間に合わせの秘密兵器
「というわけで、焼き肉行きません?」
「おういくいく! でもちょっと待ってくれな!」
安綱先輩は丁寧な手つきで美しく磨き上げられた刀の柄に柄糸を巻いていた。
見る見るうちに木の棒が自分達が知っている刀の柄になっていく作業を僕と神木さんは感心しながらしばし眺める。
もう完成間際だったこともあって、そう間を置くこともなく作業は終わった。
「よし、まぁこんなもんだろ」
「すごいですね。流石です」
「流石だって? こんなのは適当だ。人様に見せられるようなもんでもねぇよ。本職にでも見せたら鼻で笑われらぁな」
「あれ? 先輩プロじゃないですか」
実際大したものだと思ったのだが、僕がそう尋ねると、いやいやと安綱先輩は首を横に振った。
「刃を作るのはな。一通りはやってるが、こういうのは普通分業すんだよ」
「へぇ」
「だがこいつは妖刀だから、早々分業ってわけにもいかんのさ。ホレ」
そう言って差し出された刀からは、何やら怪しいオーラが立ち上っていた。
「ああ、妖刀」
「おうよ。……それで? せっかく来たんだ、報酬持って来たんだろうな? さすがに焼き肉でチャラとはいかねぇぞ?」
「……それはまあ。わかっていますとも」
貸出しくらいサービスしてくれてもいいんじゃないかなーとか思ったのは内緒である。
しかしそこは僕以上に義理堅い今回の素材提供者が先に肯定した。
「わかっている。タタリの解呪がタダというわけにもいくまいよ」
神木さんのストラップからドロンと姿を現した鬼女、ヒガンは僕を見て頷いた。
そして僕が小瓶に入った角を差し出すと先輩の表情が輝いた。
「お、おおー! こ、こいつは角か! い、いいのか! ……まずいなら爪とかでもいいんだ……ぞ?」
絶対角がよさそうなキラキラした目の安綱先輩に当人のヒガンは苦笑いだった。
「構わん。そのうち生えてくるからな……あまり気分がいいものではないが」
「気分がいい物じゃないんだ?」
神木さんが興味本位で口を出すと、ヒガンは眉間に皺を寄せて頷いた。
「それはそうだ。考えても見ろ? 武器を作りたいから貴女の体の一部をください何でもしますからとか言ってくる輩がいたら、杏樹、お前はどうする?」
「警察に電話する」
「だろう?」
「いやいや否定しにくいからホントやめてくれねぇかなぁ。……普通は妖怪と人間は分けて考えるんだよ」
「ああいやつい……。ごめんなさい」
神木さんが頭を下げると、安綱先輩はなぜか僕をチラリとみて肩をすくめた。
「ふむまぁ。楠が近くにいる弊害よな。妖怪との距離が近づくのも考えものだ」
「それはあるのかも?」
「あれ? 飛び火した?」
自分に自然と視線が集まったことに気が付いたけど、こればかりはどうしようもない。
何か作ることは止められないし。それを欲しがる妖怪なんていうのも僕の方ではウエルカムだ。
いや、仲良きことは美しいと思うよ? うん。
そして安綱先輩は今度はそういえばと、神木さんに話を振った。
「ああ、それと後輩ちゃん」
「はい、私ですよね?」
不意打ちに一応聞き返す神木さんに、安綱先輩は妙に楽しそうだった。
「そう。まぁんなんつうか俺が思うに、お前さんは結構行動派だよな?」
「え? ええっと……そうですか?」
ああうん。僕もそうだと思う。
頭を掻く神木さんだったが目が泳いでいるのが、自覚のある証拠だった。
「そんでおらぁちょっと考えてみたんだが……おい、楠。ちょっとやってみたいことがあるんだが?」
「なんです?」
そう言って安綱先輩が出してきたのは別の刀の柄で、いたずらっぽい顔をした先輩は、僕に耳打ちする。
「こいつを……てな具合にしたらどうだ?」
「えぇ……それホントにやるんですか?」
「ハッハッハ! まぁ遊びみたいなもんだが物は試しだ。俺もちょっとこしらえてみたいしな」
「そうですか? ならやってみますか」
「おう。まぁ新作もまだ時間かかんだろう? 間に合わせってやつだな」
もう準備万端らしいとくれば、まぁ僕もやってみたくはある。
