第15話 ある秘書官の手紙 (中)
「ふぅ」
ショコラはペンを置くと手紙を読み返し綺麗な封筒にしまうと、そっと鍵のついた机の引き出しにしまった。
高校で魔界社少女漫画大賞を取ってからはや数百年。魔界大学でも毎日執筆はしていたが鳴かず飛ばず。卒業後も夢をあきらめきれず魔営の図書館司書ならば、定時に帰れるし好きな物語に囲まれて、漫画も描き続けられると思っていたのに、なぜか入社10年たらずで宰相付き秘書室に異動を言い渡された。
周りは大出世だと喜んでいたが、ショコラにとっては迷惑でしかなかった。
それに異動の時先輩が「宰相様は獣好きの変態らしいよ。魔王城に獣系ばかり集めてハーレムにしてるっていう噂よ」なんてどこで聞いたか分からない、そんな噂を囁くものだから、本当に憂鬱だった。
しかし蓋を開けて見れば、噂とは違い宰相は獣魔族に一切興味もしめさず、会話もほぼ皆無。
セクハラにあう心配はなくなったが、淡々とした仕事ぶりは効率的だが面白みもなかった。
それでも定時に帰れることや、同僚も同じ犬魔族だけで仲もよく図書館司書より金銭的にも良い待遇だったのでいつしか不満はなくなっていた。
「魔王様が少し目覚めたから、ちょっと変わりないか様子を見に行ってくる」
毎朝の日課であった「魔王様を起こしてくる」がそう変わった時、それでも初めは、ちょっと魔王の寝室に様子を見て帰って来るだけで、特に問題はなかった。
逆に、上司のいない時間を秘書仲間と喜んで有意義に過ごしていたのだが……
「宰相様、まだ帰ってこないわね」
様子を見に行ったまま仕事部屋に帰ってこない時間がだんだん長くなり、視界には宰相のこなすべき書類が日に日に積み重なって高さを増し始めていた。
一日のノルマを宰相が達成しなければ秘書の仕事も終わらない。
さらには
「魔王様の寝室に机を移す」
「それでは仕事は……」
「魔王様の寝室に持ってこい」
しかもその寝室は目に見えない壁に覆われ、廊下からいちいち宰相を呼んで書類の受け渡しをしないとならないという不便さ。
書類の不備が見つかればその都度また寝室まで言って廊下から上司である宰相を呼びつける。それは下級魔族であるショコラたちにはすごいストレスであった。
さすがに辞表を叩きつけようかと考えた時、扉の前の壁がなくなった。どうにか宰相の机の前までは行けるようになったが、それでも同じ部屋でやるより効率は落ちる。
「あの、宰相様。もう少し、仕事のペースを速めていただきたいのですが」
書類を取りに行ってもまだ仕事が終わっていないことさえ増えた。
思い切ってそう切り出すと、宰相は小さく頷いた。しかしその表情からは、「生意気な」と怒っているのか、それとも迷惑をかけていると反省しているのか読み取ることはできなかった。それもまたショコラの胃を痛める原因となっていた。
「もう、限界だ。来月配属先の変更をお願いしよう、もし聞いてもらえなかった場合は辞めてやる……」
そんな覚悟を決めていた。しかし
「あぁ、ギルガメシュ様」
ある出来事がきっかけで、ショコラの見ていた世界が一転した。
いままで大型で近寄りがたかった牛魔族のギルガメシュは、見れば見るほど美しい白と黒の艶やかな毛を持った美しい美雄だったと気がつき。
そしてその美牛をあのいつもニコリともしない宰相が『ギル』と親し気に呼ぶことを知ったのだ。
人型以外の魔族など、男女の違いしか区別がついていないと言われているあの宰相がだ。
「宰相様も……」
あんなに、魔王の寝室に書類を運ぶのが憂鬱だったはずなのに、今では率先していくようになった。それもこれも、こっそりと、二人の様子を観察するためである。
「この気持ちはなんなのかしら」
二人を観察していると沸き起こる、このふつふつとした熱い思い。
二人が会話などしようものなら、ドキドキで倒れそうになる。