第十五話 いきさつ
このお話は初投稿版の28部分と30部分にあたります。
29部分に神様サイドの説明回を入れていましたが、改稿にあたって削除しました。
興味のある方は初投稿版をのぞいてみてください。
ひらりと、一枚の札が目の前に現れる。
神楽人の招待状だ。
本物の神域に入る時、人間から神の子になるために顔の上半分を隠すものだ。
「迎えにきたよ。ナツ」
同じように目元だけの札をつけた少年が二人現れる。ヒロとハルだ。
いつものように家人にバレないよう細工をし、異界を通って神域へ入る。
ハルとヒロは入れない。
舞台の外の廊下に待っているのが見えた。
舞台の中と周囲の回廊が、神様の世界。
月に一度の宴を楽しむ、神様の庭。
《愛し児よ。ナツよ》
一柱の神様が声をかける。正座をしたナツが手をつき頭を下げる。いつも母としていたように。
《ミツのことは、残念であった》
神々が哀悼の意を示すように静かにうつむく。
そして、再び声をかけた。
《ミツはお主を出産するときに命を落とす天命であった》
《しかし、我らはミツを惜しんだ。
八方手を尽くし、天命を伸ばしたのだ》
初めて聞く話なのだろう。ヒロが驚きに目を見張る。なおも神々の話は続く。
《献上されたお主の霊力も随分使った》
「…それなら」
ゆっくりと身をおこし、まっすぐに神々に顔を向け、ナツは口を開いた。
「それなら、なつの霊力をぜんぶあげたら、おかあちゃんをかえしてくれますか?」
許しもなく神様にお声がけしてはならない。
そう言われていたのも忘れ、五歳のナツは言った。
静かな、静かな声だった。
《それはできぬ。愛し児よ》
答える神の声も静かなものだった。
幼いナツに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を返す。
《生命の尽きたものを此の世に戻すことはできないのだ》
「どうすればおかあちゃんはかえってきますか」
なおもナツは言う。他の神々も口々に答えを返す。
《どうすることもできぬ》
《天命なのだ》
《神たる我らでも、寿命をここまで伸ばすことしかできなかったのだ》
「じゃあ」
「どうすればおかあちゃんに会えますか」
誰も、何も言わない。
ナツは重ねて言う。
「舞を舞いますか。
霊力を渡しますか。
何かほかのものがあればいいですか」
ナツが本気だと伝わったのだろう。神々が痛ましそうにしたのがわかった。
《無理なのだ。愛し児よ》
《今ならミツの魂とお主を会わせることができる。しかし、ミツが今のお主を見たら、間違いなく迷ってしまう。道を迷った魂は、天に逝けぬ》
「じゃあなつがおかあちゃんのところにいきます」
《…おそらくはそれも無理だ。愛し児よ》
最初に声をかけた神が、優しく話してくれる。
《お主の霊力はとてつもなく大きい。あの者が封じた霊玉を持てるくらいに大きいのだ。
だから、お主は食わずとも眠らずとも、ミツのところへ行くことはできない。
周辺の霊気を勝手に取り込んで、生命を永らえることができるのだ》
《お主はお主の天命を生き、天命尽きたときにミツの元へ行くのだ。
今しばらくは、此の世にとどまらねばならぬよ》
他の神々もやさしく声をかける。
《現在のお主の状況も『視て』いた。
つらい境遇に立たせ、助けられず、すまぬな、愛し児よ。
我々にもできることとできないことがあるのだ》
神様にできるのは、「ほんのちょっと」助けること。
背中をぽんと押す。人と人との縁をつなぐ。見落とさないように注意する。
ほんのちょっとしか、現世に関われない。
幸も不幸も、大半はその人自身のちから。生きる姿勢や努力によって決まるのだ。
もちろん『災厄除け』の加護はある。
さりとて、それすらも絶対ではない。
きっと。
きっとナツの母の『天命』は、あの瞬間終わったのだ。
それと同時に、ナツの母にかけていた『災厄除け』の加護が切れた。
《ミツを助けられなかった我らじゃ。お主をつらい境遇に立たせてもいる。
お主に責められても無理はないと覚悟していたが、お主は何も言わぬのだな》
