楠 太平は趣味の人である
早々にカミングアウトしてしまおう。
僕、楠 太平には、人ではないモノが見えている。
彼らは妖怪と言って、なぜか見える人間が限られている不思議な生き物である。
だがまぁそれはそれだ。いるものはいるんだし、他人に見えないならしょうがない。
そんなことより人生にはもっと重要なことがあった。
朝日が空に昇る頃、僕は自室の工作ブースにて感動のため息をついた。
「はぁ……表面処理すっごいうまくいったー。僕ってば天才なんじゃないだろうか?」
合わせ目がなくなり、まるで元々一つのパーツであったかのような滑らかさは芸術的とすら感じる。
まだまだ先は長いが、完成への道筋はすでに想像できるところまで来ていた。
このままいけば傑作である。完成度の高い品が我がコレクションに加わるのが待ち遠しい限りだった。
うっとりパーツを眺めていると、突然照明の光量が上がって、僕は顔を上げる。
すると僕を照らしていたガラスのランプが青白く燃え上がっていた。
中に入っている鬼火がどうやらガラスにぺたりとくっついて、こちらを覗き込んでいるらしい。
「おいおい、気持ちはわかるけど落ち着きなさい。一定の光が契約内容だろ?」
嗜めるように言うと、鬼火達は定位置に戻った。
彼らの炎は引火の心配がなくて実に素晴らしい。火気厳禁の強い味方である。
だが集中が切れて時計を見ると、もういい時間であることに気が付いた。
後片付けにもそれなりに時間がかかる。僕は仕方がないとため息をついて、作業を切り上げることにした。
「よし、今日はこれくらいにしておくとしよう」
処理の終わったパーツを丁寧に箱にしまって、ニヤリと笑う。
完成は近いが、この作品を作る工程こそが僕に幸せを運んでくる玉手箱だ。
満足感に浸る僕の趣味は―――もちろん模型の製作である。
そう! 妖怪が見えるとかそれ以前に、僕。楠 太平は趣味の人であると断言しよう。
我が部屋の中にズラリと並ぶのは、大量の塗料に各種工具。
自慢の自作塗装ブースは今日も元気に換気扇を回し、ほぼ毎日稼働中だ。
それでもなくならない積んだプラモデルの箱達はうずたかく積もり続け、この部屋で間違いなく最大の存在感を放っていた。
ああ……素晴らしきかな模型ライフ。
今現在僕は人生を楽しんでいる自信があった。
僕はしまりのない顔で幸福感に酔いしれていたが、そんなことをしている暇がないことを思い出してハッと顔を上げた。
「おおっとよだれが……いかんいかん。ぼーっとしてたら時間が消えるな」
片付けを済ませて、僕は朝食を食べにキッチンへと向かう。
よく手を洗うのは忘れない。
手早く食パンをトースターに放り込み、スキレットで目玉焼きとベーコンをカリカリに焼いて準備完了。
アツアツのうちにたっぷりとバターを塗ったトーストは、噛むたびにサクリといい音がして、程よい香ばしさと塩気が口の中に広がった。
更にそこに用意していた目玉焼きとベーコンである。
滴る油と、ぷりぷりの黄身のコントラストが美しいソレに醤油を一垂らしするのが、僕の正義だ。
半熟の黄身をツプリと割り、中からこぼれ出た黄色い液体をベーコンに絡めて一口。
その瞬間、燻製された肉のうまみと、強烈なスパイスの刺激が卵と合わさって口の中にまろやかに広がってゆく。
そしてトースト。ベーコン。目玉焼き。
ローテーションで巡る布陣を思うさま堪能して、最後に少しだけ残したトーストで、皿に残った黄身とベーコンの油を掬い取って口の中に放り込んだ。
うん。こういうのでいいんだよ。こういうので。
食事は手早く、しかし豊かにしなければ集中力も続くまい。
食後に野菜ジュースもごくごく飲んで、本日の朝食は終了である。
「さて、お腹一杯になったし、そろそろ出かけるかな」
決まった時間にテレビをつけると、ニュースの占いが始まるところだ。
「本日。獅子座のあなたは思わぬ出会いがあるかも。ラッキーカラーは白です」
いつもなんとなく見ないと落ち着かない占いをながら見しながら、僕は出発の準備を整える。
汚れてもいい作業着から制服に袖を通せば準備完了。本日も勉学に励むとしよう。
僕は玄関を出る。
手入れの行き届いた和風庭園の石畳を軽い足取りで歩いていると、僕の目の前に真っ白いふわふわがコロコロと転がって来た。
「よう。太平!」
それは真っ白な狐で、流暢に話始めた。
僕は動じるわけでもなく、むしろ普通に狐に向かって話しかけた。
「おはよう、白。いい朝だな」
「ああいい朝だ! ところで太平! 私様にもアレを作ってほしいんだけど?」
そしてまさかのいきなり催促だが、こいつはいつもこういうことを言う。
「……まぁそのうちね」
「えー。流すなよー。ちゃちゃっとできるだろー」
「……いや、結構大変なんだぞ?」
不満を訴え、僕は肩をすくめた。
この白い狐の正体は、もちろん妖怪である。
とりあえず白と話せて、占いのラッキーカラーは満たせたかなと自分を慰め、僕は話を適当に切り上げて学校に向かうことにした。
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