楠 太平の豹変
「というわけで神の使いだぞ? 敬うように」
「は、はい。よろしくお願いします……」
前足を膝の上に乗せる白に目を輝かせながらも、素直に頭を下げる神木さんは白の力に神々しい物でも感じているのかもしれない。
「こいつはだいたい僕の周りにいるから、困ったことがあったら連れてってもいいよ」
「おうとも。任せておくがよいぞよ?」
「なんだよ、そのキャラ付け?」
「いいだろう? たまには偉ぶらせろ。中々ないんだ、こういう機会は」
白はぴょんと飛び上がり、僕の頭の上に乗ってテシテシと頭を叩く。
そして今度は神木さんを眺めて、目を細めた。
「しかしお前、ホントにダイジョブか? 太平はただプラモ作っただけみたいなノリで話すが、実際は言うほどお手軽なものではないからな?」
「そうだなお手軽ではない。頑張って作っている」
「そう言う意味じゃない。お手軽に力が手に入ってマジやべぇって意味だ。その辺の呪物とか目じゃないぞ実際」
したり顔で横で頷いたら白から怒られた。
そりゃぁ間違ってはいないと思うけど、せめて呪物じゃなくって芸術作品とかにしてほしい。
神木さんも特にツッコミはいれなかったが。
「私も、工作くらいならしたことがあるけど、さすがに作ったものが動き出したことは一度もないとは思う」
神木さんは自信なさげに言うと、白はなぜか偉そうに頷いていた。
「まぁそんなことホイホイあってたまるかという話だな。そもそもまどろっこしいんだ。お前の力なら気に入らない奴がいるならガツンと喰らわせてやればいいのだ。大概の妖怪は平伏するってもんだ」
「妖怪的にはそう言う結論になるんだ」
「そうとも。弱肉強食は妖怪の基本だぞ? 言ってわからん奴はガツンとかましたれ」
鼻息荒く演説する白は、珍しく野性味あふれている。
まぁ一番わかりやすい自衛手段である。ただリスクも大きく、負けたら非常に危険なので推奨はしたくないだけで。
そして神木さんは僕の話以上に、感心した顔をするのはやめてほしかった。
「ガツンと行けば行けるんだろうか? 今度バットとか買って来た方がいい?」
「やめておきなさいよ。バット持って街中うろうろしてたら、おまわりさんに職務質問だよ。田舎でもいるからね?」
「……ハリセンとか?」
「どんだけぶっ飛ばしたいの? 試してみたいなら、今度カバンに入るやつ作ってあげるよ」
「できるの!?」
まぁ出来ないことはない。きっと効果もあるはずだった。
だがプラモじゃなくってハリセンに目をそんなに輝かされると複雑だ。
一方で白の方は、神木さんのことがかなり気に入ったようだった。
「ハッハッハ。いいじゃないか見どころがあるぞ君? ならば私様が色々教えてやろう」
こんな提案を自分からするぐらいだから、ちょっと驚いてしまった。
そして僕以上に神木さんも驚いたらしく視線を泳がせていた。
「え? でもそれまずいんじゃ。……だって白さんは楠君の護衛でしょ?」
神木さんにそう言われて僕と白は顔を見合わせると、微妙な表情になった。
「護衛ではないかなぁ……どっちかと言えば友達か?」
「まぁそんなもんだ。だから別に気にする必要はないな」
「……友達かぁ」
白も乗り気であるし、提案自体は悪いことではない。
僕は少しだけ悩んだが、白の案を押した。
「確かに護衛は神木さんに必要だとは思う。ちょっと危なっかしいし」
「そ、そんなこともないと思うんですけど……」
神木さんは控えめに主張するが、僕は軽く唸った。
そもそも初対面からこの娘は迂闊だと思う。
その一つとして、顔面への塩アタックは僕の記憶に衝撃と共に刻まれていた。
「いや、この際だから白と少し話しをしてみればいいよ。なれって大事だから。近所の妖怪も白に紹介してもらうえるだろうし」
「ああ……なるほど」
考えてみれば僕が色々自分のやり方を教えるよりも、白と一緒に挨拶回りでもした方がいくらか役に立ちそうだ。
「まぁ。神木さんの見える力は立派な才能だから。生かすも殺すも本人次第だろうと思う」
思ったままの感想に、なぜだかとても驚いた顔で神木さんは僕をじっと見ていた。
「ど、どうしたの?」
「え? ああ、ええっと。見えることを才能なんて言われたのは初めてだったから……なんか驚いて」
「そう? でもまぁ立派な才能でしょう」
「でも……あんまりいい目にあったことはないかも?」
神木さんは目をそらす。
ただ僕はこういう力も使いようだと知っていた。
「……いやいや、何事もやり方次第さ。多少おいしい目を見ることもあるかもよ?」
今デメリットでしかないことも、些細なことでメリットに変わることはある。
そう言うと。神木さんは本気で不可解そうで首をかしげていた。
「そう言うのは……あんまり思いつかないけど。楠君は何かいいことってあったの?」
「僕?……あーまぁ、あるかなぁ」
「え? ほんとに?」
「まぁ……例えば思わぬ宝物を見つけたり?」
「なにそれ?」
おっとついうっかり言葉に詰まって余計なことを口走ってしまった。
どうも、苦し紛れに余計なことを言ってしまうのは悪い癖だと僕は反省した。
神木さんもこれ以上は話づらいことだと察してくれたのか、今度は部屋の隅にあった模型棚に話題を振ってくれた。
「えーっと、この模型、綺麗に並べてるね。どれも細かく作ってあってすごいな」
「え? 気になる? そっか、気になっちゃうかー」
おっと、その力作たちに目をつけてくれるのは素直にうれしい。
だが、ここは一つ神木さんにも歩み寄らねば、模型そのものに興味を持ってもらえないかもしれないと思った僕は少々紹介の切り口を考えた。
「結構気合入れて作った奴ばっかりだから、どれもいい依り代になるよ。基本的に時間をかけて丁寧に作った奴ほど強いから。神社以外も気に入ったのがあったら持って行っていいからね」
「う、うん。ありがとう」
お礼を口にする神木さんはずいぶん自然に笑っていて、強張った感じがしなかったから僕はホッと無でをなでおろしていた。
「……あ、作りかけのやつもあるんだ。見てもいい?」
だが、そんなことを言い出した神木さんの視線を追って、僕は体を強張らせた。
「……!!!」
リビングにあるテーブルの上に置かれているのは、現在秘密裏に製作途中の作品だった。
無地の白い箱に手を伸ばした神木さん。
しかし彼女が手を伸ばした瞬間、僕は咄嗟に手を伸ばして、神木さんの腕をがっちりと掴んでいた。
「……え!」
「……その箱は触ってはいけない」
背中には汗が噴き出す。
自分でも驚くほど、僕の声はドスが聞いていた。
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