第七話 晴臣
このお話は、初投稿版の15〜17部分にあたります
「で、佑輝とトモだ」
やっと話が元に戻った。
晃がひとつうなずくと、ハルが話を続ける。
「あの二人は、もう能力者として活動しているんだよ」
佑輝の家は刀鍛冶。特に魔除けや退魔の力のある刀を打ち出すことで有名だという。
刀を打つだけでなく、自ら退魔も行う。
佑輝は霊玉守護者なだけあって霊力も能力も高く、祖父や父と共にすでに実戦に出ている。
トモの祖父は有名な退魔師で、その祖父に育てられたトモも幼い頃から実戦を経験している。
幼いのに実戦に出ている二人は、京都の能力者の間ではけっこう有名らしい。
「そんなやつがこの非常時にいきなり安倍家に来たら『どうして?』ってなってしまう。
京都はせまい街だが、だからこそか、人間関係はメンドクサイからな。
あっちに筋通せ、こっちに話しろって、うるさいヤツが多いんだよ」
心底めんどくさそうに言うハルに、ヒロも明子もうんうんと同意している。都会はなかなか大変そうだ。
「そこで、僕の父だ」
ハルの父は、安倍家現当主の一人息子。それなのに霊力がほとんどない。
一般人よりも少ないと聞いて、晃は驚きを隠せない。
「霊能力的な案件では全く使えないが、弁護士だから、対人間との交渉事では有能なんだ」
そしてそのことは、京都ではよく知られている。
「つまり、こういうことだ」
ハルが描いたシナリオを披露してくれる。
能力者としては使えないが交渉役としては使える安倍家当主の息子が、佑輝の、トモの家に依頼に行く。
現在安倍家では能力者総動員で事態の収束に向けて取り組んでいる。
しかし、肝心の『禍』の退魔あるいは封印となると、どうしても霊力が足りない。
そこで、佑輝に、トモに、助力を願えないだろうか。
どちらの家も退魔の能力が高いことで有名だ。
依頼を受けて退魔に赴くことはよくあることだ。
現当主も現場から離れられないほど全力で対処している安倍家の、事態収拾には全く協力できない「霊力なし」の当主子息が、当主の命を受けてわざわざ頭を下げに来た。
これで、対外的には収まるし、佑輝もトモもすんなり安倍家に来られる。
安倍家からはヒロを出す。ヒロも幼い頃から実戦を重ねているので、能力の高さは有名だ。
その三人の連携をとるため、北山の安倍家で合宿する。という筋書きだそうだ。
「幸いトモの家の結界はめちゃくちゃ強力だし。
佑輝は今日の夕方まで京都を離れている。
だから晃をひろったあと、トモん家行って、今日の夕方佑輝ん家行けば、まあ大丈夫だろうということになったんだ」
晃はまだ能力者としてはデビューしていないので、京都の能力者で存在を知っている者はいない。
だからこそ、京都駅まで自力で来させ、ハルの父と京都駅で合流したあとはずっと彼と行動を共にし、内密に安倍家に入る予定だった。
しかし、ハルの父が京都駅に行けなくなった。
今朝になって、行方不明のナツのことで動かないといけなくなったためだ。
動かせる他の三人、ハル母、ヒロ父母は、それぞれ仕事の調整などで動けない。
ヒロやハルが迎えに行くのは悪手だ。この非常時に次期当主とその右腕がわざわざ連れてきた少年なんて、怪しんでくれというようなものだ。
しかし晃はもう電車に乗ってしまった。
ならばどうするか。
一条戻り橋の転移陣を使うのは、苦渋の策だったのだ。
晃がのん気に昼寝をしている間も、二人は晃から聞いた話をもとに予測を立て、今後の対策を考え、関係各所に連絡をとっていた。
