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第二十一話 おかあちゃん

このお話は初投稿版の38〜39部分にあたります

 食事もほぼ終わりになったころ。


「――みっちゃん?」


 ぽつりとこぼれた名に、ナツの手が止まる。


 今、誰を呼んだのだろう。

 突然呼ばれた名に会話が止まる。

 小柄なおばあさんは、じっとナツを見ている。


 ナツは大きな目を見開いて、ゆっくりと声の主へと顔を向ける。


「覚えてないかしら、玄さん。ずいぶん前に小学校でお別れ会をしていただいて…」

「あぁ、祇園の」

 そしてナツをじっと見た祖父は「確かに似ている」と言い、ちょっと待っててと席を立った。


「祇園の、みっちゃん」

 誰のことかたずねられたと思ったのだろう。ナツの震える声に、トモの祖母は話をはじめた。


「もう、二十年近く前になるかしら。ご縁があって小学校でお茶を教えていたんだけど、もう年だし、別の方にお願いすることにしたの。その時の生徒さんがお別れ会をしてくれてね。そこで見事な舞を披露してくれたのが、みっちゃんていう子で」

 やさしいまなざしで、トモの祖母がナツを見つめる。

「あなたにそっくりだったの」


 ナツの母だ。晃もヒロも確信した。

 ただ、それを言っていいのかわからない。

 ナツは呆然とした顔をしている。

 何を言われたか信じられないようだ。


「多分、母、です」

 ぽつりと、言葉がこぼれた。


「そう」トモの祖母は目を細め笑った。

 そして「おいで」とナツを手招きする。


 その手に操られるように、ナツがふらりと祖母のそばまで歩き、ぺたんと座る。

 トモの祖母がナツにまっすぐ向こうとするのを、叔母が椅子を動かして助けてやる。

 正面に向き合ったところで、トモの祖母がやさしくたずねる。


「ナツくん、だったよね」

「…はい」

 ナツがぎゅっと膝の上で拳を握る。

 息せき切って言葉を続ける。


奈津(なつ)です。中村(なかむら) 満津(みつ)の子供です。祖母は節津(せつ)で、二人共芸妓(げいこ)です」

「そう。()っちゃんの孫なの」

「! 祖母も知ってるんですか?」

 うん。とうなずくトモの祖母に、ナツは息を飲む。


「みっちゃんの舞は、そりゃあ見事だった。

 あの子が舞うだけで、辺りがぱあっと花畑になるようだった」

 トモの祖母は思い出をたぐるように話をしてくれる。


 まだ小学五年生だったナツの母は、他の女の子達と一緒に舞を披露してくれたこと。

 お茶のお稽古の様子。最後に交わした言葉。


 知らなかった母の姿を聞いて、ナツは泣きそうな顔をしている。

 うれしいのか、かなしいのか、自分でもわからないのだろう。


「みっちゃんは、お日様みたいな子だった」

 明るい表情。人懐っこい性格。彼女がいるだけで、誰もが笑顔になった。


「それなのに。

 みっちゃんそっくりのあなたは、なんでそんな顔をしてるの?」


 こてん、と首をかしげ、叱るでもなく憐れむでもなく、ただ不思議そうに言うトモの祖母に、ナツが息を飲む。


 初めて会ったときからぐったりとしたナツを見ていたが「霊力が枯渇寸前で」と説明されていた佑輝と、回復した状態で今日初めて会ったトモには何のことだかわからない。

 だが、ヒロと晃は驚いていた。


「そんな顔」と言われ、昨日の異界でのナツがすぐに浮かんだ。

 あの、昏い微笑み。

 母に会いたいと生きることを放棄したがっていた、あの達観した顔が。


 今もナツは、母に会いたいと願っている。

 きっとそのために自分の生命を捨てることを考えている。

 あの異界からは抜け出したが、今はいわば『ちょっと保留』状態だ。

 

