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第十四話 ナツの能力

このお話は初投稿版の27〜28部分にあたります

 目の前の、見えない箱の中では、風景がくるくると変わっていた。

 人が次々に現れては消える。その誰もがボンヤリとした残像のようだ。

 やがて、風景が固定される。ナツの家のようだ。




 いつもの家のいつもの部屋の壁に、布が張ってある。白と黒の鯨幕。

 祭壇の前に横たわっている母。

 真っ白な顔で動かない。周囲の人も黒い服ばかりだ。


 突然、どこからか大きな音が聞こえた。

「通夜ですよ!」

「故人に失礼だろう!」

 言い合う声。

 すると、一人の男が姿を現した。


 六十歳は過ぎている、初老の男。周囲は黒い服ばかりだというのに、濃茶の着物を着ている。

 白い髪はぴったりと撫でつけてあり、しわだらけの顔の中で吊り上がった目だけがギラギラと生気に燃えていた。

 男はずかずかとナツの側までくると、周りの制止も気にせず何かをまくりあげた。

 男の子かどうか確かめたのだと、見ていた晃にもわかった。

 突然の仕打ちに一瞬で怒りが湧く。

 周囲が騒然としているのがわかる。

 ナツは驚きからか恐怖からか、声も出せないようだ。

 祖母が、周囲が、男を罵倒する。ナツをかくまおうとしているのだろう。ナツと男の間にたくさんの人垣ができる。

 男は神経質そうな顔を怒りにゆがめ、どこかをにらんでいる。おそらくナツの母だろう。


「よくも五年もだましてくれたものだ」


 男の第一声がこれだった。あまりの言いぐさに騒々しかった周囲が一瞬で凍り付く。


 怒りに男へ飛びかかろうとした晃だったが、見えない箱に止められた。

 バンッと大きな音を立てるだけで、箱はびくともしない。

 くそっと悪態がもれる。横ではヒロが同じように箱の壁に手をついていた。


 男は周囲の様子など意に介さず、淡々と告げた。

「産まれた子が男だったらもらいうけると言っていたはずだ。

 ――これは連れていく」


 祖母を突き飛ばし、ナツを抱えたらしい。

 ちいさな手がのびる。

「おばあちゃん!」

「なっちゃん!!」

 男達が言い合う声がする。

 初老の男を止めようと、ナツを取り返そうと大人たちが動いている気配がする。

 ナツも逃げようと暴れる。霊力が暴走する。


「おかあちゃん! おかあちゃん!」


 暴走した霊力は渦を巻きナツの周囲で暴れまわる。そのために大人がナツに近づけないようだ。


「なんであのじーさんは平気なんだ?!」

「多分、『霊力なし』なんだ」


 晃の疑問にヒロが答える。

 ぎりりと歯を食いしばり、説明してくれる。


『霊力なし』と呼ばれる、霊力をほとんど持たない人間は、一定数いるのだそうだ。ハルの父の晴臣もそうだ。

 霊力がないといわれるほど少ないから、他の霊力を感じることも、影響を受けることもない。

 だから、これだけ霊力が渦巻き暴れているナツを抱えていても、何ともないのだ。


 逆にナツを助けようとする人達は、ナツに近づけない。一般人レベルの少ない霊力でも感知できるほど、ナツが暴走させている霊力が大きいためだ。

 近づこうとしてはじきとばされている。

 霊力にあてられて倒れている人もいる。

 暴走する霊力に呼応するように地面が隆起していく。しかしそれも助けようとする人の足止めになるだけで、ナツを抱える人物は気付く様子もない。

 やがて、気を失ったのだろう。箱の中が真っ暗になった。




 真っ暗になった箱に、晃もヒロもやきもきしていると、やがてぱっと場面が変わった。

 板の間だ。冷たい板の間に投げ出されたらしい。衝撃で意識が戻ったようだ。

 稽古部屋なのだろう。壁の一面が鏡になっていた。

 おかげで映ったナツの様子も見える。

 

