犬の妖精さん
さてと杏樹は相手の立場で考える。
川を汚されたことにしても、撃たれたことにしても龍を怒らせる理由には十分だろう。
しかも一撃というのは戦車で砲撃である。
生きていることが出来たなら誰でも怒るに違いないと杏樹は頭を抱えた。
「……いえー、あの。どうかここは穏便に」
「出来るわけがないだろうが! いよいよとなれば我が力でこの町ごと水に沈めても奴をあぶりだしてくれる!」
そして結論がめちゃくちゃ極端なあたり、いかにも妖怪だった。
しかもそれを実行しようと思えばできてしまいそうなのが何よりまずい。
結局できることと言えば自分でも曖昧だと思える説得だけだった。
「いやしかし……その攻撃も悪気はなかったかもしれませんし」
「悪気もなく我を撃ち落としたならそれこそ問題だ!」
ああ説得力がまるで足りない。
怒り心頭の龍に杏樹は変な汗が流れ始めた。
これはすごくまずいんじゃないだろうか?
なにか打開策を求めて視線をさ迷わせると、杏樹は水の中に囚われている白と目が合った。
そして白の視線が自分の顔ではなく、持っていたカバンにずれたことに気が付いて杏樹はハッとした。
中に入っているものをこっちに投げろということか。
カバンの中身は楠君の最終兵器という話だ。
何が入っているかなんてまるで分らないけれど、少なくても白は中のものに可能性を感じているということか。
杏樹は龍の様子をうかがうと、視線がそれたここぞというタイミングでそれを実行した。
覚悟を決めた杏樹は力いっぱいカバンを白が囚われている水の中に投げつける。
しかし投げたカバンはぬるりと水球に阻まれて、受け止められてしまった。
「あ!」
「……ふん。浅はかなり。何のつもりだ娘?」
「いや……その」
杏樹は後ずさりした。
起死回生になればと思ったが、完全に状況を悪化させた気がする。
「仕方ない……何のつもりか知らないが。もう少し動きを制限しよう」
呟いた龍の視線が動き、水が杏樹に襲い掛かったが、水は杏樹に触れる直前で見えない何かにぶつかって弾き飛ばされた。
「うわ!」
驚いた杏樹は尻もちをついて、目を瞬かせる。
一方龍も防がれるとは思っていなかったのか、大きな目を真ん丸に見開いていた。
「ほぅ……お前、何かに守られているな? 小癪な。しかしその程度で我から逃れられはせん」
「うっ……」
これは完全に詰んだな。
杏樹はもうどうしようもなく、肩を落とした。
この何日かで聞いたことをすべて話せば、この龍は自分を見逃してくれるかもしれない。
そんなことが頭をよぎったが、どうしても杏樹はそれをためらった。
「ああ……もう。私はなんにもできないなぁ」
「さぁ、話せ。ゆるりとしていっても構わんぞ? ……何せ時間はいくらでもある」
龍は楽し気にぺろりと赤い舌をだす。
杏樹があきらめかけたその時、手の先に何かが触れて、杏樹はなんとなく視線を落とす。
「?」
「ワフ!」
なんか妖精さんが見える。
というか視線の先ではぬいぐるみのような犬っぽい何かが杏樹に手を振っていたのだ。
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