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面倒事の線引き

「……ガフ」


 すごくしょっぱいです。


 顔面に直撃したのは塩である。


 神木さんの顔は、いろんな意味で蒼白だった。


「……神木さん……一体何を?」


 結果硬直して、質問する僕に神木さんはおろおろした。


「……ゴメンなさい! 悪気は……なかったんだけど……実家のおまじない……でして」


 それはさすがに苦しいのではないだろうか?


 僕はそんなことを考えながら、涙目のクラスメイトを眺める。


 この空気をどうすればいいのだろうか? 考えた末に口を突いたのは適当な相槌だった。


「ま、まぁ……そう言うこともあるのかな?」


「えぇ……と。そう、あははは……ゴメン」


 そこで謝らないでほしい。




 ひとまず被った塩を払い落として、仕切り直しである。


 爆笑する白は後で話し合いが必要だが、今は放っておくことにする。


 さっきの塩攻撃の後、借りて来た猫のようにおとなしくなった神木さんが哀れだ。


 だがこの後どう反応するかは問題だと僕は思った。


「えーっと……」


 この場合僕は怒るのが自然である。


 大抵の人間は塩の塊を顔にぶつけられればそりゃあ怒るに違いない。


 お祓いのためになんて言ったら、なおさら大激怒だ。


 だが僕的にはなんとなくその意図はくみ取れるわけだ。


 世間体度外視で僕を救おうとしているのだから、塩くらいなら許そうという気分にもなる。


 だいたいここで怒ってなんで何の意味があるというのだろう?


 もう、神木さんは完全に見えている。理由はそれがすべてだ。


 その上で、僕も彼女にカミングアウトすべきかどうかなのだが、距離感の難しい妖怪がらみの事となると、気軽には難しい。


 なんにしてもこのままはよくないと、僕は決めていた通りになるべく穏やかに彼女に話しかけた。


「まぁ言い分はわかった……僕も変なことを言って怖がらせちゃったね。まさか塩をポケットに潜ませているとは思わなかったけど」


「ゴ、ゴメン……」


「いや、僕だって神社にもいくし、お守りだって買うさ。配慮が足りなかったよ。だけど見た通り結構設備投資もしちゃっているから、この部室を出る気はないんだ。今のところ僕は特に何事もなく楽しくやれているしね。入部届を出す前にちゃんと説明できてよかった。いわくつきの部室なんて神木さんも嫌だろうし、模型が好きなら家で楽しむのがいいと思うよ?」


 そして現状問題はないと重ねて伝えると、ばつが悪そうな神木さんはうなだれていた。


「……そっか。ごめん」


 突き放すようだけれど、甘んじてこの心の痛みは受け入れよう。


 双方が穏やかに過ごすためには必要なことだと思う。


 現に今日僕に会いに来なければ、神木さんが醜態をさらすことはなかったはずなのだから。


 適度に距離を取っていれば早々問題なんて起きるもんじゃないと考えていた僕だったが、その時突然部室の扉がガラリと開いて、神木さんはビクリと体を弾ませた。


 そこには誰もいない―――まぁ人間はという話であるけど。


 僕はいくら何でも早過ぎないか? と、一筋首筋に汗をかいた。


「―――」


 扉の向こうから嫌な空気が流れて来た。


 部屋に入って来たそいつはヒタヒタと獣のような四足歩行で天井を歩いてくる。


 そうしてゆっくりと天井伝いに神木さんの真上にやってきたそいつは、天井から長い舌を伸ばした。


「おぅい、おぅい……杏樹よぅ……こんなところにいたのかい? 何をやってるんだい? 悪い子は喰ってしまうよぅ?」


「……!」


 なんという悪党演出。


 僕はそいつを見て―――正直ドン引きである。


 うわぁ……久しぶり見たストーカー系だぁー。しかも演出過剰なやつー。


 見たところトカゲっぽい人間型だが、役に入り込んでいるのか見た目もきもい。


 ちなみに、こういう輩はやはり妖怪界隈でも変人として認識されている。


 塩攻撃の原因はこいつか? 効くかな? 効くな、追い払うくらいはできそう。


 ということはこいつのせいで塩ぶつけられたわけだ、とんでもない奴である。


 顔色を変え、様子のおかしい神木さんに、僕はコホンと咳払いして話しかけた。


「神木さん、なんだか顔色悪いけど大丈夫?」


「う、うん。……大丈夫」


「とてもそうは見えないけど」


「おやおや……こいつのせいだねぇ? 杏樹が悪い子になったのは?」


 四つん這いの妖怪はずるずると長い舌をフローリングに引きずりながら僕の周りを回り始めた。


 おいー……床が汚れるだろうが! いい加減にしろよこの野郎!


 思わず青筋が浮かびそうになったが、ここまで知らない、見えないで通してきた手前、こんなところでぼろを出すのは恥ずかしい。


 この無作法野郎と話をつけるにしても、後からそっとだ。


 その方が恩着せがましくなくてきっといいはずである。


「本当に大丈夫だから!」


 そう言った神木さんは明らかに強がっていて、僕まで冷や汗が出た。


 神木さんが椅子から腰を浮かせると、妖怪は面白そうに表情をゆがめて、今度は手を叩き始めた。


 パンパンとおそらくは一般人に聞こえるレベルの音を出す。


 いわゆる一つのラップ音というやつだ。


 このストーカー、面倒なことにそれなりに力があるらしい。


「あれ? なんだか変な音が聞こえるね?」


 これは……さすがに聞こえない振りというのは不自然だ。


 一応、近くで誰かが手を叩いているのかな? 的な反応をしてみると、いよいよ神木さんは表情をゆがめていた。


 うーんなるほど、こいつは厄介な手な手合いだ。


 僕は神木さんの内情を察した。


 おそらくはこんな調子でこいつが周囲の人間に対していやがらせをし始め、彼女はここに逃げて来たのか。


 そしてこいつは思っていたよりも悪辣だったようである。


 こうして引っ越した先まで追っかけてくるとは、救いようのない執念深さだった。


「おおぃ。杏樹。この人間は鈍いなぁ……じゃあこれならどうかなぁ」


 しかし、ラップ音くらいなら我慢できたというのに、こいつはゆっくりと模型棚に近づくと、こともあろうに力いっぱいその棚を叩いたのだ。


「あ」


 ぎゅるりと高速で振り向いて、僕はそれを見た。


 棚から落ちる模型達はやけにゆっくりと落下してゆく。


 カチャンと音がした時にはすでに僕は立ち上がっていた。


「ごめんなさい! 私、急用を思い出しちゃって! ……もう行くから!」


「いや……動くな」


「え?」


 ガタリと立ち上がった神木さんすら、もう視界に入らない。


 あいつは許されざる大罪を犯したのだから。


「うおい……何してくれてんだあんた?」


「えぇ?」


 突然凝視しながら文句を言われて、ストーカーがきゅっと縮こまった。


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