「おれが寝ちゃったせいで、トモの家? に行けなかったんだね。ごめん」
しゅんとした晃に、ハルもヒロも「違う」と言ってくれる。
「どのみちあの時間から出ていたら、逆に佑輝のところが間に合わなくなる。
トモの家の結界は強力だから、明日でも大丈夫だ」
「ぼくらも晃の話をもとに話し合う時間が欲しかったんだよ。だから問題ないよ。大丈夫」
二人の言葉にほっとしていると、ガチャリと、どこかの扉が開く音がした。
「オミさんだわ」
パタパタと明子が部屋の外に出る。
少しすると、スーツ姿の男性と一緒に戻ってきた。
一目見ただけですぐにハルの父親だとわかる。
ヒロの言っていたとおり、ハルに瓜二つだ。
すっと通った眉に、吊り上がった目。黒髪は後ろになでつけてあり、いかにも仕事のデキる男、という感じだ。
二十年後のハル、と言われても納得のそっくり度だ。
「君が晃くんか」
彼は部屋に入るなり晃を見つけ、声をかけてきた。
席を立ち、はい。と返事をすると、彼は申し訳なさそうにへにゃりと眉を下げた。
そうすると、キツい印象の顔がやさしく親しげなものにかわる。
「今日は迎えに行けなくてごめんな。無事ここまで来られてよかったよ」
お家には連絡したかい? と問われ、うなずく。
「まぁ見たらわかるだろうけど。
これが僕の父。安倍 晴臣だ」
「はじめまして。晃くん」
そう言って微笑む彼は、大人の男だった。
晃よりもずっと背も高いし、体つきもがっしりしている。
ハルにそっくりなのに、笑うと穏やかな雰囲気になる。
ハルが笑うと悪だくみしている狐みたいなのに。不思議だ。
「迎えにいけなくてホントごめんな。大変だったろう」
よしよし、と子供のように頭をなでられるが、いやな気分はしない。
実際何回も泣きそうになったが、それは黙っておく。いいえ。とだけ答えておく。
「ハルとヒロも仕事増やしてごめんな。これ、おわび。上賀茂にいくやつがいたから、買ってきてもらった」
「や・き・も・ちー!!」
袋を受け取るなり、ヒロが狂喜乱舞する。
「まだあったかい!!」と叫び、晴臣に感謝のハグをする。
「ハルもこれなら食べられるだろう?」
「…うん。ありがとう」
そう言われて初めて、ハルがお茶の間何も食べていないことに気付いた。
話すのが忙しかったからかと思っていたが、それだけではないらしい。
はにかみつつもやわらかく笑う顔は、やっと同い年だと思わせるものだった。
晴臣も席に着き、またお茶を煎れてもらい、焼餅をいただいた。
半分はそのまま。半分はトースターで温め直して。
これも上品なあんと皮のバランスが絶妙で、ぺろりと食べてしまう。
もちろん半分以上はヒロの腹におさまった。
明子が言うには、ハルは忙しくなると食事をとらなくなるので、品数で攻めて何か一口でも食べさせようとするのだそうだ。
昼食は普通に食べていたようにみえたが、明子にしてみれば「たくさん食べてた」ということだ。
逆にヒロはストレスが強くなると甘味を爆食いする。甘いものばかり食べて食事が食べられなくなり、栄養バランスが崩れるので、やはり食事が大変らしい。
「困った人達ですね」と正直な感想を述べると、明子には喜ばれ、ハルとヒロにはものすごくいやそうな顔をされた。
「じゃあ、そろそろ出発しようか」
ハルと明子に見送られ「行ってきます」と晴臣が玄関をくぐる。
続いて晃が外に出ようとして――固まった。
ここは、北山の山中の離れではなかったのか?