皮肉気な笑みを口元に浮かべ、一柱の神がさらに言う。
《愛し児よ。ナツよ。特別だ。
何か一つだけ、願いを叶えてやろう。
あの家から逃れたいか
あの家の者に祟るか
京都を出ることを望むなら、それもよかろう》
神はあくまでも人の祈りを助けるものだ。願われていないことを勝手に行うことはできない。
まして勝手に祟るなどすれば、神ではなく『祟り神』になってしまう。
だが、ナツが願うのなら話は別だ。
愛し児に無体を働いたあの愚かな人間に盛大に祟ることができる。
しかし、神々の希望に対し、ナツの願ったのはたったひとつだった。
「…おかあちゃんに、あいたい」
ぽたりと、ちいさな手の甲に涙が落ちた。
正座をして座っている膝の上に置かれたちいさな手に、ぽたりぽたりと水滴が落ちる。
「なつののぞみはほかにありません。おかあちゃんに…。おかあちゃんに、あいたい…」
そのままナツは立ち上がり、舞いはじめた。
時折鏡に映るナツの舞ははかなげで、よどみなく流れていて、とても美しかった。
神々も、ほう…。と感嘆の息をこぼすほどに。
音楽も何もなくひとさし舞うと、辺りが暗くなった。
意識を失ったのだった。
次に現れたのは、最初に老人に連れてこられた稽古場だった。
鏡に映るナツは、晃と同年代になっていた。
先程まで見ていた五歳のナツがそのまま成長したような姿だった。
くせのある髪はショートボブに整えられ、手足はすらりと長くなっている。
猫のような大きな目は少年らしく細くはなったが、男性と言うにはまだ幼さを残している。
目鼻立ちも、髪の色も、ナツの母を知っている人が見たら一目で「母子だ」と言い切れるくらい、ナツの母にそっくりだった。
中性的な可愛らしい顔立ちだが、表情が全く無かった。
背はあまり高くない。ヒロの話では晃よりも二年分大きくないといけないはずだが、おそらく晃よりも低い。
それでもすらりと手を伸ばし舞うと、実際の身長よりも大きく見えた。
稽古着なのか、着物に袴をつけて舞う姿は凛々しく、もう女の子と間違えることはなかった。。
ナツが舞を舞っていると、同年代の少年が三人入ってきた。
そして口々に悪口を言う。罵詈雑言とはこのことかと言いたくなるくらいの、聞いているだけで不快感の募るものだった。
だがそれもナツにとってはいつものことなのだろう。無視して舞っていると、突然不愉快な気配がした。
めずらしくナツが反応したことに気をよくしたのか、三人組は尚も悪口を言っている。が、ナツは聞いていない。そもそも三人組を見ていない。
ナツが見ているのは、三人組の奥にある、宙に浮かんだ『面』だった。
「――あれ! あれが、白露様を飲み込んだやつ!!」
晃の叫びにヒロも息を飲む。やはり『禍』はナツの元にも来ていたのだ。
「――そのチカラは、我のモノだ」
「お前なんか舞の才能しかないくせに!」
『禍』の言葉と、一人の吐いた言葉が重なった。
当然、ナツは『禍』の言葉しか聞いていない。
チカラ。強い霊力。高い属性。
これがあるから、死ぬに死ねない。
これがあるから、おかあちゃんのところにいけない。
ナツの声が響く。
きっと、考えていたことなのだろう。
ナツは一つ息をつくと、皮肉な笑みを浮かべ、言った。
「欲しけりゃやるよ」
少年達はカッとした。
少年達も『霊力なし』なのだろう。これほどの邪気を背にして何も気づいていない。
そのため、かけられた言葉は自分達に向けられたのだと思った。
少年達がカッとしてナツに殴りかかろうとした。その時。
『禍』がぐぱりと大きな口を開けた。
あ やばい
ナツは本能的に察した。
これに呑まれたら、おれが消えてしまう。
消えたら、おかあちゃんに会えない――。
ナツの行動は一瞬だった。
丁度目の前にいた邪魔な三人をあっという間に叩きのめし、『禍』に向かって霊力をありったけ叩き込んだ。
ドガン! と音がして壁の一面が大破すると同時に『禍』も消える。
そして、霊力を叩き込んだ勢いそのままに。
するりと、異界に入ってしまった。
次話は明日19時に投稿します




