備えは万全である。
「うぬぅぅぅ。我は一体……なんだこれは!」
目覚めて早々龍から再び怒気に染まった力があふれ出すが、すでに拘束は完了していた。
備えは万全である。
ここは洞窟から出た学校の裏山なのだが、水辺は遠い。
更に助っ人も到着済みだ。
術の鎖で龍を拘束している山神の白蓮様はお気に入りの戦車姿で龍の前に鎮座していた。
「その辺にしておけ……この間頭を冷やしてやったというのにまだ足りんか?」
ぼんやりと輝く戦車の装甲は間違いなく圧倒的神々しさを纏っていて、中に入っているモノの力の波動が伝わって来る。
この土地に名を知らしめている大物は、本人の格もあって現在のパワーも圧倒的である。
そのオーラを目にしただけで龍は相手が誰か認識したようだった。
「お前は……白蓮、貴様か? ……なんだその姿は?」
「そうだよ。戦車というんだ。砲も強力だったろう?」
「アレはお前の仕業かぁぁ!」
ガチョンと口を開けて固まってしまった龍に、山神様は砲塔を上下に動かして肯定した。
「そうだとも。事の経緯は耳にしていたからな。どこかの水神が我を忘れて、土地を荒らしそうだと、先手を打って正気に戻してやったまでだ。龍由来の奴は短気に過ぎるのはどうにかならんのか?」
「うぬ……しかし、人間どもの蛮行に目を瞑れと? 黙っている道理などないだろう?」
冷静さを取り戻し始めた龍はそう主張するが、山神様は戦車からどろんと出て来て虎の姿を取り、僕の頭に前足をボスリと置いた。
「まぁ。どこぞの人間がうっかりやらかした事故だという話だ。すでに人間の法でも罰は与えられたようだし、水に流してやるがいい、水神だけに」
「ジョークのつもりか!? 笑えんぞ!?」
「それよりもお前のとばっちりで、我が眷属の妖怪が割を食うのはいかがなものか? 怒ったまま手加減とかできるのかお前?」
「うむぅ……しかし、止めるにしても、もう少しやり方がなかったのか?」
龍は明らかに不機嫌そうだったが、山神様はカカッと笑った。
「馬鹿をいうな! 荒ぶる龍を止める方法など、放っておくか、力づくで黙らせるしかあるものか。どちらもただで済むものではないが―――今の我にはこれがある」
そう言って山神様は戦車のプラモデルをつつく。
なんだか嫌な予感のする会話だが、ちょっとこればっかりは止められそうになかった。
どうなる事かと成り行きを見守っていると二人の会話はどうも妙な方に傾き始めた。
「大体何なのだそれは? 今我は話についていけていない」
「そうなのか? 大事な話だ、ついてこい。お前も……ただ引き下がれと言っても聞き分けられんよな? そこで提案だ。ならばこやつに贈り物でも要求してはどうだ?」
こやつと振られたのは、どうにも僕らしい。
視線が僕に集まったのを見計らって山神様は続けた。
「実はな? ちょっと面白い話なのだが、この人間の作る物は我らの力を高める」
「なんだそれは?」
ピクリと反応した龍に、山神様は大げさに頷いて見せた。
「お前も身をもって体験しただろう? この鉄の箱だ。そして先ほどお前を圧倒した人形もそうだな。こやつの作る器は我らクラスでも受け止めるぞ? そうでなくては怒りに我を忘れた龍に口を出そうとは思わんさ」
「ほ、ほぅ……それほどまでか」
興味が出て来たらしい龍は乗り気で、山神様もその反応にニヤリと笑う。
ああ、確かにもうすでにプレゼンは十分かもしれない。
模型を売り込む気満々の山神様に僕は頬をひきつらせた。
「そうとも。こやつの作る依り代を使えば、例え格下であろうとも土地神すら圧倒するほどさ」
「ほほう……。しかしその珍妙ななりにならねばならんのか?」
「いいや? それも面白いところなのだよ。こやつの作る物なら形は問わんのだ。要するに好きなものになれる」
「ほ、ほぅ……好きなものにな。なるほど。その上、力も上がると」
「そうだとも。強力なもの故な、我々もきちんと決めごとが必要だと思うが……今回に限り何も言わん」
「……それで手を打てと?」
「そういうことだ。どうだ?」
龍は悩んでいる―――ふりをしていた。
でも僕は彼の目が山神様の戦車にくぎ付けになっていることを見逃さない。
十分にためた後、龍は軽く咳払いをして、僕に尋ねた。
「おっほん……本当にそんなことができるのか人間?」
嫌な流れに僕は冷や汗を流すが、ここで断るという選択肢は残念ながらなかった。
「ええっと出来ますが……川の掃除とかでもいいんですよ? 何ならお供えものとかですね」
「いや、依り代がいい」
「……そうですか」
龍の返事はちょっとかぶせ気味だった。
ああこれダメだ。やるしかない。
「任せてください」
「そうか! うむ、ならば……少し注文を付けたいのだが?」
どんな無茶ブリをされるのかと身構える僕に身を乗り出す龍。
僕はこの先の激務を覚悟したのだった。
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