僕は先輩の提案に乗ることにして、走って部室から道具を取って来た。
持ってきたのは厚めの型紙と半紙と墨と筆である。
いきなり図画工作みたいなことを始めた僕らに、神木さんは不思議そうな顔をしていた。
「何するの?」
「ちょっとした実験かなぁ。まぁすぐに終わるよ」
遊びに近いが、だからこそ気分が上がるというものだ。
僕は精神を集中して、硯で墨を丹念に摺る。
そして半紙に筆を走らせて文字を綴った。
「―――一筆入魂!」
おっと、勢い余って墨が潑ねたがこれも味。
うむ。中々の出来栄え。
これならスキャナーで保存でもして、なにかの素材としても使えるかもしれない。
だけどそこはグッと我慢して「一撃必殺」と書かれたそれを厚紙に張り付けた僕は、幅をキッチリ計って丹念に織り込んでいった。
「で、これだ」
続いて先輩お手製の柄の出番だ。
ただの柄ではなく、柄頭にはストラップを引っかける金具がついていて、つばの部分はガッチリ紙を挟み込める仕様のそれは、確実に悪ふざけの産物である。
「ま、まさか……」
神木さんにもそろそろ出来上がりが想像出来始めたらしい。
折りたたんだ厚紙を柄にガッチリ固定!
出来上がったそれを、僕らは神木さんに差し出した。
「ハイコレ。護身用ハリセン」
「おお……実際に作られると……不安になるね」
こうして奇跡のコラボレーションは完成した。
手を試しに叩いてみると、パンっととてもいい音がする。
先輩は大爆笑で何よりだ。
ただ、本当にネタ装備を渡された方はそうでもなかった。
「私をどういうキャラにしたいんです? ハリセン……ハリセンかぁ。ちなみに小刀でもいいので妖刀なんて買えません?」
なんてことを訊ねる神木さんに、安綱先輩はいやいやと首を横に振る。
「いやー……さすがに刀は学生さんに売るのは抵抗あるぜー。ちなみにこれならタダでいい」
「それは魅力的ですけど」
神木さんの視線は、ホントにこれで効果あるのか?と問うてくる。
僕らの答えは正直なところよくわかんないだ。
「まぁだが。俺の作った柄は妖怪の力をよく通す。その鬼瓦をつけてりゃ鬼の力をいい感じに借りられるはずさぁ」
「そんで僕の今作ったハリセンが、そのわずかばかりの力を増幅してスパコンというわけだ……まぁ効果のほどはわかんないけど」
ヒガンとて勝手に突っ込まれたら、どうしようもない。
その点これなら神木さんがとっさに飛び出しても、自衛出来るかもしれないというわけだ。
「わ、わからないんだ。でも文字でも楠君の能力って意味あるの?」
「たぶん? ハリセンはネタ枠なので」
「ネタ枠なんだ」
あきれた視線の意味は理解するが、そこ大事なところだった。
「コスプレ衣装の小物だと思えば、模型の範囲かなとは思う」
「た、確かにそんな気もする……かな?」
「まぁ、間に合わせだが、ないよりましだろ。じゃあ焼き肉行くか!」
「そうっすね。じゃあ着替えて駅前集合で」
「おう! おごりか?」
「おごりですとも!」
「……うーん。ハリセンかぁ」
しみじみとハリセンを眺めてカバンに入れる神木さんの呟きが聞こえたが、まぁ確かにそれはハリセンでしかないから過度な期待は厳禁だった。
神木 杏樹は予想よりはるかに満足して、帰路に就く。
駅前にあるというおいしいお店は、想像以上の味だった。
「うーん思ったより数倍いいお肉だった。いったいオークションはいくらになったんだろう?」
かなり知りたいが、ズバリ尋ねるのもどこかためらわれる。
ちなみに早めに解散して楠君が向かったのは杏樹に渡すフィギュアの材料買い出しである。
「……なにかこう。もらえるとわかっているからなおさらおっかないね」
「なぜだ? もらえるものなら何でも貰うと良いと思うが?」
ヒガンに話しかけると、疑問の言葉が帰って来た。
「タダより高いものはないとも言うんだよ」
「そういうものか」
さて、その秘密兵器の間に合わせという意味でもらったのがハリセンだが、ちょっとおちょくられているような気もする。
