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模型部の活動

「……新しい朝が来たな。希望の朝だ」


 自宅の窓の外からチュチュンと雀の声がする。


 ここしばらくは気分転換にリビングで作業するのがお気に入りである。


 やすりでゴリゴリと製作中の作品を表面処理しながら僕はため息を吐いた。


 やはり作業中が一番落ち着く。


 ちょこちょこと作っていたこの作品ももう完成間近だ。


 何もかも忘れて無心で完成させたいところだが、今朝はそういうわけにもいかなかった。


「模型部の部員……。嬉しいことは嬉しいが部員と言っていいのだろうか?」


 転校生のクラスメイトが、なんか一緒の部活に入ることになった。


 それ自体は喜ぶべきところではある。


 だが模型部として致命的なのは、神木さんの目的が模型を作ることではないということだろう。


 これがオカルト研究部なら……まぁ間違ってはいないのだが、うちは模型部だ。


 そして僕は神木さんに協力すると宣言した以上、これからは妖怪がらみの話はもっと積極的にしていく必要がある。


 結果、活動内容が形骸化して、肝心の模型を作る時間が減るようなら、由々しき問題だ。


「……まぁいいか。部活ってのはそういうもんだ」


 だが僕は雑にそう結論する。


 部活を作った時、人が入部することももちろん考えた。


 話題がまったくないよりはマシだと考えよう。


 僕はやすりを机に置くと、丁寧に作品を箱に収めた。




「えっと……何をしてるの? そのまま宇宙とかにいけそうだけど」


 これは模型部部室に入って来た神木部員の第一声である。


 僕は防毒マスクとゴーグルをつけたまま、ブーンと快調に作動している換気扇と、コンプレッサーのスイッチを切る。


 僕は彼女の疑問にすぐに振り返って手短に内容を口にした。


「え? 塗装」


 何をやっているのかと言えば見ての通り塗装である。


 束縛から解放され、放課後の至福の時間を堪能しながら、適切な装備で安全に楽しく模型ライフをエンジョイしている真っ最中だ。


 だが僕はハッとした。


 そうだここにはもう僕一人だけではないのだった。


 防毒マスクを外してみると、神木さんはどこかホッとした表情を浮かべていた。


「よかった。ちゃんと楠君だ。新しい妖怪だったらどうしようかと思った」


「……それはいくら何でもじゃないか?」


「いや、だって学生服に被り物してる妖怪なら、そこにいるわけだし」


 神木さんの指さす方には、本を読むクマさんが手を上げて挨拶していた。


 確かに。


 いやいや、うっかり納得してしまったが、ここは模型部だ。


 防毒マスクは健康的な模型生活を営む上で不可欠だと知ってもらわねばならない。


 そして僕に抜かりはなかった。


 ひょっとすると訪れるかもしれない事態に備えて、すでに準備は整えていた。


「……ここに神木さんの分の防毒マスクもあるけれど」


 もちろん未使用で衛生面も完ぺきである。


 完全防毒のごっついマスクを見た神木さんの反応は困り顔だった。


「いや……いらない……かなぁ」


「そいつはダメだ。有機溶剤や細かい粉末が肺に入るといけないから。あるならつけといたほうがいいよ? いやほんとに」


「……ありがとうございます。ってそうじゃなくって!」


「……なにかな?」


 神木さんは模型トークを強引に遮った。


 わかってはいる。


 でももう少し初の模型部員でいてくれはしないだろうか?


 僕のそんな心境は表情に出てしまっていたようだった。


「そんなに悲しそうな顔しなくてもいいじゃない。少し話がしたいんだってば」


 まぁそうだろうね。


 僕は防毒マスクを定位置に引っ掛け、本日の活動を休止した。


「熱心だなぁ」


「当然! 私の人生がかかってるからね! 楠君の言うことはわかったけど、ちょっとでもいいから正しい撃退法はぜひとも知りたい! 塩蒔くだけじゃ正直限界!」


 中々力強く主張する神木さんは、その苦労っぷりがうかがえた。


 僕は少し考えこみ、微妙な顔で頷いた。


「うーん。そうだなぁ。自衛の方法は……なくはない」


「ホント!」


 そう。なくはない。


 むしろすこぶる単純な方法がある。


 ただそれは置いておいて、心構えとしては撃退とか戦う前提なのは少し気にかかるところだった。


「ちょっとちゃんと話そうか。待っててね」


「え? なに?」


「模型を作る時以外は快適な空間を作るのが模型部のモットーだから」


 僕はひとまず、状況を整えるべく準備を始めた。


「だから飲み物とか、お菓子とかが充実してるんだ」


「その通り。それにほら……異臭騒ぎとかになったら困るじゃない? お客さんには丁寧な対応と、たまに部室からいい香りをさせておく狙いもあるよ」


「そんな打算が……」


 世の中備えは大切である。


 今日のおやつはカップケーキと、自慢のブレンド豆から抽出した珈琲にしておこう。


 時間をかけて間を置いただけあって、神木さんも落ち着きを取り戻している。


 すっかり準備を整えて二人分のコーヒーとお菓子をテーブルに置いた僕は一緒に塩のツボと白を用意した。


「え? なんで私様用意された?」


「わかりやすいからだよー、協力頼む。では要望通りどうやって自衛するかの話をしよう。戦うだけなら簡単だ、ぶん殴ればいい」


「え? 私様を殴るなよ?」


「殴らない殴らない」


 白はぎょっとして顔を上げたが、僕だって何の脈絡もなくそんなことはなしない。


 だがこの助言は、神木さんの期待には添えなかったようで彼女は眉間にしわを寄せた。


「えぇーと……単純すぎない?」


「妖怪相手に重要なのは筋力よりも霊的な力だから。神木さんくらい力があれば黙らせられるだろう。塩だって効果あったでしょ?」


 そう言って僕は、塩のツボから一つまみの塩を取り出し、軽く白に振りかけた。


 すると白は目を細め、ボン! っと毛が綿毛のように膨れ上がった。


 僕はふわっふわになった白を持ち上げてその毛皮を堪能した。


「嗚呼~なんかシビシビする~。てっ! 何すんだ!」


「えー。このように、ただの塩は、妖怪に影響があります。神木さんみたいな力持ちがあっちいけ!っと念を込めて叩きつければ、痴漢撃退スプレーくらいの効果はあるはずです」


