第七.五話 ヒロ
このお話は初投稿版の18部分にあたります
ヒロは焦っていた。
日頃の訓練のたまもので、晃の前では明るく平然としていたが、内心は不安と焦りが渦巻いている。
ナツが見つからない。
早く見つけないと、生命が危ない。
手を尽くしてもあがいてもどうにもならない現状に、ヒロは焦っていた。
終業式が終わって帰宅し、北山の安倍本家で仕事をしている時だった。
ふと、ハルが顔をしかめた。
「結界が壊れた」
瞬時にその場の全員の顔が引き締まる。
何かを探っていたハルが、突然立ち上がる。
ヒロにだけ聞こえるように、こそりと耳打ちする。
「――霊玉の『禍』の結界だ」
ヒロもすぐに立ち上がり、現地に向かおうと駆けだそうとした、そのとき。
バリン!
結界が破れた気配がした。
まさかこの安倍家の結界が破られるなんて!!
あっと思ったときにはもうすぐ近くに何かが迫っていた。
シュルシュルと渦を巻き形を作ろうとしている。禍々しさが渦を巻くごとに増していく。このままではまずい!
ヒロは即座に刀を出現させ、それを叩き斬った。
しかし、滅することはできなかった。散っただけだとわかったが、追いかけることはできない。
同席していた三人の大人に結界を確認するよう指示をして部屋から出したハルに呼びかける。
「ハル」
「おそらく『禍』だ。霊玉守護者を狙ったんだろう。――にしては弱いな。こんな一撃で散るハズないんだけどな」
話していると、ドタドタと外が騒がしくなった。
すぐに数人の大人が部屋に飛び込んできた。
その中にはハルの祖父――現在の安倍家当主も含まれている。
「首座様!」
「首座様! 我が家の結界が破られました!」
「現状報告!」
ハルの鶴の一声で、慌てふためいていた大人達がピシリと直立する。
口々に現在わかっていること、現在対処していることを報告していく。
それに対しハルも次々に指示を飛ばしていく。
その隙間に、こそりとヒロに耳打ちしてくる。
「狙いは霊玉守護者だろう。他の四人の現状確認」
「はっ」
他の人間に悟られぬよう、こっそりと部屋を出て札を出す。
ふうっと息を吹きかけると、舞い上がった札がゆらりと浮かび、白い鳥に変化した。
四枚の札を四羽の小鳥に変え、両手に乗せて指示を出す。
「佑輝。晃。トモ。ナツ。それぞれどうしているか探ってくるんだよ」
行け! と合図すると一斉に飛び立っていく。しばらくすると二羽が戻ってきた。
佑輝は京都を出ている。大津にいるようだ。
トモも京都にいない。車でどこかに向かっている。
二人共、無事でいること、『禍』と遭遇していないことはわかった。
これは家に聞いたほうが早いと判断し、スマホを取り出してそれぞれの自宅に電話をかける。
佑輝は剣道部の合宿だという。場所は大津で間違いなかった。
スケジュールを聞き、また連絡すると電話を切った。
トモはアメリカに住む両親に会いに行くために関西国際空港に向かっているという。
ハルに報告すると「連れ戻せ」と一言。
申し訳ないが、両親に会うのはあきらめてもらう。
ヒロがそちらに対処している間に、もっと大事が起こった。
京都市を囲む結界。その南の結界が破られたのだ。
パニックに陥る大人を一瞬でなだめ、ハルは次々に指示を出す。
安倍家の動かせる人員を全て動かすよう指示し、その中でチーム分けをしていく。
細かく仕事を振り分け、それぞれに具体的に指示を出していく。
ハルが有能な指導者だと思うのはこんな時だ。
どんな事態が起こっても、冷静にひとつずつ対処していく。
明確な指示をもらった部下は、迷いも不安も捨て、責務に邁進するのだ。
晃の無事は確認できた。吉野で白露の結界の中にいた。
しかし、ナツがどうしても見つからない。
こそりとハルに報告すると、ハルは少し考えて「オミに行かせろ」と指示を出す。
ハルの父である晴臣は弁護士だ。
とある事情で、何度もナツの住んでいる場所に行っている。
確かに適任だろうと連絡をすると、すぐに向かってくれた。
果たして。
