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勧誘

「……信じられねぇよあの狐」


 とある川の底で、ただのマスコットキャラクターは動くことさえできずにいた。


 謎の人間に、人形の中に押し込められたと思ったら、狐妖怪に連れてこられたのがこの川である。


 ああいくら恨んでも、恨み足りない。


 だがいくら怒ろうが怒鳴ろうが、全ての恨みつらみは、この川の流れに押し流されるだけだった。


「ああこのまま……ずっとこのままなのか? 俺はただ杏樹が欲しかっただけなのに……」


 何度呟いたかもわからない恨み言が、今日も川の流れに呑まれていく。


 しかしその時、自分とは比べ物にならないほど巨大な気配がそばまでやってきていることに気が付いた。


 そいつの気配はあまりにも大きく、ただの妖怪とは思えない。


 それはまるで川そのものの化身のようで、そいつがその気になれば自分なんて小物は鼻息で消し飛ぶのは明らかだった。


「ああ、奴の匂いがする―――貴様はこの辺りの妖怪ではないな?」


「あ……ああ」


 だが圧倒的な気配のそいつは自分を覗き込み、喰うのではなく、質問をしたのだ。


「……だが匂いが薄い。貴様。鉄の箱に乗った人間を知らぬか? お前に関わりがある……強い力を持つ人間のはずだ」


 問いの意味を、マスコットは恐怖に震えながら考えた。


 何度こんな目にあわなければならないんだと嘆きながら、必死に頭を巡らせると答えはすぐに出た。


 考えてみれば簡単だ。自分に関わりのある者で、力のある人間なんて限られる。


 そして答えが出ればマスコットは、ここ数日で初めて恨み言でない言葉を吐いた。


「し、知っていますよ! 何ならそいつを連れてくることだってできます!」


「なに? それは本当か?」


「ええ……ですから、少しだけ貴方様の力を貸してはくれませんかね? この通り、身動き一つ取れないもんで」


「ふむ……」


 ああ、こいつを利用すれば、全てが手に入るかもしれない。


 マスコットは内心で邪悪に笑い、目の前の存在を利用するために頭を巡らせた。




「クチン! クチン!……ズズッ」


 二回ほどくしゃみをして、僕、楠 太平が模型部部室に向かう。


 体調が悪くもないはずだが、ちょっと寒気なんてしてしまうのはあんまりよい兆候ではない。


「なんだろうな? トラブルが起きなきゃいいけど」


 鼻をこすりながらたどり着いた部室の扉を開けると、そこには先に神木さんがすでに座っていた。


「あ、こんにちは」


「……こんにちは」


 神木さんは幽霊部員にはならないらしい。


 ただ机に突っ伏し、ずいぶんと疲れている神木さんに僕は内心首を傾げた。


「本当に来たんだ、神木さん」


「そりゃ来るよ。入部したじゃない」


 ひょっとすると、ああまでがっつり山神様と対面したら、逃げてしまうかもしれないと思っていたが。


 そんなことを考えていると、内心を見透かされたのか、神木さんのじっとりとした半眼がこちらをむいた。


「ちょっと聞いていい?」


「なんだろう?」


「楠君って、怖がられたりしてる?」


 これはまた心外な質問である。


 もちろん心当たりはなかった。


「? いいや? なんで?」


「模型部に入りたいって言ったら、すごく真剣にやめた方がいいって説得された……」


「アーハン?」


 神木さんの疲れた様子は情報収集の結果のようだ。


 僕はちょっと真剣に考えこんだ。


「いや……でもひょっとすると―――模型部に関しては腫れ物扱いかなぁ。なにせ、顧問が学園の理事長さんだし」


 ちょっとした縁で、この部室と模型部を設立することになったわけだが、奇異の目で見られる程度は仕方がない。


 まぁ家賃みたいなものである。


 案の定神木さんは驚いていた。


「何その特殊な事情!」


「うーんまぁ確かに特殊と言えば特殊かな?」


「学園のパンフレットにも載ってないし!」


「いや、それは僕が初代部長だからそれは仕方がないかなー」


 載るとしたら来年からなのでは? と説明したが神木さんの怪しむ視線が痛かった。


 よく考えてみれば部室はホラースポットの開かずの教室で、それを訂正した記憶もない。


 僕が来るまでクマさんも神経質な方だったから、色々逸話はあっただろう。


 気にならない訳ではないが、今日のところはまぁいい。


 神木さんが何か言いだす前に、僕は話を切り出した。


「まぁこの話はこの位にしておこう。それより……僕には神木さんにやってもらいたいことがある」


「……へ?」


 一瞬何を言われたのかわからないって顔をしていた神木さんだが、僕が取り出したのは神木さんが製作途中のプラモデルだった。


「ここは模型部です。前の続きをやろう」


 僕は勇気を込めてそう告げた。