「……力持ち」


 見える人間は、だいたい妖怪に影響する力は強い。


 神木さんくらい見えているなら、大抵はそれで追い払えるはずである。


 神木さんにも心当たりはあるようだった。


「まぁ確かに……」


「そう、君は今までうまく自衛できてたんだよ。だけどその前に一つ。神木さんはたぶん妖怪を危険だとか、厄介者だと思っていると思うんだけど。それはちょっと違う」


「……でも、危険だよね?」


 きょとんとする神木さんは、隠しきれない戸惑いが顔に出ていた。


 確かにある意味では危険なこともある。ただそれがすべてはないだけだ。


「危険がないわけじゃないけど、あのストーカーみたいなのを基準にしちゃまずいってことだよ。僕としてはこの近所の妖怪達とは仲良くさせてもらっているから、あんまりもめごとを起こしてもらいたくはないかな」


「ああ……なるほど」


「おいおい太平。その仲のいい友人に何で塩かけた? いるかその一工程」


「そりゃいるさ。塩の効果をわかりやすく伝えられたよ。ありがとう白さん」


「……なるほどぉ」


 ついでにふわふわの白を神木さんに手渡すと、神木さんは理解を示して頷いていた。


 とにかくここは基本になる部分だから僕としては押さえてほしいところだった。


「そこは踏まえた上で自衛する時は考えてね。あくまで戦うのは最後の手段。余裕がある時は白だって僕だっているから相談してくれれば力になるよ」


 ただそう言うと、神木さんは予想以上に驚いていて僕はなんだか不安になった。


「……」


 やっぱ偉そうだったかな? 


 沈黙に耐えられず僕は尋ねる。


「……どうしたん?」


 すると神木さんは興奮して身を乗り出した。


「うん! それって大事なことだよね!」


「お、おうとも」


 予想以上にいい返事が返ってきた。


「私! こういう話って人と初めてするんだ! なんか……なんかすごくためになってる気がする!」


「な……ならよかったけど」


 予想外にめちゃくちゃ嬉しそうな神木さんに僕はもうちょっと頑張ろうって思った。


 しかし残念ながらいきなり期待に添うのは無理そうなのは残念である。


「ええっと……それでね。たぶん僕は神木さんが知りたがってるような術とか技術とかは教えられないと思うんだ」


「え?」


 これはたぶん事実だ。というか今話した内容で終わりと言った方がいいか。


 殴って効果があるのなら、どこかの道場にでも通って格闘技でも習った方が効果的に不審な妖怪を追っ払えるはずである。


「だけどそういうものでなくていいなら、僕が神木さんに提供できるものもあるけど……どうする?」


 思っていたものと違うなら、迷うかと僕は思っていたのだが、神木さんは元より引く気はないようだった。


「教えてくれるのなら是非」


「……わかった。じゃあ、超特急で作っていくかな。白」


 僕は白を呼ぶと、白は神木さんの手の中からぴょんと飛び降りて机の上に着地した。


「なんだ太平?」


「今日例のものを渡すって白蓮様に伝えといてくれる?」


「おお。そうかわかった。白蓮様は受け取りに来るって言っていたから、受け渡し場所はここになると思うぞ?」


「マジか……わかった。じゃあ日が暮れたら学校で待ち合わせよう」


「了解だ」


 白がドロンと消えたのを確認して、僕は模型棚から壊れた戦車の模型を取りだす。


 損傷自体は大したことはない。急いで時短テクニックをフル活用すれば、数時間で終わるはずだ。


「スピード重視なら、硬化剤使うかな。あとはきれいに磨いて再塗装……」


「えっと……どういうこと?」


 状況についていけていない神木さんを見て、僕はひらめいた。


 どうせしばらく待ってもらうことになるなら模型部員としてやってもらいたいこともある。


「色々と口で説明することはできるけど……結局見てもらったほうが早いからね。せっかくだから、僕の作業をやってる間に神木さんにも何か作ってもらおうかな」


「え?」


「もちろんプラモならある。道具は貸し出すよ。はい、ニッパーとやすり。ゲート跡……枠から切り離して跡になった所を綺麗に削ってみてね」


 ガッと道具一式を神木さんに渡し、僕はまだ作っていないプラモ棚に案内する。


 棚に並べられたそれなりの量の箱を眺めて、神木さんはおーっと声を上げた。


「ど、どれを作ればいいの?」


「まず最初は好きな奴がいいよ、気になる物を作ってみて。もしくは簡単そうな奴がいいなら端に並べてあるやつがおすすめかな?」


 難しすぎても簡単すぎてもよくない。まずは自由意思を尊重する方針である。


「……わかった。ありがとう」


 神木さんは頷く。


 よしよし、とりあえず前向きにやってくれそうで部長は嬉しい。


 しかし僕も、もたもたしている時間はなさそうだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どことなく八百万の魔法使いぽいユルさがいいですね。 [気になる点] 妖怪絡みの話をしたいだけなら、むしろ部員にならずに依頼して時間を貰うのが筋よな。 それか活動後とか。 失礼だし、線引は大…
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