 トモに迎えに来てもらうまでの時間でナツの霊力は回復し、昨日見せたあの昏さはもう見えなかった。

 一見普通の少年と何ら変わらない穏やかな顔をしていたのに、このおばあさんは、ナツが奥底にとりあえず隠しておいた表情を見抜いたというのか。



 ん? とうながされ、ナツが震える唇を開く。


「――母は、事故で」

 知らなかったのだろう。トモの祖母が哀しそうに眉を寄せる。

 その目に哀悼の色を浮かべ、ナツに話の先をうながす。


「おれ、ずっと、おかあちゃんに会いたくて」

「うん」

「でも、会えなくて。神様も、ダメだって。ムリだって」

「うん」


 ナツのわかりにくい説明に、トモの祖母が相槌で答える。


「あいつらが、おかあちゃんのことばかにするから。

 おれがおかあちゃんの代わりに舞わなきゃって。

 おかあちゃんはすごいんだ。おかあちゃんの舞はほんとにすごいんだ」

「うん。すごい」

「あいつら、見たこともないのにおかあちゃんのこと悪く言うんだ」

「そう」

「だから、おれが舞って、すごいところを見せれば、おかあちゃんも認められる、って、思って」

「…あなたは、みんなにおかあちゃんを認めさせたいの?」

 その言葉に、ナツは少し考えて、ふるりと首を振る。


「あんな奴らどうでもいい。舞も、どうでもいい。

 でも、舞っているときだけは、おかあちゃんが側で見てくれてる気がする…」


 だから、舞う。

 周囲の人間も、神楽人も関係なく。

 ただ、母のために。

 母に会うために。


「…あなたは、おかあちゃんが大好きなのねぇ…」


 トモの祖母は慈愛に満ちた声で言った。

 そこには哀れみも同情もなかった。

 そのことにナツは顔をあげた。

 顔をあげたことで自分がうつむいていたと気づいた。


 トモの祖母は叔母に何か言いつけると、ナツをまっすぐ見つめた。


「…みっちゃんは、あなたを何て呼んでたの?」

「…なっちゃんと」

 呼んでいました。とまでは言葉が続かなかった。

 母が自分を呼ぶ声を思い出し、喉の奥がつかえる。


「おばあちゃんも、なっちゃんて呼んでいい?」

 黙ってうなずく。

 トモの祖母はおだやかに微笑むと「なっちゃん」とやさしく呼んだ。


「おかあちゃんに会わせてあげよう」


 トモの祖母はおだやかに笑って言った。


 嘘を言っているようには見えない。

 ふざけているようにも、からかっているようにも見えない。

 どういうことかとナツが(いぶか)しんでいると、トモの叔母が手鏡を持ってきた。


 トモの祖母は手鏡を受け取ると、ナツに持つように勧めた。

「この中に、おかあちゃんがいるよ」


 どういうことかと聞きたかったが、うながされるままにトモの祖母の横に並び、手鏡を持つ。

 鏡の中には、自分の顔。

 自分が首をかしげるのにあわせて、不機嫌そうに首をかしげている。


「ほら、みてごらん。

 鏡の中に、みっちゃんがいるよ」


 ナツはトモの祖母を見た。

 何を言っているのかわからなかった。

 鏡の中には、自分しか映っていない。見ればわかるじゃないか。

 やっぱりからかわれているのだろうかとムッとする。


 そんなナツに動じることなく、祖母はにっこりと微笑むと、ナツの横から鏡を覗き込んだ。

 つられてナツも鏡の中に目をもどす。


 そこには、自分の顔。

 母に似てはいるが、母のような女性らしさも、華やかさもない、少年の顔しかない。


「おかあちゃんのことを、思い出してごらん」


 今までに何度も思い浮かべていた。

 ずっと会いたかった。

 笑った母。舞っている母。

 力なくアスファルトに横たわった母。

 すぐに思い浮かべることができた。


「鏡の中に、あなたのおかあちゃんがいる。呼んでごらん」


 そんな。でも、もしかしたら。


 そんなことあるわけないとわかっている。

 でも、この人の声を聞いていると、本当に聞こえてくるのだ。

 ありえないとわかっている。

 でも、一度だけ。

 一度だけなら、試してみてもいいかもしれない。


「…おかあちゃん」