 何事も最初が肝心である。


 すると神木さんは意外とすんなり頷いてくれた。


「ああっとそうだった。うん、それはやるよ。少し勉強もしてきたし」


「え? ほんとにー?」


「もちろん。面白かったよ」


 思ってもみなかった言葉に、ちょっとだけ心が軽くなるのを感じた。


 ソワソワしてしまう僕はちょっと単純だった。


「え? そうなの? それはよかったなぁ。あ、いるものあったら言ってね? だいたいあると思うから」


 模型製作に必要なものは、痒い所に手が届くくらい整えている。


 何もしないなんてもったいない。


 楽しんでもらえているとなると、こちらも教えがいがあるというものである。


「じゃあ今日は何しよっか? この間のやつは素組だからクオリティを高めるのもいいと思うんだけど」


「い、いや、詳しいことまではわかんないんだけど。ちょっとやってみたいことはあるかなぁ」


「え? なになに? リクエストがあれば答えるよ?」


 ここは模型に興味を持ってもらえる正念場だ。一番重要なところである。


 さぁこい! っと神木さんの言葉を待ち構えていた僕だったが、神木さんは真剣な表情でこう言った。


「楠君が作ってるみたいな妖怪に特別な効果があるプラモデルを作ってみたい……んだけど」


 ですよね。


 どこまでも妖怪がらみに興味津々な神木さんである。事情を説明した以上、僕だってその答えを予想してなかったわけじゃなかった。


「でもそう来たか。自分も妖怪をプラモデルに入れてみたいと?」


「そ、そういうことになるのかな?」


「まぁわかる。確かに気になるだろうとも。だけど自分でやるのは期待しない方がいいかもしれない。アレは僕以外成功したことないし」


「そうなの?」


 不安そうな神木さんに僕は頷いた。


「そう。初回無料で提供はアリ。部員なら部員価格で販売中」


「……お金取るんだ」


「そりゃあ、まぁ一品ものですし。だが自分で作りたいというのなら可能性はゼロじゃない。どんな経緯であれ模型作りに興味を持ってくれるのは嬉しい限りだ。となると……この間の続きはまた今度にしよう。ひとまず僕なりに考えてみたおすすめ商品がある」


「本当に!?」


 食いついた神木さんに僕は肯く。


 そして今朝教室でひらめいた案を披露すべく、自分のスマートフォンを操作して神木さんに差し出した。


 画面には通信販売でとある商品が表示されていた。


「100分の1神社。これでどうだろう?」


「こ、こんなのあるんだ」


「意外とビックリするようなラインナップってあるよね」


「……私にも出来るかもしれない?」


「わかんない。だって僕からしたらいつもプラモ作ってるだけだし」


「……」


 約束できないというかたぶん無理だけど、実験することは無意味ではない。


 だが神木さんは真剣な表情でコクリと頷いた。


「わかったやってみる」


 現金とは言うまい。何事も始まるきっかけは些細なものだ。


「了解だ。では始めよう」


 それに物作りは思いを込めるのが大切である。


 興味がない物より、多少なり関係ありそうなものの方がとっつきやすいだろうと言う目論見もあった。


「……ハッ!」


 だが僕はそこで棚をざっくりとチェックして、重大な事実に気が付いてしまった。


 部室に該当商品がない!?


 ここの棚にないとなると、あるとしたら我が家である。


 なんということだろう? これは確実にマズイ。


 僕は大いに狼狽えて、肩を落とした。


「うーむ……不覚。このキット買ってあったんだけど学校の棚にはおいてない」


「すでに買ってあったことに驚きだよ」


「いやまぁ。体質柄、興味なくはないもので」


「実際作ってみてどうだった?」


 尋ねてくる神木さんに僕は、昔の実験結果を披露した。


「僕の場合は家を覆う結界になったね。悪いものが近づけなくなる感じの」


「何それ欲しいんですけど」


 すると神木さんが真顔になった。


 確かにこの作品の効果は神木さんにはうってつけである。


「あ、やっぱ欲しい?」


「うん。ものすごく」


「そうか……ならやっぱりすぐにでも渡してあげたいけど……」


 しばし考える。


 ここでプラモ道勧誘の流れを止めたくはない。しくじれば間違いなくこの部室はオカルト研究部である。


 だから僕はふむと頷き、最も簡単な解決策に走った。


「そう言うことなら……僕の家に今から行こうか?」


「―――え?」


 だけど大喜びするかと思った神木さんの表情が強張ったことを、僕はたいして気にもとめてはいなかった。


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[一言] このストーカー全く反省してない…!
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