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第十七話 佑輝

このお話は初投稿版の32〜33部分にあたります

 先程ナツが言っていたとおり、ナツの作ったこの異界の中は、普段無意識に吸収している自然に存在する霊力がないようだ。

 そのためだろう。いつもより霊力を使った後の疲れがひどい気がする。

 何よりナツに早く霊力を取り込ませないと、このままでは遅かれ早かれ霊力を失って死んでしまう。


「ナツの意識がない状態だと、この異界はどうなるんだ?」

「どうもならない。多分このままだ。霊力が尽きてなくなるまで維持される」


 右腕でナツの身体を支え、座っているヒロは、左手とナツの左手をつないでいる。


「今回復かけたけど、あまり回復しない。早くここを出ないと…」

 『回復かける』ってなんだ?と思ったが、今はそれどころではない。


「晃」と呼ばれ、差し出されたヒロの左手をとる。

「共鳴させるんだな」

 うなずくヒロに、うなずき返す。


 目を閉じ、自分の霊力を身体中に巡らせる。

 先程やったばかりなので、すぐに霊力が圧縮されていく。

 こうして霊力に集中すると、自分も霊力がかなり減っていることがわかる。

 少ない霊力でも共鳴できるだろうかと心配になるが、ヒロがうまく合わせてくれる。

 やがて、リィン…リィン…と共鳴を始めた。


「晃。ナツの手を握ってて」

 ヒロに指示され、目を開けてナツの手を握る。

 霊力が少ないからか、血の気が失せているのか、指先まで氷のように冷たくなっている。

 自分とヒロの霊力の共鳴に、ナツの残り少ない霊力が応えてわずかに震えているのを感じる。


「ナツの霊力もぶつけられればと思ったんだけど…。これはムリだね。

 二人だけで合わせるよ。晃」

 ヒロの強いまなざしにうなずきを返す。


 再び目を閉じて身体の中心にある霊玉に霊力をためていく。

 先程のようにいっぱいにはならない。霊力が足りない。

 今ある霊力を集め、少しでも圧縮をかけていく。

 それでも共鳴はしている。リィン、リィンと鳴る音に、近くに誰かがいる気配を感じる。


「――佑輝(ゆうき)が近くにいる。晃、わかる?」

「わか、る」


 霊力を圧縮するのが苦しくなってきた。

 身体の隅々までの霊力をかき集め絞り、霊玉に押し込んでいく。


「ナツを呼んだときみたいに佑輝の霊力を目印に飛べると思う。

 ――霊玉を、広げて。ゆっくりと」


 息を吸って、吐いて。

 意識してゆっくりと。

 ぷうー、と霊玉が少しずつ広がっていく。

 霊玉の共鳴も次第に強くなる。


 ヒロが手に力を込めた。

 この異界に飛ばされたときは手をつないでいたからはぐれなかった。

 今度もはぐれないようにとぎゅっと握ってくれたのだとわかった。

 晃もヒロの手を握り返す。ナツの手も同じようにしっかり握った。


 ナツ。連れて帰るからな。


 もうひとつの気配――佑輝の気配をとらえた。すぐ近くだ。


 いける!

 ぐっと手を握ったのは、ヒロと同時だった。



 パン、と、ぶつかった霊力が弾けた。




 目を開く。

 そこは変わらず暗い闇が広がるだけの世界だった。


「――だめ、だった…?」


 ヒロが愕然(がくぜん)とつぶやいたのを聞いて、やっと失敗したのだとわかった。

 さーっと、血の気がひいていく。

 異界を保ち続けるだけでナツの霊力は失われていく。

 外部からの補給もないままに。

 

 このままでは、ナツは。

 このままでは。


 こわい考えに(とら)われそうになるのを、首を振ることで無理矢理散らす。


「ヒロ、もう一回やってみよう! それでダメなら、何か別の方法を――」

 顔を上げ、ヒロに話しかけたその時。



 ガガガガガッ!!



