第4話 仕事ですよ宰相様
「宰相様、今日の分の陳情書などです」
扉を開けた途端、見えない壁に阻まれた犬魔族の秘書官ショコラは、キャンと鳴きながらしりもちをついた。
「宰相様!?」
「あぁ、今度からこの部屋は立ち入り禁止にした」
「えっ、でもそしたら」
倒れた拍子に散らばった宰相宛の書類を拾いながらクーンと鳴く。
魔王の意識が戻ってから宰相はほとんど魔王の寝室に入り浸っている、はじめこそ魔王の身の回りのことだけだと数時間だったのに、日が経つにしたがいその時間は伸び、その分宰相のやるべき仕事はどんどん溜まっていっていた。
これはまずいとショコラたち秘書官が泣きつき、仕事部屋を魔王の寝室に移動することで、魔王の様子を見ながらちゃんと仕事もやってもらうようにしたのだ。
まさか、あの無表情で無駄な話など一切なく黙々と仕事をこなすだけの宰相が、魔王が起きるかもしれないとわかったとたん、ここまで甲斐甲斐しく魔王の世話をやり出すとは誰が想像できただろうか。
魔王が重要人物なのはショコラにもわかってはいるが。
「宰相様、さすがにこれは不便です」
「うむ」
何回目かのやり取りの後、ショコラが恐る恐るそう言った。
書類を持ってきても扉から中にはいれないのでは、いちいち廊下に宰相を呼びださなくてはならない。
終わった書類をざっとチェックをするのも廊下で済ませなくてはならない。またその間、室内を気にしてソワソワしている宰相も気になって集中できない。
「……」
宰相も思うところがあったのだろう。
「仕方ない」
パチリと指を鳴らす。
さっきまで扉をあけてすぐのところにあった見えない障壁がなくなり、ショコラが部屋の中にはいれるようになった。
「よかった」
ほっとしたようにショコラが胸を撫でおろす。
これで多少なりとも仕事がしやすくなるだろう。
「本来女魔禁制にしていた部屋だ、魔王様のベッドに近づくことは禁止だぞ、魔王様を一目見ようなんてことは夢にも思わないように」
「はい。思いません」
命令口調でそういったが、「チェックはそこに座ってしなさい」とわざわざショコラの椅子をだすと、「何かあったら声をかけなさい」とい言い捨てて、カーテンで仕切られている魔王のベッドの方に行ってしまった。
魔王は深い眠りについてる間は、食事さえとらない仮死状態らしく、専任の世話係以外は部屋に立ちいることさえ禁じられていたので、今現在魔王の姿を知ってる者はこの魔王城にはいない、なので魔王はすでに亡くなっているのではという噂さえあった。
しかしショコラはその後ろ姿を眺めながら、宰相が本当に魔王を大切にしていて、早く目覚めてくれることを心待ちにしているのだということがわかった。
「まあ、宰相様には他にも色々な噂があるけど、悪い方ではないのよね」
前まではなにを考えているかわからず怖いとさえ思っていたが、いまでは結構こちらの意見を聞いてくれるいい上司だということがわかって来た。
「仕事部屋を移してからは仕事も真面目にやってくれてるし」
独り言をつぶやくと、さっそくサインの書かれた書類に目を落とすのだった。