山神様の行列
「よし!」
作業が一通り終わり、僕が集中を解くと気が付けば日が沈みかけていた。
目的の時間的には中々いい頃合いである。
僕は大人しく完成を待っていた神木さんに上機嫌にニッコリ笑いかけた。
「よしよしよーし。神木さん……とりあえずこっちの準備は終わったけどそっちはどう?」
「私の方はとりあえず形にはなったと思う……」
「ほほう! これをチョイスしましたか!」
神木さんの作り上げた作品は、丸っこい犬のぬいぐるみの様なプラモデルだった。
パーツの精度に定評のある大手の商品はロボットだが、かわいいデザインのこのシリーズは一定の支持を得ているのか、カラーバリエーションも豊富だった。
完成した作品もゲート処理を頑張っていて、丁寧な仕事である。
僕は満足して頷いた。
「素晴らしい……とてもいい感じだ」
「そ、そう? 説明書通りにやってみただけなんだけど」
「いや、きちんと説明書を見るのは大事なことだよ。それでも間違えるのもまたあるあるです」
ただその通りにやることのなんと難しいことか。
でなければパーツをくっつけて失敗に気づき、再び分割しようとして指先をケガする悲劇が繰り返されることなんてない。
このまま品評会を続けたいところだが、しかし今日はやることが詰まっていた。
僕は神木さんに改めて向き直った。
「一応もう一回確認しておくよ。これから会うのは僕の知り合いの妖怪だ。いやならこのまま帰っても構わないよ」
これは最終確認だ。
待たせておいてなんだが、ここからは僕の妖怪関係の事情に踏み込む最後の境界線とも言える。
神木さんの返事は、イエスである。
「……一緒に行く」
「そうか。わかったじゃあ行こうか」
僕はあっさり頷いた。
ここで引き締めるのは、肩の力を抜いてもらうための前段階と言ったところだ。
神木さんは僕の手にした戦車の模型を見て戸惑っていたが、それでも結局首を縦に振った。
山の中にあるこの学校は、夜になるとかなり真っ暗になる。
職員室からも明かりが消えて、校舎に人っ子一人いなくなった頃、僕達は校庭にやって来た。
実は申請書も出してOKをもらっているので、校庭で集まるのは部活動の一環ということになっているはずである。
色々と事情はあるが、そんなことを知る由もない神木さんは落ち着かない様子で僕についてきていた。
「懐中電灯はここから先はつけないように。校庭で光がちらつくと誰かに見られたら面倒だから」
「……なんかすごく手馴れてない?」
「まぁ。その辺は秘密で」
誰もいない校庭に入ると周囲からは虫の声すら聞こえてこず、異様な静けさが支配していた。
神木さんは若干不安を感じているのか、肩にずいぶん力が入っているようだった。
「こんなところでなにをするの?」
「すぐにわかるよ。ホラもう白も来てる」
僕の指し示した方向には、白が空を飛んでこちらにやってくるところだった。
「待たせたな太平。もうすぐ到着だぞー」
「……早いなぁ。助かるけど」
僕は思ったよりずいぶん早い到着に苦笑い気味だった。
確かに暗闇の中で目を凝らすと、もうぼんやりと光る行列を見つけて、僕はその場にブルーシートを敷いて準備を整える。
白はボボンと大きな狐の姿になって、平伏した。
僕はその場に正座すると神木さんにも座るように促した。
「どうぞ。できれば正座でお願いします」
「ここに座ればいいの?」
「そう、今から来る人はおおらかだけど、大物だからあんまり失礼がないようにね」
「お、大物? ……う、うん」
完全に置いてけぼりの神木さんは、ものすごく困惑しながらも言われた通りに座る。
夜、学生が二人正座している光景は奇妙だろう。
だがそれ以上に、闇の中に黄金色に輝く雲と青白い提灯の明かりがいくつも並ぶ光景は、この世のものとは思えない。
シャンと澄んだ鈴の音が聞こえた。
それを鳴らして、着物を着た狐達は列をなして雲の上を渡ってやって来る。
その先頭を堂々と歩いてくるのは、白く輝いている大きな虎だった。
「……な、なにあれ?」
神木さんは目を丸くして、その行列を見て腰を浮かせた。
僕はあわてず騒がず神木さんの肩を掴んで、その場に押しとどめた。
「落ち着いて。立ち上がらないように。アレは山神様の行列だ」
「山……神?」
「そう。このあたりの妖怪のボス。あの白い虎が山神の白蓮様だ」
神木さんは額に汗をびっしりかいて動かなくなった。
白虎は音もなく僕らの前に降り立つと、バスのような巨体から僕らを見下ろし、口を開いた。
「早かったな太平。……待ちかねたぞ?」
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