 激しい雷鳴が轟き、閃光が視界を白くする。

 何が起きたのかと戸惑っているうちに、次第に視界が戻る。



 木が見える。しっかりした地面が見える。

 何より、周囲に漂う霊気を感じる。

 どうやら異界から抜け出せたようだ。

 ナツも、ヒロも一緒だ。

 ポカンとした顔のヒロと目が合った。おそらく自分も同じような顔をしているだろう。


「む? 安倍のヒロか?」


 声に顔を上げると、そこには学生服の少年が刀を手に立っていた。


 短く刈り込んだ黒髪の下には凛々しい眉。吊り上がった目は鋭く、への字口と合わさって、怒っているかのようだ。

 背も高く、身体つきもしっかりしている。

 気の弱い人や子供が会ったら泣き出しそうな容貌(ようぼう)だが、人間は良さそうだ。

 ヒロと晃が抱きかかえるように支えているナツの様子に、心配そうな目を向けている。


「佑輝…。助かったよ」


 ほーっ。と、長く息を吐いて脱力したヒロが、くしゃりと笑顔を向ける。

 佑輝と呼ばれた少年は何のことかわからなかったらしく、小さく首を傾げたが、了承したというようにひとつうなずいた。



「その子はどうした? 具合が悪いのか?」

「その子って」

『その子』と呼ばれたナツは、相変わらず意識を失ったままだ。

 ぐったりとし、目を閉じている。


「このナツも、こっちの晃も、ぼくらと同い年だよ。四月から中学二年生」


 ヒロに紹介され、晃はあわててヒロの手を離し、左手を佑輝に見せた。

『火』と刻まれた霊玉がそこにはあった。


「『()』の霊玉守護者(たまもり)の、日村(ひむら) (こう)です」


 その霊玉を見た佑輝が「この霊力は」と、晃をまっすぐ見てくる。


「さっきからヒロと一緒に霊力を響かせていたのは、君か?」

 どうやら佑輝も自分達の霊力を感じてくれていたようだ。

 うなずくと「そうか」とうなずき返し、佑輝も霊玉を出した。


「『(もく)』の霊玉守護者(たまもり)春日(かすが) 佑輝(ゆうき)だ」


 佑輝の霊玉は、まるで森のようだった。青緑色のふわふわしたものがゆるりと漂っている。

 お互いに霊玉を確認した途端、リン!とひときわ大きな音を残して共鳴が止んだ。



 ヒロがナツを背負おうとしていたのを、佑輝に止められる。


「オレのほうがヒロより大きいから。オレが背負うよ。

 とりあえず、(うち)に行こう。話はそれからだ」


 よいしょ、と掛け声とともに軽々とナツを背負った佑輝が坂の上を指し示す。


「ヒロも晃も、霊力がかなり少なくなってるぞ。とにかく休んだほうがいい」


 晃って呼んでいいか? とたずねられ、うなずく。

 自分も佑輝と呼ぶように言い、佑輝は地面に置いたままの荷物を持とうとした。

 あわててヒロと二人で荷物を奪い取る。ナツを背負ってもらっているのだ。荷物くらい自分達が持つ。

「重いから」「ナツのほうが重いだろう」と、しばらく押し問答したが、結局ヒロが防具入れを、晃がボストンバックと竹刀袋を持って坂道を上がっていった。



 辺りはまだ明るい。

 ずいぶん長く異界にいたと思ったが、現実世界ではそれほど時間が経っていないようでホッとした。



 山道を抜けると、ぱっと視界が広がった。

 広い庭に面して大きな家が建っている。

 黒々とした瓦が屋根に並び、玄関の左手には縁側も見える。

 少し離れたところにもうひとつ大きな建物と、山を上がったところに小さな建物があった。


「ただいまー」

 玄関をがらりと開け、佑輝(ゆうき)が家の中に声をかける。


()ーさーん。病人連れてきたー」

 いや、病人じゃないんだけど。

 そう思っていると、廊下の奥からひょっこりと女性が顔を出した。


「――あら! あら、あら? あら!」

 四十代と思われる女性は、佑輝の背のナツを見、側に立つ二人の少年に気付き、そのうちの一人がヒロだと気づいたらしい。


「安倍の。ヒロくん!」

「ご無沙汰してます」

 ぺこりとヒロがお辞儀をする。と、階段の上から女性の声が響いた。

「ヒロくん?」

「ヒロくん来たの?!」


 きゃあきゃあと明るい声とともに、女の子が三人、玄関になだれ込んできた。

 二人は高校生くらい、一人は自分達より年下に見える。

 三人は帰ってきたばかりの佑輝を邪険に押しのけ、ヒロを取り囲んだ。


「ヒロくん、いらっしゃい!」

「おじさま、もういらしてるわよ」

「ヒロくん、上がって上がって! ちょっと佑輝! 何ヒロくんに荷物持たせてんのよ!」


「ヒロくん」「ヒロくん」とちやほやと取り囲まれているヒロは穏やかな笑顔で三人に対応している。すごい。

 女性陣の迫力に押されて、佑輝と二人自然と玄関の隅で小さくなってしまう。


「…姉二人と妹だ。やかましくてすまん」

 顔を寄せボソリと謝られるのに、首を振ることしかできない。


 やがて、佑輝の母とともに、晴臣(はるおみ)が玄関に出てきた。


「ヒロ。晃くんも。無事でよかった」


 穏やかだった顔が、佑輝を見た途端こわばった。正確には、佑輝に背負われている少年を見て。

 背負われているのが誰かを理解した瞬間、晴臣は息を飲んだ。


「――なっちゃん!」


 あわてて駆け寄り、佑輝の背からナツを受け取る。

 スーツがしわになるのも構わず座り込み、ナツを抱きかかえる。

