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第十六話 説得

このお話は初投稿版の31部分にあたります

 目の前で昨日のナツに起こったことが繰り広げられ、晃もヒロも言葉を失っていた。


 やはり『(まが)』はナツのところに現れていたのだ。

 そして、ナツが返り討ちにしていた。

 異界に入ってしまったのは、本人の意思ではなく、やはり事故だった。


 じゃあ、ナツは今どこに?


 呼びかけようと晃が口を開いたとき。

 ぽう…と箱の中心部がほのかに明るくなった。

 その光の中にナツが立っていた。



「ナツ!」

 バン、とヒロが箱をたたく。

 呼びかけられた少年――ナツは、静かに微笑んだ。


「ヒロ」


 やさしい声だった。

 声変わりはしているだろうが、高めの声で、やさしくヒロを呼ぶ。

 先程見た袴姿で、静かに立っている。



「ナツ! 帰ろう! とにかくこの箱消して!

 晃と三人で共鳴起こしたら、たぶん出口作れるから!」


 ヒロはバンバンと見えない箱を叩いて訴える。

 だがナツはヒロに応えず、隣の晃に視線を合わせた。


「…こう?」

「うん! 晃だよ!『火』の霊玉守護者(たまもり)


 左手に霊力を集めると、霊玉が現れた。それを見たナツがにっこり笑うと、先程ナツが姿を見せたときから感じていた共鳴感がおさまった。


「君が、おれの意識を起こしたんだな」


 責めるでも怒るでもなく、淡々とナツが言うが、晃にはその意識はない。

 ヒロはやっぱりと言いたそうな顔をしているが、自覚がないので何も言えず、黙っていた。


「おれ、多分意識を失ってたんだと思うんだ」

 ぽつりと、思い出すようにナツが言う。


「ふっと気付いたら何かあたたかい気配がして。なんだろーって思ったらすごい衝撃がきて…」

 ヒロが笑顔で固まっている。ヤバい。と顔に書いてある。


「その衝撃で、何か昔のこと思い出してた。いいことも、いやなことも」

 それが晃達の見ていた光景だろう。


「その間ずっとあたたかい誰かが背中なでてくれてるみたいな感じがしてた。

 ――あれ、晃だろう?」


 確かにずっと見えない箱に手を添えていたが。

 そうなのだろうか。

 よくわからず、首をぐりぐりと動かすしかできない。


「会いたいって言ってくれてたのも聞こえたよ。――ありがとう。

 おれも、君に会えてうれしいよ」


 にこりと笑顔を向けられ、晃もほっと肩の力を抜く。

 これで、ナツをつれて帰れる。もう大丈夫だ。


「ヒロも、ありがとう。いつも迷惑かけて、ごめんな」

「迷惑なんて、そんなこと――! ぼくがしたくてしてることだ。

 ぼくこそ、ナツを助けられなくて――」



「でも、ごめんな。ヒロ」


 うつむいたナツがポツリと言う。

 その途端、見えない壁に土が地面からせりあがっていき、足元から覆われていく。


「ナツ?!」

 せりあがってきた土が、晃を、ヒロを弾き飛ばす。

 ナツは中心で笑顔で立ったままだ。


 「なんとなく、感覚でわかるんだ。

 この異界を保つのは、めちゃめちゃ霊力を使う。

 でも、外みたいに霊力が補充されることがない。

 ハルの異界と違って、咄嗟にできたからかな? そのへんうまくいってないみたいだ」


 だから、とナツは続ける。



「このままここに居続けたら、おれの霊力は尽きる」


 それはつまり、ナツの死を意味した。


 晃とヒロの血の気がひいていく。

 一瞬言葉を失った二人だが、すぐに気を取り直し、箱の中に向かって声をかける。


「ナツ!」

「ナツ! だめだ! そんなのだめだ!!」

 バンバンと箱を叩かれても、ナツは穏やかに立っているだけだった。


「二人は多分大丈夫だよ。

 おれの霊力が尽きたらこの異界はきっと解除される。

 そしたら外に戻れるよ。

 ほんとは今すぐ外に出してあげたいんだけど、ごめんな」

 うまくできないんだ。

 そう笑うナツの足元も土で埋まっていっていた。

 土壁になっていく箱をヒロも晃も必死で叩く。


「ナツ! ナツ! あほなことはやめろ!