 霊力が暴走した直後は動けなくなる。晃もヒロも何度も経験して知っていた。

 ナツも動けなくなっている。ただ横たわり、うっすらと目を開けているだけだった。


 鏡に映るナツは、五歳という年齢相応の身体つきだった。

 乳幼児よりはしっかりしているものの、まだまだ小さい。

 そんな体を平気で床に投げ出した老人は、ナツの意識があるのを確認し、何も言わず扇を手にひとさし舞った。

 それが終わると、ナツのそばでしゃがみ、扇を側に置いた。


「舞ってみろ」


 暴走した霊力のせいで、ナツは動けない。すると、反応がないことに気分を害したのか、男がナツの脇を持ち無理矢理立たせる。


 パン。と、かわいた音がした。

 頬を叩かれたらしい。ヒロが怒りに拳を握る。


「舞え」


 再度言われるが、ナツは反応しない。反応できない。

 それほど霊力の暴走は本人への負担が大きいのだ。

 またも頬を叩かれる。首がぐるんとまわる。

 普通の子供なら、痛みに、恐怖に泣き叫ぶだろう。

 だがナツは泣かなかった。

 霊力が暴走したばかりで、泣くだけの気力も体力もないのだ。


 辺りには、十数人の男達が座っていた。

 幼い子供が殴られているというのに、誰一人助けようとしない。

 年齢が上の男は顔をしかめる者もいるが、年齢の低い者はにやにや笑って見ている者もいる。


 鏡に映るナツは女の子の格好をしている。

 黒一色のワンピースに黒い靴下。

 髪はショートボブになっていた。男の子とも、女の子ともとれる髪型だ。

 くせのある髪がくるんと巻いて、パーマをあてているかのように波打っている。

 その髪も、かつぎはこばれ投げ出され、ボサボサになっていた。

 霊力の暴走のせいで、顔色は真っ青だ。もうしばらくすると高熱が出るだろう。


「舞姫などと呼ばれたあの小娘が育てたのならば、舞えるだろう。舞え」


 男はナツの体調など目に入っていないようだった。

 ただ独善的に自分の考えを押し付け、従わせようとする。


「それとも」


 ナツが何も反応しないことに対し、男は一つの考えを口にした。


「舞姫など、まわりが大きく言っていただけか。

 実際はたいしたことはないのか」


 ふん、と吐き捨てるように言われた言葉に、ナツの目に炎が宿った。



 母を、母の舞を、侮辱された。

 許さない。それだけは、絶対に許さない。



 表情だけでそのことが伝わってきた。

 ナツはゆっくりとしゃがみ、足元の扇をふるえる手で何とかつかむ。



 ナツがゆっくりと立ち上がる。

 腕を伸ばし、舞いはじめる。


 鏡にナツの舞う姿が映し出されている。

 霊力が暴走した直後で、こんなに動けるはずがないのに。


 自分も経験したからわかる。暴走直後は身体の中がからっぽになったようで、指一本動かすのもつらいのだ。

 それなのに五歳のナツは、ふらつくこともなくしっかりと立ち、舞っている。

 しかも晃の勘違いでなければ、先程男が舞ったのと同じ舞ではないだろうか。


「今おどってる舞って、メジャーなの?」

 盆踊りのように、地元民なら誰でも踊れるものなのかもしれない。

 そう思ってヒロにたずねると「違う」という。


「――これが、ナツの能力なんだ」



 そしてヒロは能力について話してくれた。

 霊力量や属性に関係なく『特殊能力』と呼ばれるものを持つ人がいること。

 たとえば鑑定能力。予知能力。スキルとかギフトとか呼ばれることもある。

 


「ナツの能力は『一度見た動きは完全に模倣(まね)できる』 完全模倣(コピー)だよ」


 だから一度見ただけの男の舞と同じものが舞えるらしい。


 だが。

 晃は思う。

 同じ動きだが、ナツの舞は先程の男の舞と全然違う。



 こんな舞を見たのは初めてだ。

 優雅で繊細。それでいて舞い手の感情まで伝わってくる。

 ナツの怒り、悲しみ、苦しみ。ちいさな身体が大きく見える。

 踊りのことなどわからない晃でもわかる。



 天才だ。

 これが、神楽人(かぐらびと)