ただやはりそこはハリセンなので、普通に持ち歩いていてもおもちゃで済むという意味では気持ちが楽だった。
「まぁハリセンだし、そんなに気にする事もないとは思うけど」
「期待もな。案ずるな、普通に妖怪に襲われるようなら私が叩き伏せればすむ話だ。その辺りの木っ端妖怪には負けはせん」
「頼もしいね。でもこの辺りは治安はいいらしいから、それこそ余計な心配かもしれないよ?」
杏樹もこの町をしばらく見てはいるが、妖怪もこの町はとても穏やかだ。
街中で襲われるようなことは滅多にないし、何なら親切まである。
人間の事情にまで配慮が行き届いているのは、杏樹も日々感じるところだった。
だがヒガンはそんな気楽な意見に異を唱える。
「いや、どうかな? ここは駅だ。そうとも言えないんじゃないか?」
「ん?」
ヒガンの声が急に鋭くなったのを杏樹は感じた。
杏樹は嫌な予感がして、とっさに駅を見た。
駅の入り口からヌーっとでてくる、のっぺりした何か。
それはきょろきょろと周囲を見回していて、目がバッチリ合ってしまった。
「うわ……こんなことある?」
「はっはっ。お前の力は強いからな」
「こういうのは勘弁してほしいなぁ」
杏樹はその瞬間出来る限り速足で、その場を後にする。
だが新手の妖怪は杏樹の後を付いて来ていて、もう間違いなくロックオンされていた。
「ケタケタケタケタ! 見えテル! 見えてるネ! ミエテルダロゥ!」
ああ、しかも厄介な手合いだ、どうしよう?
咄嗟に目指すのは人通りの少ない路地だ。
変に思われないようにするための咄嗟の行動だが、今となっては悪手でしかない。
「そんなことをしなくても、私に任せればいいだろう?」
「ああ癖でつい。……いや待って、せっかくだからさっきのアレを使ってみようか?」
「あれって……あれか?」
普段は無視するところだが、杏樹はスゥッと息を吸い込んで振り返る。
そして恐ろしい速度で走ってくる妖怪の前に立ちふさがると、通学用のカバンの中からソレを取り出した。
ハリセンである。
とても分厚い硬紙で折られた、いいかんじにコンパクトなハリセンだった。
柄の部分は本格的な日本刀と変わらない凝った作りだが、握り心地が最適化されたハリセンには柄の部分に鬼瓦のストラップが揺れていた。
「こっちを見ろぉぉぉぉ!」
「やっかましい!」
コンパクトに一閃。
スパコンと無駄に小気味のいい音がさく裂して、走ってきた妖怪は面白いほど吹っ飛んだ。
心なしか、いや、間違いなくハリセンからオーラが見える。
ストラップはいつしか赤くなり、まさに鬼のような鬼気迫るプレッシャーがそこにはあった。
何が起こったのかもわからず、目を回す初見の妖怪。
妖怪はハリセンがさく裂したあたりの頬を押さえて完全に心折れた表情である。
「……え?」
そんな道端に転がる妖怪を見下ろし、杏樹は口を開いた。
「見えてたからなんだって言うんだい? それに叫んでるのはなんだ? 知ってるんだからな? そういうの演技だって」
「……スミマセンデシタ」
呆ける妖怪を前に、杏樹はパン! とハリセンを手の甲に打ち付けると、妖怪はビクリとバネのように俊敏に立ち上がって、来た時の3倍くらいの速度で逃げていった。
「……」
杏樹はそんな後姿をしばらく眺めて、ハリセンをキュッと握り締める。
何だろうドキドキする。
驚くべきはその爽快感だった。
「思ったより……使えるなハリセン」
「なるほど……確かに行動派だ」
どこかあきれた鬼瓦ストラップの声に杏樹は興奮のままに話しかけた。
「えっと……命名鬼ハリセンでいいかな?」
「わかりやすいけど可愛くなくない?」
「可愛さは重要だろうか? ピッタリだとは思うけど」
答えながらもふと考える。
一撃で心を折る威力は申し分ないし、ひどいことにもなりすぎない。
これって、ひょっとしてものすごく使える道具で、高性能な依り代とかむしろいらないんじゃないか?と杏樹は思ってしまった。




