作品の効果
「えっと、まぁそれはともかく……」
「と、ともかく?」
「妖怪屋敷を想像してたでしょう?」
仕方がないので僕は妖怪ネタの方でお茶を濁すことにした。
「う……まぁ」
「それはあながち間違ってはいない」
「え?」
トテトテと足音がしてきたのを見計らってそう言うと、奥からおかっぱ頭の小さい女の子が走ってくるのが見えた。
「―――」
「あ、お邪魔します……ええっと。妹さん?」
神木さんが笑みを浮かべて尋ねると少女はニコリと笑い、適当な壁をすり抜けてどこかに行ってしまった。
「……!」
青い顔をして一歩引いた神木さんを見て、僕はいたずらが成功したのを実感した。
「アレだな。神木さんは見えすぎてるんだね」
「あ……ひょっとして試した?」
「いや、偶然。家には妖怪が頻繁に出入りしてるから。アレは座敷童だね」
「座敷童なの今の子! 聞いたことある!」
有名どころの妖怪の名を聞いて、神木さんも興奮したみたいである。
「で、でも大丈夫なの? 座敷童って出ていかれると家が潰れるとか聞いた事あるけど?」
「ああ、大丈夫。あいつはシル〇ニアのドールハウスが気に入って、遊びに来てるだけだから」
「……ジャンルが手広過ぎない?」
「いやー、のめり込むと奥が深いジャンルだと思うよ?」
僕はひとまずリビングに神木さんを案内した。
こちらは食事もするのでさすがに箱は置いてない。
ところどころにインテリアとして置いてあるのは力作の数々だが今は自慢は我慢である。
「あ、リビングは綺麗」
つい口から洩れましたーみたいな神木さんの評価に僕は唇を尖らせた。
「いやいや、玄関も宝の山ではあるんだ」
「えー。でも片付いてはいないと思うなぁ。一見すると箱の山だし」
「うぐ! それは……そうかもしれないけれど」
まぁ綺麗ではない。自分でも魔窟だとは思う。
それに積みプラは、お宝であると同時に、蔑ろにしている罪の蓄積なのは認めなければなるまい。
それはともかく雑談のおかげか多少緩んだ勢いで僕はおもてなしを続行した。
「適当に座ってね、お茶を持ってくる」
「ありがとう」
練りきりのお菓子と玉露を用意すれば、ひとまず客をもてなす体裁は整ったはずだ。
僕はずずっとお茶をすする。
なごみの効果を期待したが、それほど落ち着きもしない。
目の前には神木さんが座っていて、なんでこんなに緊張しているのか自分でも不思議な感覚だった。
「じゃあキットを持ってくるよ。ついでに僕が作った完成品も見せてあげよう」
「あ、お願いします」
こういう時は模型の話をしよう。
僕はさっそく自分の部屋から件のプラモデルと完成品を取って来た。
「ハイコレ。念を押すけど同じように作っても同じ効果が出るとは限らないからね?」
「そこは単純に試してみたいかなって。ちなみに楠君が作ったやつはもう一つの方?」
「そうだよ」
僕は箱に入った完成品の神社のプラモを取り出す。
普通の人間にはただのミニチュアの神社だろうけど、箱を開けた途端、神木さんには感じるものがあったらしく息をのんでいた。
「なんか……ものすごく神々しい。圧を感じる」
「そうそう。その雰囲気で、弱い妖怪は寄ってこれないんだ。とりあえず結界って呼んでるよ。ちなみに山神様に力をお借りしました」
「誰かから力も借りないといけないんだ。常に入ってなくてもいいのはすごいなぁ。ちなみに作るのにコツとかある?」
「コツかぁ……。もちろん模型を作る基本は押さえておいた方がいいと思う。あとやっぱ神社の模型だし、神秘的な雰囲気を出したいなと思って作ったかな? ようは心を込めるのが大事かなと」
「こ、心を込めるか……」
結果としておかしなことになっているけれど、簡潔に言えばそう言うことだ。
神木さんは真剣に模型を眺めていた。
「でも妖怪たちが……模型棚を宝だって言った意味は分かる気がする」
「僕としては作品としての価値も見てほしいけどね。付加価値も無視はできない。だからこそ僕の模型は妖怪達も欲しがるわけだし」
「楠君は作った模型を妖怪に渡してるの? 何のために?」
「そんなの円滑に交渉するためだよ」
神木さんの質問に僕はこう答えた。
「妖怪達とコミュニケーションをとるのは案外難しいんだよ。ただそれは簡単な話で、共通の価値観が異なるからだ」
「う、うん」
「普通は交渉しようにも人間の持ち物は彼らにとって大半が価値がない。だから口約束か、強制的か、単純に好き嫌いの話になりやすい。人間の社会でもお金が発明されるくらいには共通の価値感というやつは重要なんだと思う」
僕は神社のプラモを持ち上げる。
その難しい部分を、僕ならばクリアできというわけである。
「それってすごい事だよね?」
「場合によってはね。白蓮様ともあの依り代と引き換えにこの辺りの妖怪たちに口をきいてもらったりしてるわけだ」
「でもなんで戦車?」
「それは……白蓮様の好みかな」
「そ、そうかぁ」
僕としてもまさか戦車を気に入るとは思わなかったけど。
あの砲撃のしびれる感じと、走る風を切る爽快感が快感らしい。
定期メンテナンス付きで、長期間の契約だった。
「それで、白蓮様のところに私を連れて行ったんだ」
「まぁそういうこと。今なら神木さんのこともこの辺りの妖怪に話が通ってるはずだよ。妖怪の社会は力とその格が重要だ。何なら白蓮様の名前を出すだけでも簡単な頼みなら聞いてくれると思う」
言っても神の名は伊達ではない。
その力のほどは直に見た神木さんなら感じられたはずだ。
「おお、頼もしい。確かに……あんなすごい妖怪は今まで見たことなかった」
「でしょう? ちなみに狐の白は山神様の使いだから」
「ふふん! その通りだ! 説明長すぎだぞ!」
どろんと空中に姿を現した白い狐は名前を呼ばれるの待ちだったようだ。
会話に名前が入っただけですぐさま登場したところを見ると、かなりじれていたらしい。
山神様の使いと紹介した白は、神木さんの前に気取った動作で近づいて、ふふんと鼻を鳴らした。
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