表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/45

第二話 安倍家到着

このお話は初投稿版の6〜7部分にあたります

 橋の上で、(こう)は途方に暮れていた。

 昨日のことを思い出し、涙があふれそうになるが何とかこらえる。



「京都の安倍家に連絡しろと言われた」との晃の言葉を受け、祖父が電話で安倍家に連絡をとり、事情を話し、晃が京都に行くことが決まった。

 最初は京都駅で迎えの人と合流する予定だったのだが、急遽ここ一条戻り橋に変更になった。

 何とかここまでたどり着いたものの、もう三十分も待ちぼうけだ。


 泣きべそをかきそうになるのを何とかこらえていると、ふと何かが目の端にひっかかった。



 橋の下で何かが動いた気がする。


 何だろうとのぞき込んでみる。


 遊歩道の、街路樹が影を作っている部分。丁度橋の真下あたりで、ちいさな何かが動いている。

 場所を変えてのぞき込むと、そこには。



「――何だあれ」


 赤ん坊が三人、ぴょんぴょんと跳ねていた。


 一メートルないであろう身長に、まんまるの頭、ふくふくの手足。授業の一環で訪れた保育園で見た一歳児のチビ達にそっくりだ。


 ただ、普通の赤ん坊と違うのは、肌の色。

 三人いる赤ん坊は、それぞれ赤、青、緑の肌をしていた。

 そして三人の頭にはちょこんと小さな黄色いツノが生えている。

 おそろいの袖なしの着物を着て、影の内から晃を手招いている。


 おれのこと? と無言で自分を指さすと、三人同時にこくこくとうなずく。

 そして、早く来いと言わんばかりに、ぴょんぴょん飛んだり手招きしたりする。



「まさか、お迎えって…アレ?!」



 とりあえず側まで行ってみようと、橋の横の遊歩道へとつながる階段を下りていく。

 下りてきた晃に、赤ん坊達は喜んでいるようだ。

 どうやら正解だったらしい。


 赤ん坊達の側まで歩いていくと、そこは街路樹の影になっているからか、ひんやりしていた。

 今までずっと日なたで立っていたので、ひんやりした空気が気持ちいい。

 しかし、日なたから急に影に入ったせいか、辺りがより暗く感じた。

 周辺にはたまたま誰も歩いていないので、このカラフルな赤ん坊達が見えているのが自分だけなのかどうか確かめることはできない。



 赤ん坊達は晃の足のまわりをくるくると走り回っている。

 なんだか「やっときた」「よかった」と言っているように感じる。

 微笑ましくなって、つい笑顔が出た。


「ええと…。君達が『安倍家のお迎え』?」


 晃が尋ねると、赤ん坊達は立ち止まり、うんうんとうれしそうにうなずいた。


 そして、晃の足をぐいぐいとひっぱり、押す。

 前から一人が右足、一人が左足のズボンをひっぱり、もう一人が後ろから両足を押してくる。


「え? え? 何、なに?」


 どうやら、川の中に入れようとしているようだ。


 川といっても水深はおそらく数センチ。入れられても支障はなさそうだが、間違いなくスニーカーはびしょびしょになる。

 人様に会いに行くのに、びしょびしょの靴で行くことになるのはかんべんしてもらいたい。


 抵抗しようとするが、低い重心で力をかけられ、転びそうになるのを防ぐために、とととっと足が出る。


「え? ちょっ、待っ――」



 抵抗らしい抵抗もできず、晃の両足がドボンと川に入る。


 あっ! と思った瞬間、思わず目を閉じた。


 次に目を開けた時、そこは今までいた場所と全く違う場所だった。



 屋外にいたはずなのに、今いるここはどこかの部屋だった。


 薄暗い部屋。数か所にろうそくが立ててあるので真っ暗にはなっていないようだ。

 目の前に二人の人物が座っているのがわかる。


 そして自分は。



 何故か大きなタライの中に立っていた。



 タライの中には水深数センチの水がはってあった。

 周りの変化についていけず呆然と立ちすくむ晃だったが、じんわりと足に水が染み込む感触で、かろうじて夢ではないとだけはわかった。


 そして、何かひっぱられるような、共鳴するような感覚がある。

 こんな感じは初めてだ。


 晃を川に突き落とした張本人たちが、ぴょんぴょんと一人にまとわりついているのが薄暗い中ぼんやりと見える。


「あぁ、よくやったね。えらいぞ。ご苦労様」


 やさしくねぎらわれて赤ん坊達が大喜びで飛び回っている。


 もう一人は立ち上がり、どこかに行ったようだ。


 すぐに辺りが明るくなった。どうやら閉めてあった扉を開けに行ったらしい。