目の前に広がるのは、山の木々ではない。
四角いビルが立ち並んでいる。
積み木のように建物が並んだはるか遠くに山が見える。
「どうした? 晃」
突然立ち止まった晃にヒロが声をかける。晴臣も異変を感じたらしい。再び玄関に入って扉を閉めた。
「…ここ、どこ?」
ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなくヒロを振り返り、やっと言葉をしぼり出した。
すると、ハルもヒロも「気付いていなかったのか?!」と驚いた。
「ここは御池のマンションだよ。さっきまでいた北山の離れの食堂から転移してきたんだ」
物置の扉に転移陣が組んであり、認証を受けた者だけが使えると説明してくれる。
晃は認証を受けているヒロと手をつないでいたので通れたのだ。
『おいけ』がどこか、京都の地名に明るくない晃にはわからない。
ただ、目の前の光景から街中だとはわかる。
「道理で何も聞いてこないと思った」
「逆になんでわからなかったんだよ」
「いや…。そういう家なのかなーって…」
「「天然か」」
二人同時にツッコまれ、晃がへこむ。「まあまあ」と晴臣が取りなしてくれた。
「さ。乗って乗って」
八人乗りの黒いミニバンに乗り込む。
ヒロと並んで二列目に座り、シートベルトをしめると、車は軽快に走り出した。
しばらく街中を走る。どこを見ても建物しかない。都会だ。
四車線ある道路は車がぎっしり走っている。
「このへんの桜もそろそろかな」
「今はどこが見頃かなー」
晴臣とヒロは社交的な性格なのか話し上手なのか、今日会ったばかりの晃にも上手に話をふってくれる。
「吉野の桜は有名だよね。どんな風に咲くの?」
「柿の葉寿司のおいしいお店があったよねぇ。
晃くんはさば派? さけ派?」
「修験者ってどんな修行するの?」
二人の話にのせられて色々と話している間に、車は山に入り、しばらく走ると再び街に入る。
さらに住宅街をぬけ、山にはいっていった。
「もうすぐだよ」
そう言われて辺りをのぞく。いつの間にか家がなくなり、山道を少し走ると車は停まった。
「…うまく共鳴するといいんだけど…」
先程までの明るさがうそのように、ヒロがぽつりとつぶやいた。
ヒロは晃と初めて会って共鳴したとき、期待していたのだろう。
ナツが見つかるかも、と。
ナツが、応えてくれるかも、と。
なのに、何の反応もなくてがっかりしたのだ。
きっとヒロは答えなんて求めていない。ついぽろっと、弱音がこぼれただけだ。
それはわかっていたが、わかっていたからこそ、ヒロに何か言いたかった。
励ますような、元気づけるような言葉を。
「共鳴って何?」
何と声をかけようかと困っていると、晴臣が声をかけてきた。
シートベルトを外し、後ろ向きになってにこにことこちらを見ている。
晴臣は霊力が少ないと聞いている。何と言えばいいのかとまたも困っていると、あっさりヒロが言った。
「霊力守護者が初めて会った時、こう、霊力が響き合うっていうか、感じるものがあるんだ。
共鳴って言葉がぴったりな感じなんだけど。
それでナツを呼べないかなって考えてるんだ」
ぼくと晃じゃだめだったけど。と、ヒロが哀しそうに言う。
よほどナツが心配なのだろう。膝の上で組んだ指の先が白くなっている。
晴臣は「うーん」と少し考えて言った。
「共鳴…というと、共振だね」
「「共振?」」
二人同時に上げた声に「うん」と晴臣が答える。
「どっちも同じだよ。音に対しては共鳴ていうけど、モノに対しては共振て使うことが多いかな。ええと、ちょっと待ってね。いい動画ないかな」
スッスッとスマホを操作しながら晴臣が教えてくれる。
「要は、物体の固有振動数と同じ振動を与えると、より大きく振動する現象だよね」
あ、これなんかどうかな。と見せてくれたのは、振り子がゆらゆら揺れる映像。
二つの振り子のうちひとつを引っ張ってゆらゆら動かすと、何もしていないもう一つの振り子もつられて動き出した。
「ヒロがやりたいのは、こういうことだろう?」
『こういうこと』がわからなかったのか、ヒロが視線で再度説明を求める。
「自分達の霊力をぶつけあって動かすことで、なっちゃんの霊力を動かして、反応を探す。ってことじゃないのか?」
「――そう。そう!」
漠然としたイメージが言語化され、はっきりした方向性が見えたのだろう。
ヒロがぶつぶつとつぶやきながら何か考えている。
晃は驚いた。
晴臣は一般人よりも霊力が少ないと聞いていたから、話をしても答えが返ってくると思っていなかったのだ。
考えていることが顔に出ていたのだろう。
スマホを収め、にっこりと晴臣が笑った。
「おじさん、霊力はないけど、わりと色んなこと知ってるんだよ」
そこには大人の男の余裕があった。
次話は明日19時投稿です