎の奥まった場所にある第四パソコン室は、導線からズレていてあまり人通りはない。
ただ場所だけが、人がいない原因ではなかった。
大丈夫だとは思うけど、僕は念には念を入れることにした。
「ハク」
ポンと音を立てて出てくるのは白い毛皮の狐、ハクである。
ハクは狐だけあって鼻が利く。例えそこに何があっても、嗅ぎ分けられるはずだ。
「はい。なんだろう?」
「手伝ってくれない?」
「油揚げは何枚までOKかね?」
「一袋は大丈夫」
「よしきた! まかせろ!」
二つ返事でOKすると、ハクはトントンと跳ねるように廊下を進む。
一方で後ろから付いてきている神木さんは、僕らが何をしているのかわかっていないらしかった。
「何してるのこれ?」
「ハクは鼻が利くからさ。念のため探ってもらってる」
「何を?」
「たぶんここの廊下にはトラップが仕掛けてあるから」
「え!」
驚く神木さんも、薄々違和感くらいは感じているはずである。
設置されていた人避けの結界は一般人にすら影響を及ぼす、なかなか強力なやつだ。
そしてさらに近づいてくるようならば、罠はより悪辣なものになっていく。
あーちゃんの特技はまさにこういうギミックに特化したものなのだ。
「こういうことが得意な奴なんだよ。あいつ呪具師だから」
「呪具師?」
聞き覚えのない単語に神木さんは首をかしげていたが、かなり特殊な技能持ちだということは間違いなかった。
「ええっと……妖怪やらと戦う専門職に道具を作ってあげる人。だから、小道具やら、仕込みやらの使い方がうまいんだよね」
とはいえ向こうから招いた以上は入れるようにしてあるはずなのだが、なんとなーく完全に信用できない僕がいた。
「でも……案外抜けてるとこあるからなぁ」
「ギャアアア!」
「ハク!」
やはりうっかりしていたか。プスプス煙を出してひっくり返ったハクは指を一つ立てて言った。
「……やっぱり稲荷寿司で頼む」
「そういう取りこぼし対策でお願いしたんだけどなぁ。まぁ稲荷寿司な」
「よろしくぅ」
火災報知機は作動しないあたり流石である。
瞬時に謎の雷でこんがり焦げたハクはそうとだけ言い残して煙を吐いて気絶した。
まぁ……知ってた。
すまんハクよ。稲荷寿司は奮発するとしよう。
ひとまずハクを回収して、神木さんにも注意を促した。
「というように、用事がある時は十分注意するといいよ」
「わ、わかった」
恐々うなずく神木さんに念を押しはしたものの、それ以降はさすがにトラップは解除されていて、僕らは目的の部屋にやって来た。
「ここ?」
「そうだね。第四パソコン室。あいつはだいたいここにいる」
「そうなの?」
「うん。だってパソコン部だし」
「学校案内にパソコン部なんてなかったけど?」
「ああ、うん。模型部同様、学校に認知されていない部活動だし」
「だからそれって、部活動って言わなくない?」
「そんなことはないさ。知ってる人は知ってる」
「それでいいのかなぁ」
言いたいことはわかるが、一応曲がりなりにも成立しているのだから問題ない。
というか問題があっても困るのは僕も同じである。
僕はガラリと扉を開ける。
ヒヤリと冷気が漂う薄暗い部屋には、いくつものディスプレイの明かりが灯り、そして男子生徒が一人、椅子を回転させてこちらを振り返った。
「よく来たな楠―――待ちかねたぞ」
メガネをかけた小柄な少年は鋭い視線で僕を見る。
僕は特に気にせず、暗すぎる室内を見回した。
「あーちゃん……この暗さはさすがに目に悪いんじゃない?」
「クックック……楠。あーちゃんは止めないか? 俺の名は蘆屋 満月……この名は気に入っているんだよ」
それは知っているけど、フルネームはちと長い。
それに今更変えるのも照れくさいのだけれども?
僕が「あーちゃん」と呼ぶ彼の名は蘆屋 満月。陰陽師の名家の中でも、天才と呼び声の高い僕の友人だった。