 次々に扉が開け放たれ、室内が明るくなると同時に、親しみ慣れた緑の香りが入ってきた。

 どうやら山深い場所のようだ。

 先程まで車が行き交う街中にいたはずなのに、どういうことかと疑問に思う。



 徐々に明るさが増していき、部屋の様子もわかるようになってきた。


 広さは十二畳ほどだろうか。

 四隅に燭台(しょくだい)があり、ろうそくが立っている。

 扉を開けた時に消えたのか、今は煙がたなびいている。

 床板はつややかに磨かれ黒々としている。


 右側は窓。外に木立が見えるので、山の中で間違いないようだ。

 左側はふすま。こちらも開け放たれ、部屋の外の庭と庵がよく見えた。

 正面はただの壁。真ん中に花器がかけてあり、白い椿が一枝生けてある。

 自分の後ろの壁面には、祭壇のようなものが置かれている。何かの儀式をする部屋だろうかと、晃はうっすら考えた。



「ようこそ。『()』の霊玉守護者(たまもり)


 目の前の人物が声をかけてきた。


 明るくなってようやく姿形が見えた。


 若い男だ。

 自分より二~三歳は上、高校生くらいだろうか。


 ほっそりとした顔立ちで、肌は女の人のように白い。

 黒くてつややかな髪はさらさらで、前髪は真ん中で左右に分け、後ろもほどよく整えられている。

 筆ですっと描いたような眉の下には、吊り上がった目。黒い瞳にはとんでもない強さが込められていて、目が合っただけで怖くなる。


 まるで、狐のような人だ。


 白のスタンドカラーシャツに黒のズボンというシンプルな装いにもかかわらず、どこか高級そうな感じがするのは、着ている人の中身の問題だろうか。


 その男は、ひざに肩に赤ん坊を遊ばせたまま、にっこりと笑った。


「京都駅まで迎えをやれなくて悪かったね。ちょっとこっちも立て込んでいてね」


「あ、いえ、その、大丈夫、です」


 しどろもどろに何とか答えていると、もう一人が近寄ってきた。


 こちらも若い男だった。


 目の前の黒髪の男と同じ位の年齢と思われる彼は、にこにこと穏やかに笑っていた。


 茶色のふわふわの髪。

 前髪はやはり真ん中で分けているが、髪質が違うからか黒髪の男とは違って見える。

 たれ目が整った顔に甘さを加え、他人に親しみを与えているようだ。


 濃い紺色のズボンにボタンダウンの白シャツ。落ち着いた青色のボタンがおしゃれだ。

 やっぱり都会の人はちがうなぁと、感心してしまう。


 だが晃は感じていた。

 この人の良さそうな青年の、底知れない『何か』を。


 そう。まるで、狸だ。


 狐と狸がそろって自分を化かしにきているのではないかと、そんなことを考える位には現実味がなかった。

 それと同時に、先程感じた不思議な感覚を、目の前の青年から感じていた。



『何か』が、響き合っている。


 身体の奥底の『何か』が、共鳴している。



 それが何かわからず、狸のような青年を見つめていると、にっこりとほほえまれた。


「とりあえず、こっちにおりてくれる?」


 指示された場所を見ると、自分の入っているタライの横に新聞紙が広げてあった。

 どうやら足がぬれることは想定内だったらしい。

 言われるがままタライから出て、新聞紙の上に立つ。

 ぐじゅりと鳴る足元が気持ち悪い。

 が、次の瞬間。ぬれていた靴も足もさっぱりと乾いていた。


「え?」


 突然のことに驚いて足を上げ下げしていると、隣に立つ狸男にくすくす笑われた。


「足が乾いたら靴を脱いで。こっちへ座って」


 どうぞ。と座布団を出してくれたので、言われた通りに靴を脱ぎ、座布団に座る。


 かけっぱなしだったボストンバックのひもを肩からはずすと、先程の赤ん坊の一人が盆にグラスを乗せてやってきた。


 座った三人それぞれにグラスを出してくれる。麦茶のようだ。


 赤ん坊はそのままどこかに行ってしまった。


 残りの二人も晃が入っていたタライを持って、えっほえっほと一緒に行ってしまった。




「とりあえず、飲み物をどうぞ」


 狐男ににこにこと勧められ、グラスを手に取る。


 氷の浮いた冷たい麦茶をひと口口に含んだ途端、あまりのおいしさに驚いた。そのままの勢いで一気に飲み干す。


 ぷはっ、と一息ついたところで、相手が声をかけてきた。




「改めて。ようこそ。『火』の霊玉守護者(たまもり)


 目の前に並んで座った狐男と狸男が姿勢を正す。晃もあわててグラスを置き、ぴしりと背筋を伸ばす。



「僕は安倍家の次期当主、安倍(あべ) 晴明(はるあき)だ」



 安倍家の次期当主!


