第四話 ハルとヒロ
このお話は初投稿版の9-11部分にあたります。
説明をごそっ! とはぶきました。
重くなった空気を断ち切るように、晴明がパンと手を打った。
「とりあえず、晃の話は聞いたから。ごはんにしよう!」
その言葉にハッと弘明が顔をあげる。次の瞬間には元の笑顔に戻っていた。
「そうだね! それに、晃にここのことも説明しないと! よし、移動するよ! 晃」
すっくと立ちあがると、置いたままの晃の靴を持ってくれる。
「荷物持ってついてきて。ハル、明さんにごはんの仕度はじめてもらって」
「りょーかい」
行方不明ってどういうこと? と聞きたかったが、二人にうながされてあれよあれよと移動することになった。
今までの部屋を出ると長い廊下が続いていた。そこを端までいくと玄関があり、弘明が靴をそこに置いた。
出してもらったスリッパを履いて二階に上がると、長い廊下の両側に扉が均等についていた。
「ここは安倍家所有の離れのひとつでね。合宿所みたいな感じで使ってるんだ」
弘明が説明してくれる。
今現在いるここは京都市の北西部、北山にある安倍家の敷地の中であること。
少し離れた場所に、本家といくつかの離れとなる建物があること。
この離れは現在誰も使っていないので、当面の間、霊玉守護者と晴明で使うこと。
晃もしばらくここで寝泊まりするように言われ、了承する。
何で一条戻り橋にいたはずなのに北山でタライに足を突っ込んでいたのかと聞けば、一条戻り橋下には転移陣が仕込んであり、タライの中に描いた転移陣とつながっているのだと教えてくれた。
つまりあの赤ん坊達は、晃を川に突き落としたのではなく、晃を転移陣に入れ、北山の安倍家に連れてきてくれたということらしい。
「転移陣って何?! それにあの赤ん坊達は?」
わからない単語が次々と出てくる。
「転移陣は文字通り人やモノを移動させる陣だよ。
どんなものかはちょっと見せられないけど。
もちろん誰でも使えるわけじゃなくて、術者が許可したものしか使えないよ。
今回晃は、ハルが使用を許可した式神が一緒だったから通れたんだよ」
ここがトイレ、ここが洗面所、と教えてくれながら弘明が話してくれる。
「式神って、あの赤ん坊達のこと?」
「そうそう」
晃が何も知らないことに弘明も気付いたらしい。
「聞いたことない?」
弘明がいたずらっぽく笑って言った。
「ぼくたち、陰明師なんだ」
食堂だという部屋に入ると、大きなテーブルがその部屋の中央に居座っていた。
テーブルの上には所狭しと料理の乗った皿が置かれている。
十脚並んでいる椅子の一つに、晴明が座っていた。
こっち座れ、と指示され向かうと、カウンターキッチンの奥から一人の女性が出てきた。
胸の上あたりまであるやわらかな茶色のふわふわの髪は後ろでひとつに束ねられている。
ふっくらとした頬は紅く色づき、大きな目は垂れていて、可愛らしい顔立ちをより甘く見せている。
弘明を女性にしたらこの人になる、という女性だった。
あわいピンクのワンピースのようなエプロンの下は白いブラウスとベージュの細身のズボン。
ゆったりしたエプロンで体型は分からないが、大人なのは間違いない。
弘明のお母さんかお姉さんか。そう思って挨拶しようとすると、晴明が紹介してくれた。
「僕の母だ」
「えっ?!」
思わず声があがった口を、あわてて自分の手でふさぐ。
すると女性も弘明もくすくすと笑った。笑い方までそっくりだった。
「はじめまして。晴明の母の明子です。明さんって呼んでね」
「あの、えと、すみません。吉野から来ました、日村 晃です」
「よろしくね。晃くん」
すわってすわって。と椅子をすすめられる。
晴明の正面、弘明の隣だ。三人で机の三辺それぞれに座る。
まだ疑問が顔に張り付いていたのだろう。笑いながら弘明が説明してくれた。
「ぼくの実の母と明さんが従妹同士なんだ」
「そうなの。ちぃちゃん――ヒロちゃんのお母さんと私って、二人でいるとよく双子と間違えられてたくらいそっくりなの」
「で、ぼくは母似。だから、明さんとも似てるってわけ」
血縁関係はあったようだ。
「てことは、弘明さんと晴明さんて――」
「ヒロ」
にこにこ顔のまま、強く言い返される。
え? と思っていると、にこにこ顔のまま弘明がさらに押してきた。
「ヒロ。こっちはハル」
「ひ、ヒロ、さん」
「『さん』いらない。敬語もいらない」
さらに迫力が増した。
「ヒロ!」
「よし」
たった今までただよっていた不穏な空気がパッと霧散したことにほっと胸をなでおろす。
目線で晴明も呼ぶようにうながされる。
「ハル」
「よし」
こちらはニヤリと意地の悪そうな笑みで答えてくれる。やっぱり狐みたいだ。
「ぼくらははとこだね。ちなみにハルは百%父親似」
「明さんの要素まったくないよね」とヒロが笑うのを、ハルも「だよな」と笑って受け入れている。
