楠君の葛藤
「……?」
なんか神木さんの表情がやけに硬くなってピリピリしているんだが、なにごとなのか?
漂ってくる緊張感は訳が分からないがしかし、模型部の部長としてのこれは義務である。
そう割り切って僕は自分の家に案内するわけだが、……正直ちょっとワクワクした。
人間を家に呼ぶのは久しぶりな気がする。
ここは部長らしく……そう! 部長らしく余裕を持った対応でもてなさねばなるまい。
そう、まずはいいキットをたくさん紹介して……と、ナチュラルに更なる深みに勧誘をしようとする自分に気が付いて、僕ははっとした。
いや違う! 神木さん一般の人じゃん! 趣味の話に寄りすぎても通じないわ!
気が付いた時にはもう家の目の前だった。
そして僕は鍵を開け玄関のドアノブに手をかけたわけだが、そこで一回踏みとどまってしまった。
「……」
いや待て、このまま中に入れるのはまずいんじゃないだろうかと。
なぜならば開ける寸前に、扉の向こうに広がっている魔境を思い出してしまったからだ。
手をかけてから三秒。頭の中はフル回転で、神木さんと話した言葉も上の空である。
不自然に動きを止めた僕に、神木さんには警戒の色が強くにじむ。
僕の手のひらもべちゃべちゃである。
それでも僕はぐっと力を込めてドアノブを回した。
今更、取り繕う必要などない! それが僕の答えだった。
「ようこそ我が家へ!」
玄関を開けて待ち受けていたのはもちろんうず高く積まれたプラモデルの山だ。
これこそが欲望が積み重なった結果に他ならない。
一人で楽しむ分にはひじょーに楽しくて宝の山とでもいうべき光景なのだが、残念ながら一般人にそれが通用しないのは知っていた。
意識してみると、僕でさえちょっと積みすぎじゃない?と思ってしまう状況だった。
判定はいかに?
僕はちらりと神木さんの表情を確認する。
神木さんは笑顔を張り付けていたが、目の奥に若干引ぎみの光を見た。
「す、すごいね。その……まるでお店みたいで」
「そ、そうだろう? 組めてないのが残念でならないけど」
流してくれるのなら助かる。
やっぱりちょっぴり恥ずかしいけれど、後は開き直るだけだった。
「ええっと、でもこんなに積んでいたら、家の人は怒らないの?」
「そりゃあ怒りはしない。僕の買った家だし」
「えっ?」
「……しまった。なんでもない」
とてもしまった。
開き直ったら余計なことまでしゃべってしまった。
しかし大量の脂汗を掻く僕に質問する神木さんは容赦がなかった。
「……楠君が買ったの?」
「……いや、どうかなー?」
「部室もすごいとは思ったんだけど……」
「いやいや……偶然だとも?」
何が偶然なのか、僕にもそれはよく分からない。
よそよそしい会話と、気まずい空気を感じる。
ダメだ早く何とかしないと。
そういえば自分は別にしゃべり上手でもなんでもないことを、この時ようやく僕は思い出していた。
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