 そんなことしなくても、出られる方法はある!」

「ナツ! とにかくこの箱消して! 側で話させて!!」


 バンバンと箱を叩くも、箱は揺るぎもしない。

 ナツは穏やかににこりと笑うと、ため息と一緒に言葉をこぼした。


 まるで、祈るように。

 まるで、神に感謝をささげるように。


「――これでやっと、おかあちゃんに会える」


 晃は壁を叩く手が止まってしまった。

 その顔があまりにも穏やかでうれしそうで。

 ナツの想いが伝わってきて、ほろりと涙がこぼれた。


 ヒロも動けなくなっていた。

 そんなヒロに、ナツは穏やかに微笑んだ。


「ヒロ…。ごめん。

 ヒロが自分のせいでおかあちゃんが死んだって思ってること、知ってた。

 その罪悪感でおれに良くしてくれてるのも」

「そんな…!」

 ちがう、とヒロが否定する前に、ナツが続ける。


「でも、ちがうんだ。

 神様達がおっしゃってた。

 おかあちゃんが死んだのは、天命だって。

 神様達ががんばって伸ばした寿命が尽きただけだって。

 だから、もう、ヒロもハルもおれのことは気にしないで放っといていいよ」


 今まで言えなくてごめんな。と続けるナツに、ヒロは震えながら首を横に振ることしかできない。


「晃もありがとう。

 ヒロを励ましてくれる声、ずっと聞こえてた。

 晃の言うとおりなんだ。

 ヒロは悪くないんだ。

 ヒロもハルもいいヤツなんだ。

 おれが言うのもへんだけど、仲良くしてやって」

 そしてナツは微笑んだ。


「少しの時間だったけど。おれも晃に会えてうれしかった」


 ありがとう。と微笑むその顔はどこまでも穏やかで、まぶしかった。


 晃はあせっていた。

 だめだ。このままじゃだめだ!

 何かナツを引き留める言葉を探さなきゃ!

 その時握った自分の拳が見えた。そうだ!


「ナツ! ナツは霊玉守護者(たまもり)じゃないか! 霊玉守らないといけないだろう?! 一緒にがんばろうよ!」

 バンバンと箱を叩く晃に、ナツはにこりと微笑む。


霊玉守護者(たまもり)だから霊玉守らなきゃ、て言うけど。

 でも、おれ知ってるんだ。

 おれがいなくなったら霊玉はまた次の霊玉守護者(たまもり)にわたるだけだって」


 ぐうの音も出ない。

 なにか、他に何かないか。

 ナツの気を引ける、生きたいと思わせられる、何か。

 白露のことを言う?

 白露を助けたいのは、晃の願いだ。

 勝手なことを言うなと一蹴されそうだ。そもそも、ナツが白露を知っているかどうかもわからない。

 じゃあどうする?

 どうすれば、何を言えば、ナツを止められる?


 あせる晃をよそに、土は徐々に高さを増していく。

 もう膝まで埋まってしまった。

 ナツは穏やかに笑って、天を仰いだ。


「だから。だから、もういいよな。

 このままこうしていたら、きっとおかあちゃんのところに行ける…」


 そう言って目を閉じるナツだが。


 ドン!


 すさまじい音に驚いて目を見開いた。



 そこには、刀を持ったヒロがいた。

 刀を振り抜いた形で、ふーふーと乱れた息を整えようとしている。

 最初にみえない壁にぶつけた一撃をまたぶつけたようだ。


 目を真っ赤にして、ヒロは怒りの形相で再び刀を構えると、

「ナツの…」

 箱に向かって振り抜いた。

「バカーーー!!」


 ドンと衝撃が響く。

 箱は相変わらずびくともしない。それでも中にいるナツは驚きに目を見開き、固まったままヒロを見ている。



「バカ! バカバカバカ!! バカナツ!

 ぼくらが罪悪感できみのこと守ったって?!

 それもあるよ! ごめんて、ずっと思ってるよ!

 でも、それだけじゃない! それだけじゃないよ!!


 友達だから。

 きみはぼくの友達だから、助けたいって願ったんだ!


 当たり前だろう?!

 友達が困ってたら、苦しんでたら、助けるのなんて、当たり前だろう!!


 ぼくらはきみが好きなんだ。

 明るくて、元気いっぱいで、思いやりがある、きみが好きなんだよ!

 元のナツを、少しでも取り返してほしいんだ。

 だから、がんばれよ!

 そこから抜け出してくれよ!!

 霊玉守護者(たまもり)とか、(いと)()とか関係ない!