 どうやら目的の安倍家に着いたようだ。内心でほっと息をつく。


「こっちは目黒(めぐろ) 弘明(ひろあき)。君と同じ、霊玉守護者(たまもり)だよ」




「え」




 驚いた。


 自分以外にあと四人の霊玉守護者(たまもり)がいることは知っていたが、会えるなんて考えてもいなかった。




「『(すい)』の霊玉守護者(たまもり)、目黒 弘明です」




 そう名乗って左手を差し出す。


 その掌には、透明な霊玉があった。



 晃の『火』の霊玉と同じように、ピンポン玉大の霊玉。

 ただし、晃の霊玉は透明な霊玉の中で赤い炎がゆらめいているようなのに、目の前の男の霊玉は水がたゆたっているような水色だった。


 表面には「水」の文字がみえる。

 間違いなく自分と同じ霊玉守護者(そんざい)だ。



 弘明が霊玉を出した瞬間、リィン…と何かが響いた。

 それがおさまると、先程から感じていた響きあう感じもおさまった。


 自分と同じ霊玉守護者(たまもり)だと認めたからだと、何故かわかった。




「ヒロって呼んで。こっちもハルって呼べばいいから」


 手早く霊玉を消し、こっち、と晴明を気安く指さして弘明が言うが、晃としてはとんでもない話だった。


 次期当主ってエライんじゃないのか? それに、二人共とんでもなく強い霊力を持ってるみたいだし。年上っぽいし。


 頭の中がぐるぐるになりながら、なんとか晃も自己紹介する。




日村(ひむら) (こう)です。『火』の霊玉守護者(たまもり)です」


 そう言って、同じように霊玉を見せる。



 この霊玉は、霊力の塊だと白露は言っていた。

 昔むかしの、とてつもなく霊力の強い男の霊力を五つに分けたうちの一つだと。



 その男は恨みを抱いて死に、(けが)れた『場』になろうとしていた。

 それをたまたま通りかかったお姫様が封じたのだが、霊力が大きすぎて一つに封じることができなかった。

 そのため、魂と霊力を分け、さらに霊力を五つに分けて五行の(ことわり)をもって封じた。


 男の霊力が封じられたそれは『霊玉』と呼ばれ、五行の属性――木火土金水それぞれの強い霊力を持つ者に託されるようになり、霊玉を守る者は『霊玉守護者(たまもり)』と呼ばれるようになった。


 晃は生まれたときからこの霊玉を持っている。

 晃の属性は『()』。

『火』の霊玉を持つ、霊玉守護者(たまもり)だ。



 普段は現れない霊玉だが、集中して霊力を集めると、左のてのひらに現れる。

 逆に霊力を散らすと、先程弘明が消したように、どこかに行ってしまうのだ。

 なんとなく、自分の中にある感じはするのだが、はっきりとはわからない。



 晃の霊玉を見た二人は、ふむ。と何かを検証するように霊玉と晃を見比べる。


「霊力は安定しているな。昨日かなり暴走してたみたいだけど、体調はどうだ?」


 その言葉に晃は驚いた。

 昨日山火事を起こすレベルで霊力を暴走させたことを知られていることも、霊玉と自分を見ただけでその状態がわかることも。



「え、と。体調は問題ない、です。その…」


 何と声をかければいいのか迷ったのが伝わったのだろう。晴明が先に声をかけてきた。


「ハルでいいぞ。こっちも晃って呼ぶから」


「え、でも」


「気を使わなくて大丈夫だよ。どうせ同い年だし、気楽にいこう?」


「え?」


 弘明の言葉に、またも晃は驚きに固まる。




 今、何て言った? 同い年? この人が?




 そんな晃の様子に、察した弘明が声をかける。


「初めて会ったヤツが自分の年齢(とし)知ってたら驚くよね。ゴメンね。

 安倍家の仕事の一環で、霊玉守護者(たまもり)のことはある程度把握してるんだ」


「あ、いえ、そっちじゃなく、いや、そっちも? うん?」


 わたわたとわかりやすく混乱している晃に、二人共再度察したらしい。


「ぼくらの年齢(とし)? 二人共きみと同じ、十三歳だよ。四月から中学二年生」




「――うそォ?!」




 思わず叫んだ自分は悪くないと思う。

次話は明日21時に投稿します

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