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ちょっとだけいつもと違う日

 その日我が母校、山ノ手学園の教室はほんの少しだけいつもと雰囲気が違っていた。


 僕の席は教室の最後尾、窓際である。


 このベストポジションは、入学当時くじ引きという激しい争奪戦の中で勝ち取ったわけだが、副次効果としてクラス全体を見通すには都合がよかった。


 クラスメイトがどこか浮足立っているような気がする。


 何事だろうと疑問に思ったけれど、チャイムと共に担任がやってくると、その疑問はすぐに解けた。


「今日は転校生を紹介します」


 担任が促し、教室に入ってきたのは一人の女子生徒だった。


 明るい琥珀色の瞳の女生徒は、一瞬で教室中の視線をさらった。


「神木 杏樹です。よろしくお願いします」


 短い自己紹介だったが、インパクトは十分。


 彼女が頭を下げると、腰まである黒髪がさらりと揺れる。


 背は高く、スラリとした印象で、模型を作る上で参考にしたいくらいに顔立ちが整っていた。


 第一印象は、芸術的な価値があると認めよう。


 その一瞬でクラス中からため息が聞こえたのがその証拠である。


 なるほど転校生だったか。


 個人的に目立つのが嫌いな僕の方針はおのずと決まった。


 まぁ近づかない方が無難だろう。


 クラスメイトが一人増えたからと言って握手を求めに行くようなのは、そもそも僕のスタイルではない。


 小さな疑問が解消されて、よかったよかったと満足感に浸っていると、僕の机の引き出しから白い毛玉がもそもそと出て来て机の上に座り込んだ。


『ほほう! 美しいな! な!』


「……」


 おおっと、妙にはしゃいでいるあたり危険である。


 妖怪たちは好奇心旺盛で物珍しい物が大好きなのだ。


 さっそく目を輝かせている白を僕はじろりと睨んだ。


(なんでいるんだよ白)


『そんなのは私様の勝手だ』


(ちょっかい出すなよ? 今日からクラスメイトになるんだ。君らのいたずらは僕には丸見えなんだから、いたたまれない)


 弱い妖怪ならいざ知らず、それなりに力を持っていれば普通の人間にだっていたずらくらいできる。


 普通妖怪だって意味もなくそんなことをしない分別はあるが、好奇心でそれをやったところで誰が咎めるわけでもないのが妖怪でもあった。


 一応釘をさしておくと、だが白は目を細めて愉快そうに笑っていた。


『わかっているともさ。……だが、その心配は無用の様だぞ?』


(どういう意味だよ?)


 質問に答えない白に若干の不安を感じる。


 僕は改めて神木と名乗った女子生徒に視線を向けた。


 すると彼女の目はなぜだかじっとこちらを見ていて、白がニヤニヤしながら手を振ると、目が真ん丸に見開かれているように見えた。


(あれは……ひょっとして……見えてる?)


 いや、まぁ偶然か。


 見えるとなるとあの転校生、神木 杏樹に対して、また更に慎重に対応しないといけないわけだが……なんにせよ相手の出方次第なところも大いにある。


「まぁ、わからないことを気にしても仕方がないか……」


『いやいや楽しくなりそうだ』


 なんてこと言うんだ、こいつめ。


 拭えない不安に辟易しながら、僕は新しくクラスメイトになる女子から視線を外して目を閉じた。




 ともあれそれはそれだった。


 転校生が学校にやって来るなんてこと、どうってことはないし、あまり僕に関係もない。


 放課後は楠 太平にとって至福の時間である。そんな時間をアンハッピーで過ごすことこそ幸運の女神に申し訳ないというものだ。


 授業終了と同時に教室を出て、いつものように部室に向かうとそこにはこの学校における楽園が広がっている。


「よーし我が第二の拠点よ! 今日も頑張ろう! さぁ何を作ろうかなっと!」


 大量のキットを並べる保管棚に完成品を並べられるディスプレイ棚。


 複数の大型換気扇に加えて塗装ブースも完備しているここは換気能力抜群である。


 大型キットであっても悠々と乾燥可能な複数台のドライブ―スは作業の効率を飛躍的に上げ、真空脱泡機に掛かればハイクオリティなパーツの複製すら可能としていた。


 一般家庭では予算の都合以上にスペースで頭を抱えてしまう様々な模型用品をそろえたこの部室は、頑張って作り上げた第二の家とも呼べる場所だった。


 ようやく自分のテリトリーに入って、僕はテンションが上がるのを感じていた。


「古い塗料を使ってしまいたいからなぁ。今日はこれで行くか?」


 さっそく棚に積まれた作りかけの模型の入った箱を開け、僕がワクワクと作業工程のチェックをしていると、いいところで部室の扉が開く。


 不意の来客に固まった僕は、入って来た人物を見て更に表情を強張らせた。


「あ、あの……すみません」


「……?」


 さっそく放課後に突撃してくる中々アグレッシブな女子は、知っている顔の転校生であった。


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