クリーンヒット
平常心!
要注意人物の登場にワクワク気分も吹っ飛んだ僕は、そう心の中で唱えてにっこり笑った。
「……あー、確か転校生の? なにか?」
だが転校生本人はここに来る理由を考えていなかったのか、目が泳いだ。
「え? えっと。ちょっと話を聞きたいかなって……」
「……そうなんだ?」
うーんちょっと苦しいが、問いただすほどではないし、追い出す理由もない。
僕は客人用のソファーに神木さんを案内する。
さて転校してきたというのならここからしばらくは顔を合わせて生活することになる。僕としてはクラスメイトとして仲よくしたいところである。
僕は彼女に座るように促すと、ちょうど用意していた紅茶をお客様用のカップに入れて差し出した。
「ああ。えっと……ここは部室だよね?」
神木さんはこの状況に戸惑っているようで、差し出された紅茶を見て不思議そうに尋ねた。
「そうだとも。ここは模型部の部室だよ。今年から出来たんだ」
「へー、そうなんだ。……広い部室だね」
「そうでしょう? 設備も中々のものだよ? いやー便宜は色々図ってもらったんだけど足りなくって、自分で改造を施した特別製だとも!……えっと部活の見学に来たの?」
手始めにそう尋ねると神木さんは、慌てて頷いていた。
「ええっと……そう! 見学に来たんです! 私は神木 杏樹って言います」
「これはどうもご丁寧に。僕は楠 太平です。ようこそ模型部へ」
「えっと、うん……」
僕としては神木さんとの接点など思い浮かばない。
唯一ある疑念はひょっとして見えているのか? 程度のものだ。
とにかくまずは見えるかどうか確信を得たいところだが、都合のいいことに、訳ありの部室には彼女の能力を確かめるのにちょうどいい存在がいる。
僕はそっと視線を巡らせると、今日も彼は肩の上に青白い人魂を浮かべながら、静かに本を読んでいた。
彼の名はクマさん。
名前の由来はそのまま、クマの着ぐるみの頭を被っているからだ。
彼は僕が入学するよりもずっと昔からのこの部屋の主をやっている、妖怪である。
現在クマさんとは交渉の末、図書室から本を持ってくる代わりに、僕が留守の間部屋を見ていてくれる我が部室のセキュリティ担当だった。
どうなるかと出方を見る。
するとクマさんに気が付いた神木さんの反応は露骨に過ぎた。
「……!」
神木さんの目はクワッと見開かれていて、うっかり悲鳴でも上げそうだ。
うーむ、これはやっぱり見えてるか? 程度のほどはわからないが。
気になるのは、見える人間がこうまで素直に表情に出すのかという点だ。
ちょっと今までまともに生活できていたのか不安になる感じである。
僕は、さっそく話を振ってみた。
「えー模型部は、文字通り模型を作る部活です。僕がメインで作っているのはプラモデルが多いけど、手広くやっているよ。ガレージキットや帆船模型とか。ニードルフェルトや編みぐるみなんかも作れる道具は用意してる。それっぽく見せるためなら何でも使うのがポリシーです」
「……う、うん。すごいなぁ」
口では褒めてくれているが上の空だ。神木さんの視線はやっぱりクマさんにくぎ付けだった。
初対面だとあのかぶり物のインパクトはさぞ強烈だろうけど、そこはぐっと堪えるのが見える人間の嗜みである。
「えっと。それで、神木さんは模型作りに興味があるの?」
万が一に備えて、僕としては真っ先に聞いておくべき質問をすると、彼女の目は更に泳いだ。
「えっと……その……。そうなんだ。模型作りに興味があります」
だが神木さんがひねり出したセリフは、嘘でも口にされると僕は落ち着かない気分になった。
「な……なるほどー。そ、そうかー……」
霊感を備えているが、模型部に純粋に興味があってここにやって来た―――あると思います。
いやいやそんな可能性が限りなくゼロに近いのはわかっていますとも。
わかってはいるんだけど……やっぱりちょっと期待しちゃうわけだ。
初部員ゲット。模型好きな話し相手は貴重である。
一応張り紙だってしているんだ。
まぁ、今年から始まった部活だし、新入部員なんて言うのは来年までお預けかな? なんて諦めていたところにやって来た転校生に期待しない方が無理だ。
それでも僕はちょっぴり浮いたおしりを元の位置に戻して、あくまで穏やかに相槌を打つ。
「いやいやそれは嬉しいな。部員は歓迎だよ」
「でも気になることを聞いて。……楠君はこの部室の噂って知ってるの?」
若干神木さんの視線に探るようなものが混じったことで僕も察した。
本題はここからか。
ならばこちらも少し乗ってみよう。
「ありゃ。もう知ってるんだ。実はこの部室訳ありでさ。幽霊が出るらしいんだよね」
割とストレートに本題と思われる部分に触れると、案の定、神木さんの表情はピクリと反応した。
「へぇ……そう、なんだ……」
「まぁ僕はそういうのあんまり気にしないから。気にせず使わせてもらっているよ」
「……」
だがそう言うと、神木さんの表情が少しだけ強張ったのを感じた。
「楠君は……幽霊とか信じない人?」
「まぁね」
「……そっか」
そして今度は悲しそうな表情だ。
見た目神木さんはキリッとした印象で、クールな性格を想像していたが、どうやらかなり感情豊かなようである。
良心がきりりと痛む。
ごめんねホント。でも慎重な対応がお互いのためだから。
全く妖怪を知らない返答をした僕に、神木さんはしかし、思ったよりがっつりと忠告してきた。
「でも……噂には理由があると思うから、気を付けた方がいいよ」
「えー、怖いこと言わないでよー」
咄嗟に軽めに返答したものの、僕は相当に驚いた。
こいつはもう見えると言ってるようなもんだ。
そして予想する。
おそらく彼女は僕を妖怪に憑りつかれたと判断したのだろう。
つまり僕を助けようとしているわけか。
もしそうだとしたら大したものである。心がけとして中々できることではない。
だけど下手をすると転校初日から白い目で見られかねない危ない助言だった。
何でこんなリスクを冒すのか?
気になったが、思いついた理由は少なかった。
「中々迂闊な娘だね。あまりにも愚かしい」
そして僕の背後から突然発せられた声に、神木さんの背筋が伸びた。
僕も僕で内心大慌てだったわけだが、態度にはみじんも出さないように努める。
表面上完璧に笑顔のままのはずだが、背中は汗で湿りだした。
しかし白は僕が何も言えないのをいいことに調子に乗り始めた。
「はっきり言ってお前がこいつに言うことじゃ無かろう? 余計なことはせずに黙っておれ小娘よ」
ここぞとばかりに偉そうな白だった。
おぃぃ、やめないか、この狐さんめ!
どう見ても悪い妖怪ムーブ全開の雰囲気を醸し出す白はノリノリである。
「……!」
神木さんはさっと顔色を青くして、立ち上がるとポケットの中に手を突っ込む。
こっちもこっちで何するつもりなんだろうか? とか、疑問に思う前に、僕は避けるべきだった。
「あ、悪霊退散!」
「あらよっと」
なにか投げつける神木さんと、ひょいっと避ける白。
スッパン!
神木さんがポケットから取り出した布のボールはとてもいいフォームで投擲され、僕の顔面に直撃した。
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