ナツは行方不明になっていた。
最後まで一緒にいた人間も「知らない」「いなくなった」としか言わない。
晴臣は警察に連絡し、周囲に聞き込みをしている。
ヒロもあちこちに式神を飛ばしたが、ナツが見つからない。気配すらない。
そうしているうちに、晴臣から連絡が入った。
白露が『禍』に取り込まれたというのだ。
転がるように事態は悪くなっていく。
あちこちに指示を出す合間に、ハルが卜占をしてナツの居場所を占った。
結果に顔をしかめたハルは、数人にナツの居場所を占わせる。
誰もが安倍家の中で、いや、京都の中でトップクラスの占者だ。
その誰もが、同じ結果を出してきた。
「対象者は異界にいる」
「このままでは危険」
「おそらく自分で異界を作ったんだろうな」
あの天才め、とハルがため息をつく。
霊玉守護者のことは当主以外知らせない。
その方針のため、二人だけでこっそりと話している。
「異界にいるなら大丈夫なんだよね?」
いつも入るハルの異界を思い浮かべ、ヒロがそれでも不安でたずねると、ハルは少し考えて首を振る。
「大丈夫なら『危険』なんて先見は出ない」
自分の占いでもそう出たと言い、ハルは腕を組みしばらく考える。
「――考えられるのは」
そうしてひとつずつ説明していく。
「異界を壊されるパターン。
『禍』が再び襲来してきたら、異界を壊され飲み込まれることもあるかもしれない。
もうひとつは、異界から出られなくなるパターン。
初心者がやりがちなんだ。出入口を作り忘れて、出られなくなってずっとそのまま。てやつだな」
こわい話が出てきたとヒロが青くなる。
それはどうすればいいのだろう。ハルは解決策を持っているのだろうか。
「あとは、異界を維持できなくなるパターン」
意味がわからなくて目線で先をうながすと、眉をひそめてハルが話してくれる。
「異界を作るのは、結構霊力使うんだよ。
本人の持ってる霊力で発動させるんだけど、維持し続けるには、うまく周囲の霊力取り込まないと維持できない。
このへんがうまくいかないと――」
言葉を濁すハルに、先をうながす。
「霊力が尽きて死ぬか、異界が消失しても現実に戻れず時空のはざまをさまよって死ぬか」
咄嗟に自分の口を押さえて叫びを飲み込む。
死ぬ? ――死ぬ?! ナツが?
真っ青でふるえるヒロの手を押さえている口から外させ、ハルが両頬をぺちりと叩く。
そのままぎゅーと挟み込み、ヒロの目をのぞく。
「落ち着け、ヒロ。常に最悪の事態を想定して動け。いつも言っているだろう?」
なんとかうなずくと、ハルが手を離す。
乱れた息はなかなか整わない。
「とにかく一刻も早くナツの異界を見つけて、引っ張り出すことが先決だな。
――霊玉守護者の共鳴でどうにかならないか…?」
そしてハルは四百年前に『禍』の結界が破れたいきさつを教えてくれた。
「ナツは、どれくらい、保つの?」
声が震えたが、ハルは見逃してくれた。
「――本人の状況と、作った異界の大きさによる」
大きければ大きいほど霊力を使うし、本人が意識をはっきり持って活発に活動するほど霊力を使うと説明してくれる。
「休眠状態だとそれほど霊力を使わないが、永遠にそのまま休眠てパターンもありうる」
最悪はまだあったようだ。
泣きそうになるヒロの鼻をハルがつまみあげる。痛い。
「とりあえずできることは、ナツに呼びかけること。
これは同じ霊玉守護者のヒロにしかできないんだから、がんばれ」
やることを指示され、うんとうなずく。
そうしてずっとナツに呼びかけているが、進展はない。
仕事中も食事中も、ずっと呼びかけているが反応はない。
晃と共鳴した時も、何の反応もなかった。
日頃の訓練のおかげで平気な顔を保てたが、内心ではひどく落ち込んだ。
早く。早くナツを見つけなくては。
早く異界から出さなくては。
このままでは、ナツが死んでしまう
あせる気持ちを何とか押し込めて、晴臣からもらったヒントを基に考えを巡らせていくのだった。
次話は明日19時に投稿します