その言葉を聞いて、晃は一つ納得したことがあった。
「はとこかあ。だからお二人、似てるんですね」
ん? と同時に二人に顔を向けられ、あわてて自分で自分の口をふさぐ。
「えと、二人、よく似てるの、はとこだからなんだな」
タメ口タメ口、と意識して何とか言葉が出てきた。
しかし二人が注意を向けたのは敬語ではなかったらしい。
「えぇ~! ぼく、こんなキツネ顔じゃないよ?!」
「僕だって、こんなタヌキ顔じゃないぞ」
二人で同じような表情で言い合っている。仲良しだ。
するとカウンターキッチンに下がっていた明子が、盆に茶碗をのせて戻ってきた。
とん、と目の前に茶碗が置かれる。炊き立てのごはんの香りがふわりと鼻をくすぐる。
「二人一緒に育って兄弟みたいなものだから、似てて当たり前ね」
くすくす笑いながら言った言葉に、二人は同時に反応した。
「「だとしたらもちろん兄はぼく」僕」
えっへん。と同じように胸をはって同時に言った後、二人がにらみ合う。
「何言ってんのハル。いつもお世話してるのぼくでしょ」
「ヒロこそ何言ってんだ。僕のほうが二日早く生まれてるじゃないか」
あらあらうふふ。と頬に手を当てほほえむ明子は、止める気がないらしい。
「さあさ。ごはんがあったかいうちに召し上がれ」
晃にかけられた言葉で、二人もようやくじゃれあいを止めた。
「安倍家は代々陰明師の家なんだ。血縁の有る無しに関係なく、安倍家の人間を名乗るのは陰明師が多いね。もちろんぼくもハルも陰明師」
これでもいろんな術が使えるんだよ。とヒロが得意げに言う。
「さっきおれの靴乾かしてくれたみたいな?」
「そうそう」
すげー。と、素直に感心する。ヒロはぱくぱくと箸を進めつつ話を続ける。
「陰明師で一番有名なのが、平安時代の安倍晴明なんだけど、知ってる?」
安倍晴明。聞いたことがあるような、ないような。
「漫画とか映画とかにもなってるんだけど。知らないならまあいいや。
陰明師は式神って呼ばれる鬼神を使うんだけど。そう。晃をここまで連れてきたあの子達みたいなの。
その安倍晴明の使っていた式神が待機していたのが、あの一条戻り橋の橋の下なんだよ。
今でもあそこを住処にしている式神がいるから、あそこに転移陣一個置いているんだよ」
食べながら話しているのにとてもきれいに食事を進めるヒロに、晃は内心驚いている。
やっぱり都会の人は上品なんだなあ、と感心しながら話を聞く。
「ヒロ、話がズレてる」
「あ、ゴメンゴメン。
安倍晴明はその時代の陰明寮のトップで、さっき話してたぐちゃぐちゃ状態の京都の結界の整理整頓をしたんだ。
それ以来、京都の結界維持は安倍家を中心に行うことになったんだ。
その安倍晴明の子孫が、このハル」
「ご先祖が平安時代までさかのぼれるってこと?! スゴイな!」
「いや。京都ではそのくらいザラにいるよ」
驚くとこそこじゃないだろ。と二人が思っていることには気づかず、晃は「京都スゲー」と妙な感心をしている。
ハルが続ける。
「現在の安倍家の仕事は、京都の結界維持と退魔、能力者と『落人』の保護だな」
またわからない単語が出てきた。
「落人って?」
晃がたずねると、二人がちょっと顔を見合わせた。どちらが説明するか相談しているらしい。
「晃は漫画とかラノベとかって読む?」
ラノベって何だ? と思ったが、『読む』とつくのだから本だろうと察して首を横にふる。
晃はひまさえあれば山に入って遊んでいるので、基本学校以外で読書はしない。
どう説明しようかな、と困り顔で、ヒロが言葉を続ける。
「ぼくらの今存在するこの世界とは『異なる世界』っていうのが存在するんだよ」
「ことなるせかい」
あまりにスケールの大きな話に、言葉をオウム返しすることしかできない。
「多重世界、並行世界、パラレルワールド、異世界。色々な呼び名がついているんだけど」
そう言って、ヒロが料理や皿を使って説明してくれたところによると、晃が今いるこの世界以外に、少しずつずれていたり、次元が違ったりと、色々な世界が存在しているのだという。
その『異なる世界』と今いる世界が交わったりつながったりすることがあるのだと言われ、驚くことしかできない。
「交わったりつながったりするのはホンの一瞬、人ひとり通れるくらいの大きさが多いんだけどね。
それで、ちがう世界の人がこっちの世界に来てしまうことがあるんだ。
特に京都はさっきも言ったけど霊能都市になっちゃってるから。いろいろ『つながりやすい』みたいで、色んなのが『落ちて』くるんだよねー」
「あちこちに結界だの何だの作ってるから、空間がゆがみやすくなってるんだよな」
ハルも続けて言う。
その『迷い込んだ人』達が一番多く言うのが「落ちてきた」なので、この世界と異なる世界の人のことを『落人』と呼ぶようになったそうだ。
一度に色々な話を聞き、晃の頭はパンク寸前だった。
次話は明日21時投稿です