 口元に手をあてる。息をしていることを確認し、ほっと安堵の息をつくと、そのまま頬をなでる。

 ナツは目を開けない。真っ白い顔で変わらずぐったりしている。

 それでも晴臣は頬を、頭をなでている。

 なっちゃん、なっちゃんと呼びかけながら。

 やがて呼びかける声に嗚咽(おえつ)が混じり、雫がナツに落ちた。


「なっちゃん…。無事で、無事でよかった。よかった。なっちゃん…」


 晃は驚いた。

 大人の男でも、あんな風に泣くんだ。

 よかったな。ナツ。大事にしてくれる人がいて。

 ぎゅうっとナツを抱きしめ泣く晴臣を見て、晃も涙がこぼれそうになったが、ぐっと我慢した。



 奥からさらに人が出てきた。

 佑輝の父と祖父母だと名乗られ、晃も挨拶を返す。

 客間に布団を敷いたからと(うなが)され、晴臣がナツを連れていく。

 自分達も上がるように勧められたが、足元がどろどろなので申し訳ない。

 ヒロと二人困っていると、「じゃあこっち」と佑輝に連れていかれた。


 家をぐるりと周り込み、裏口の流しで足を洗わせてもらう。

 つっかけを渡され、裸足の足に履いて裏口から家の中に入らせてもらう。



 そこは洗面所だった。

 佑輝の母と姉が「くさい!」「くさい!」と叫びながら、佑輝のボストンバックから衣類を洗濯機に入れているところだった。


「もうすぐお湯がたまるから。ヒロくんも晃くんもお風呂入っちゃいなさい」

「…は?」

「いえ、そんな、そこまで「ちゃんと髪も洗うのよ。これがシャンプー、こっちがコンディショナー。ボディーソープはこれね」

「服はこれ使って。佑輝のだけど」

「肌着とパンツは新品だから。安心して」

「泥のついてる服はこっちに入れて。それ以外は洗濯機に入れて」

「佑輝のクサい服とヒロくんの服、一緒に洗って大丈夫なの?」

「あらそれもそうね。じゃあ服はこっちで」

「タオルこれね」

「佑輝あんたも一緒に入っちゃいなさいよ」

「狭いだろう。オレはあとでいいよ」

「ほらほら二人共。早く脱いで。洗濯機まわすから」

 佑輝の母に服を脱がされそうになるのを何とか佑輝が阻止し、洗面所兼脱衣所から女性達を追い出す。


 口をはさむ間もなかった。


「――あー…――…」


 二人で呆然と立っていると、佑輝が申し訳なさそうにごほんと咳払いをした。


「とりあえず、風呂に入ってくれ」




 風呂をいただくとさっぱりした。

 気付かなかった疲れもとれたようだ。

 ジャージ姿の少年三人は、大人との話し合いに臨んだ。


「大体の話は君達が来る前に晴臣君から聞いたが」

 佑輝の祖父が重々しく口を開いた。


「当の佑輝が聞いていない。もう一度説明をお願いできるか」


「わかりました」

 了承の意を示すと、晴臣が佑輝に昨日からの出来事を説明する。


 全て聞き終えて、佑輝はただ一言「わかりました」とだけ言った。


「では佑輝はしばらくそちらにお預けします」

「ありがとうございます」


 これで話は終わりだ。知らず詰めていた息をそっと吐き出し、ヒロと顔を合わせ笑みを交わす。


「それにしても、ヒロくんも晃くんもドロドロだったな。何があったんだ?」

 佑輝の父に問われ、ヒロが「ナツを異界から連れ出すのにちょっと」とだけ答える。


「あの子は異界にいたのか」

「そりゃ見つからないはずだ。よく出てこれたな」


 佑輝の祖父と父に言われ、苦笑しか浮かばない。

『出てきた』のではなく『佑輝に助け出された』のだから。


 ヒロがそのことを伝えると、佑輝の祖父と父が感心したように声を上げた。

 賞賛のまなざしを向けられ、佑輝が正直に思ったことを口にした。



「なんかヘンなモノがあったから斬ってみた」



「このど阿呆!」

 スパーン! と平手で頭をはたかれる。


「むやみやたらとわからんものを斬るなと、いつも言っているだろう?!

 前もそれで問題を起こしたのを忘れたか?!」


 父にギリギリと両方のこめかみを拳で挟まれる。いわゆるウメボシだ。

 イテテテテ、と涙をためて、佑輝が何とか反論する。


「今回は、ちゃんと、考えて斬った!

 なんか知った気配だったから! 出られなくなってるかんじだったから!!」


「あ、あの! ホントです! ぼく達、佑輝が斬ってくれたおかげで助かったんです!

 ですから、その、そのヘンで…」


 ヒロのとりなしに佑輝の父もしぶしぶ佑輝を開放する。

 頭痛を抑えるように頭を抱えていた佑輝の祖父が、ごほんとひとつ咳払いをする。

 そして、晴臣に子供達を泊めることを提案した。


 最初は固辞していた晴臣だが、ヒロにも後押しされたこともあり、最期には折れた。

「ヒロくんがお泊り!」

「ヤバい!」「ヤバい!」

 きゃあっ、と喜びに沸き上がる姉妹に男達は苦笑し、晴臣が頭を下げた。



「子供達を、よろしくお願いします」

初投稿版の後書きにも書いていますが。

佑輝の本当の両親は事故で亡くなっています。

ヒロが「みんな家族と暮らしていない」と言っていたのはこのためです。

作中の父は、実の父の双子の兄です。

生後数日で引き取られているので、家族は普通に息子、兄弟として接しています。


次話は明日19時に投稿します。


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