 ただのナツで、ただのヒロとハルの友達でいてくれよ!」



 何度も何度も箱に斬りかかりながら、ヒロが叫び続ける。

 ヒロの暴挙ともいえる行動に呆然とするナツと晃だったが、先に気を取り直したのは晃だった。

 箱から感じる気配は、戸惑いと、少しの喜び。

 箱に衝撃を与えても、ナツ自身には影響がなさそうだ。


 それならば、と、ごうと自分の両手に炎をまとわせる。

 手を前に突き出し、箱に向かって炎を放つ。

 やはりびくともしない。炎は箱の表面をなで、舞い散るだけだ。

 炎の舞い散る様子に、ふと、来るときの車中の話を思い出した。


「ナツ! おれ、吉野に住んでるんだ。

 吉野の千本桜って、知ってるか? ホントにすっごいんだぞ!

 あれ見ないで死ぬなんてもったいない! ぜひ見に来いよ!

 お母さんに会ったときに話してあげたら、きっと喜ぶぞ!」


 ぴくり、とナツが反応する。そのことに晃もヒロも気が付いた。

 ヒロと顔を見合わせ、うなずく。


「ナツ! ナツはトモと佑輝(ゆうき)に会ってないだろう?!

 会って、他の仲間はこんなヤツだったよって、かあさんに教えてあげなきゃ!」

「吉野は川もきれいなんだぞ!

 鮎つかんだことあるか?! ないだろう!?

 採れたての鮎を炭火で焼いてかじりつくんだ。めちゃめちゃ美味いぞ!

 絶対お母さんに教えるべきだ!」


 二人で「かあさんに教えるシリーズ」で声をかけ続ける。その間も箱への攻撃は止まない。

 少し、ほんの少しだが、箱の強度が弱くなった気がする。

 晃は先程はあえて言わなかったことを、言おうか言うまいかずっと考えていたことを、思い切って口にした。


「ナツ! 白露様に会ったことない?

 おれのかあさんみたいなひとなんだ。

 今『(まが)』にとらわれてる。

 助けるには霊玉守護者(たまもり)五人の霊力で『(まが)』を封じないといけないってハルが言ってた。

 ナツがいないと困るんだよ。

 おれを、おれのかあさんを助けてよ! ナツ!」


「かあさんを…助ける…」

「そうだよ! 助けてよ、ナツ!

 お母さんに会いに行くのは、今すぐでなくてもいいだろ?!

 先に白露様を、おれのかあさんを助けてくれよ!」


 箱の強度がまた少し弱くなった。

 ヒロもさらに叫ぶ。


「ナツ! ハルに黙っていったらだめだよ!

 ぼくら小さい時からずっと三人でがんばってきたじゃないか!

 ハルに黙っていかれたら、何でいかせたって、ぼくがハルに怒られるじゃないか!

 ちゃんとハルとぼくと、三人で話してからにしてくれよ!」


「ヒロ…。ハル…」


 ナツの目がヒロをとらえる。ヒロは見えない箱にバンと手をつき、さらにナツに迫ろうとした。


「ぼくら、ずっと三人でがんばってきた。

 これからも、一緒にがんばって進んでいこうよ。

 だってぼくら…。友達だろう?」

「ヒロ…」

「おれも入れて! おれだって、みんなにずっと会いたかった!

 みんなと友達になりたかったんだ!」

「晃…」

 晃もヒロと同じように箱に両手をつき、ナツに訴える。


「ナツ!」

「ナツ!」


 ナツは二人をじっと見ている。

 触れている箱からナツの感情が流れてくる。

 不安。焦燥。喜び。苦しみ。

 悩んでいる。迷っている。くるくると感情が変わる。


 やがてナツはうつむくと、ふっと息をひとつ吐いた。


「…二人共、身勝手だ」


 そう言われても仕方のないことばかり言った自覚のある二人は、ぐっとつまった。

 どう反論しようか迷っていると、ナツがゆっくりと顔を上げた。

 そこには穏やかな微笑みがあった。


「――仕方ないなぁ」


 ナツの言葉のすぐあとに、見えない箱が消えた。

 箱に手をついていた二人はバランスを崩しかけたが、たたらを踏みそのままナツの元に駆け寄る。

 ぐらりとナツの身体が(かし)いだのと、ヒロがナツを抱きとめたのは、ほぼ同時だった。


「ナツ!」

「ナツ!」


 ナツは目を閉じてぐったりとしている。意識がない。

「霊力がほとんど残ってない…。ギリギリ間に合ったみたい」

 ヒロの診断にほっと息をつく。が、安心はできない。

 早くこの異界から抜け出さなくては。

次話は明日19時に投稿します

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