威力の代償
「舐めくさりおって……」
龍は白目をむき、その気配が膨れ上がった。
龍の形をした妖怪は、時折ああやって怒りに身を任せて荒ぶるのだと聞いている。
そうすると力は暴走し、疲れ果てるまで止まらないという話だ。
しかし怒りの理由に察しはつくものの、なんで作りかけのフィギュアとクラスメイトを追ってきてこんなことになっているのか、ちょっと展開についていけない。
だから僕は一番の落ち込みポイントである、マントで空を飛ぶ女を前にして、ガクリと崩れ落ちた。
「……ああ。まぁ……ああなったら、止めるしかないよな」
あのヒーロー風味のマッチョ美女は間違いなく白だ。
白は抱き上げて腕の中にいる神木さんを地面に下ろし、腕をぐるぐると回していた。
「……かは!」
水を吐き出し咳き込む神木さんは驚きの表情を浮かべて、自分を助けた美女を見ていた。
「ゴホゴホ……えぇ? ……貴女は妖怪? っていうか、ヒーローの人?」
神木さんは一体何が起こっているのかわかっていないらしい。
ただ、白は神々しい光を体から発しながら僕を見る。
それはもう楽しそうに白は叫んでいた。
「おお! これは素晴らしい……! 力がみなぎるぞ太平!」
「……白。お前」
僕はその瞬間、絶望した。
僕の地の底から響く声に、ちょっと怯んだ白は神木さんを僕の側に行くように促すと、早々に距離を取る。
混乱した神木さんは歩み寄ってきて僕に尋ねた。
「一体何が起こってるの?」
「……それはこっちが聞きたいんだけど? 一体何があってこんなことに? そんなにこっそり僕の
秘密を見たかったの?」
「いやいや違うから! あの龍に誘拐されてきたの! 目的は楠君だよ!」
「え? 僕?」
言いたいことは沢山あるが、今はそれどころではないらしい。
僕は白に向かって指をさすと、龍にその指先をスライドさせて言い放った。
「白……詳しい話は後だ。こうなったからにはだらしないところを見せたらそれこそ怒るからな?」
「! おうともさ!」
許しを得て、マントを翻した白が飛び出すと、当然ぞろりと龍は動き出す。
「グオオオオオ!」
その目からは完全に理性は吹き飛んでいて、龍は咆哮する。
洞窟の中には強風が巻き起こり、周囲の水は逆巻いていた。
飛び掛かる白に襲い掛かった龍の牙は、白の体を一瞬で噛み砕くはずが―――ドンと大きな音を立てて、つんのめる様に制止する。
「グルルルルル……!」
「フフッ……他愛なし」
片手で軽々と巨体を受け止めた白は凶暴に牙を剥き、笑っていた。
そして白は右腕を大きく振りかぶってえぐりこむようなアッパーカットを龍に向かって繰り出した。
ただそれだけで激しい拳圧が巻き起こり、拳は龍の顎にめり込んだ。
「グオオオオオ!」
龍はなすすべもなく悲鳴を上げながら白ごと天井に突き刺さる。
だがそれでも勢いは止まらず、龍を巻き込んだ拳は鍾乳洞の天井をぶち抜き、分厚い岩盤にぽっかりと大穴を穿つ。
ガラガラと崩れる岩を避け、僕らは天井にぽっかり空いた大穴と、のけぞる龍の姿を見た。
「……えぇぇぇぇ。なにあのでたらめな強さは」
「……うん。頑張って作ったから」
そのあまりの威力に神木さんは唖然としていた。
これが本気の依り代、我が模型の真骨頂。
中に入った妖怪が望んだ理想の姿を手に入れた、その威力である。
白があんまりうるさいから、希望を聞いてちょっとずつ作っていたから、親和性も抜群だろう。
実際効果はすさまじかった。
「いったい……どれだけ時間かけて作ったのさ?」
「……だいたい3か月くらい?」
「大作!」
すごく驚いた顔をしてくれる神木さんだが、フルスクラッチですしね? 相応に時間はかかりますとも。
その結果は御覧の通り。格下の白は神とも同一視される妖怪を圧倒している。
だからこそ神木さんは納得いっていない表情で僕を見ていた。
「でも……なんで楠君はそんなに項垂れてるの?」
「それは……」
僕は涙目で顔を上げる。
この威力は当然のもので、そこに疑問の余地はない。
月明かりに照らされた白の姿は、気合を入れただけあって女神のような美しさではないかと思う。
僕はその姿を焼き付けるように凝視した。
そうする他にもう僕に出来ることはない。
「……あのフィギュアは使っている間、確かにパワーアップする。でも……でっかい力を使うとね、跳ねっかえりもそれなりにあるんだ」
「跳ねっかえり?……というと?」
「……それはね?」
神木さんは首をかしげていたが、その時はやって来た。
「ヌオオオオ!」
ドカンと墜落して目を回す龍を見下ろし、白は喜色満面で嬉しそうに声を上げる。
「太平! こいつは素晴らしいな! いいじゃないか人型! もっと作ろう!」
「……」
にっこりと笑いかけた白の顔にバキッと罅が入った。
「なに? もう終わりか!」
白は崩れる身体を押さえ、大いに焦る。
そう。限界を超えた絶大な力を振るえるようになるが、その反動はすべて依り代が負う。
普段使いなら長持ちもするだろうが、戦闘なんて真似をすれば反動も相応である。
まして模型が未完成なら耐えられるはずもない。
三か月を掛けた大作は煙を吹き出し完全に砕け散った。
さらさらと灰になった山の上でいたずら狐が一匹ぺろりと舌を出していた。
力作の成れの果てを僕は恐る恐る掴み上げると、指の間から完膚なきまでに砕けた粉がさらさらとこぼれ落ちた。
「……こんな風に壊れちゃうんだよー」
「えーと……ご、ごめんね?」
力なくきらりと涙を浮かべた僕に、神木さんは何とも言えない表情で頭を下げていた。
楽しいなと思っていただけたらブックマーク、評価していただけると嬉しいです。