 呼びかけると、不思議なことがおきた。

 鏡の中の自分の顔が、一瞬母に見えた。

 母が、自分に向けて笑っていた。


 何が起きたのかわからなかった。

 何が起きたのか信じられなかった。


 一瞬。

 たった一瞬だが、確かに母が見えた。

 幼い頃のように、自分に微笑んでくれていた。


 ナツの変化がわかったトモの祖母は、そんなナツにやさしいまなざしを向け、静かに語りはじめた。


「あなたのおかあちゃんは、あなたの中にずっといる。

 あなたの血の、記憶の、気持ちの中に、ずっといるよ」


 だから。トモの祖母は一緒に鏡を見ながら続けた。


「会いたくなったら、いつでも鏡を見ればいい。

 あなたの中のおかあちゃんに、いつでも話しかけたらいい。

 きっとあなたがそれだけみっちゃんにそっくりなのは、鏡越しに会うためだから」


 そうなのだろうか。

 この人の声を聞いていると、そうかもしれないと思えてくる。


「ためたらだめよ。

 いいことも、つらいことも、何でも吐き出さないと苦しいばっかり。

 会いたいって言えばいい。

 寂しいって言えばいい。

 いっぱい泣いて、吐き出して、そうしたら」


 ナツは鏡から目が離せない。

 トモの祖母は鏡ごしにナツを見つめる。


「楽しかったことを話しておあげ。

 うれしかったことを話しておあげ。

 一緒に過ごした時間のことを、幸せだった時間のことを」


 トモの祖母は優しくナツの背を撫でる。

 なぐさめるように。

 励ますように。


「あなたが元気で笑っていないと、鏡の中のおかあちゃんも元気がなくなってしまうわよ?」


 その言葉に、やっと鏡から視線を外しトモの祖母を見る。

 ホントよ? とでも言うようにひとつうなずくトモの祖母。

 そのまままた話しはじめた。


「みっちゃんは明るい子よ。にこにこ、お日様みたいな子。

 あなた、おんなじように笑ってごらんなさい」


 うながされ、再び鏡を見る。

 にっこりと笑ってみたつもりだが、ぎこちない顔にしかならなかった。

 母の花咲くような笑顔には到底およばない。

 それでも、鏡の奥で母が笑ったように見えた。


「…おかあちゃん…」


 その時、席を外していたトモの祖父が戻ってきた。

「あったよサトさん」

 時間がかかってすまないね。と、祖母に一枚の写真を手渡す。


「この子じゃないかな」

 その写真を見た途端、ナツは目が釘付けになった。


 母だった。

 間違いない。

 今の自分よりも幼い母が、トモの祖母と並んで写っている。

 こぼれる笑顔は記憶にあるものと変わらない。


「…おかあちゃん…」


 声に出して呼んでも、答えは返ってこない。

 それでも、呼びかけずにはいられなかった。


「おかあちゃん、おかあちゃん」


 ぼろぼろとこぼれる涙に気付いていないのか、何度も写真の笑顔に呼びかける。


「…よく、がんばったね。なっちゃん」

 トモの祖母の言葉に、ずっとおさえていたナツの気持ちがあふれ出した。


「う…うぅ…、うわああぁぁぁぁぁん!」


 顔をあげ、幼子のように大声をあげて泣き出した。

 わああぁん、わああぁん、と、涙もそのままに泣き叫ぶ。


「なっちゃん、いい子ね。よくがんばったね」

 優しくつむがれる言葉にさらに泣き叫ぶ。

 そのうち老婆の小さな膝に顔をうずめて泣き続けた。

 トモの祖母は「いい子ね」「がんばったね」と、ナツの頭を撫でていた。



 ナツが少し落ち着いたところで、祖母はナツを膝から起こし、顔を拭いてやる。


「さあさ、少しずつでいいから食べなさい。しっかり食べないと、力が出ないよ」

 ぐずぐずと鼻をすすりながらうなずくナツの口にごはんを入れてやる。


 雛鳥のように口を開けて食べさせてもらいながら、ナツはまた泣いた。

このあとの初投稿版の40部分・トモの部屋をのぞくエピソードをまるっと削除しています。

興味のある方は初投稿版をのぞいてみてください。


次話は明日19時に投稿します。

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