 神様の(いと)()


 舞い終わったナツは、そこでふらりと倒れた。

 薄れる意識の中、叫ぶ男の姿が見えた。



「この子だ!この子こそが、私を神楽人に導く子だ!」


 その目には狂気が宿っていた。





 それからのナツの記憶は、見ていてつらいものばかりだった。


 常に舞を舞っている。一体いつ休んでいるのか。いつ食事をしているのか。

 あれだけ色鮮やかで幸せそうだったナツの記憶が、今は薄暗くぼんやりとしている。

 はっきりしていた人の顔もぼんやりとして判別しにくい。

 きっと認識度の差なのだろう。


 ぼんやりとした人達は、入れ替わり立ち代わり何かを言っている。

 一人のときもあれば複数のときもある。

 ぼんやりと遠くで鳴るラジオのように、はっきりとは聞き取れない。それでも耳に届くのは、とても幼児にかけるような言葉ではないものばかりで怒りが湧く。


 ナツはどんな暴言にも暴力にも反応を示さない。

 それがますます相手をエスカレートさせるのだろう。



 ぼんやりとした景色ばかりの映像に、しっかり焦点がむすばれるときがある。

 そこには必ずヒロとハルがいた。


「ナツ。これ、ぼくが作ったから。大丈夫。たべて」


 二人が心配そうに差し出すのは、ちいさなおにぎりだった。

 ごはんがひと口大に分けられただけのようなそれが、回を重ねるごとに立派な食事に変わっていく。


「ナツは、あの家のものは受けつけられなくて、食事をとっていなかったんだ」

 晃もわかるだろうけど。と前置きしてヒロが続ける。


「ぼくら霊力が強すぎる人間は、多少食事や睡眠がおろそかになっても生命活動は維持できる。

 周辺の霊力を吸収してエネルギーにすることができるから。

 でもナツは」


 ナツは、とヒロが一度息を整える。

「ナツはもう限界だった。

 だから、アイテムボックス作って料理を入れて、ハルの作った異界で食べさせたんだ」


 あの家の人間にバレないように。

 陰明術で姿を隠して家に忍び込み、術でナツの身代わりを作り、ナツと三人ハルの作った異界へ移動する。そこでナツに食事と睡眠をとらせた。小学校に上がってからは勉強を教え宿題もさせた。


「ぼくとハル、普通の中学一年生にしては大きいだろう?」

 それは晃も思っていたことだったので素直にうなずく。


「ナツに食事をさせ、眠らせるために、異界の中で時間は経過する。

 でも、ナツがいないことがバレないように、元の時間では一~二分しか経っていないように戻っていた。

 それを、ほぼ毎日」


 だから、とヒロは言う。

「ぼくらの時間は、みんなより約二年進んでいるんだ」


 初めて会った時、高校生くらいと思ったのは正しかったらしい。

 本来十三歳のヒロだが、異界で過ごしていた時間の分成長し、現在は十五歳の身体になっている。

 それならばナツも同じように成長しているはずだが、まだ姿を見ていない現在の状況ではわからない。


 そして『一度見た動きは完全に模倣できる』能力を持ったナツが、ほぼ毎日異界に出入りし、異界をつくりわたる方法を見ていたため、今回の事態が起きたようだ。



「そこまでしてたなら、ナツをあの家から連れ出すこともできたんじゃないか?」

 聞いていいのか迷ったが、思い切ってたずねた晃に、ヒロはちからなく首を振った。


「だめだった。

 ナツを連れ出しかくまうことは簡単だけど、あのじーさんが誘拐されたと騒いで大事になって。

 みかねて出ていったナツがひどく殴られた。

 死んだことにしようと遺体を偽装しようとしたけど、司法解剖とDNA鑑定に耐えられるほどの遺体が作れなかった。

 児童相談所と警察に今も訴えてるけど、DNA鑑定で父子関係が立証されてるし、虐待の証拠は立証できないし、ナツに他に親族がいないこともあってふみこみきれてない」

「他の親族って、おじいさんやおばあさんは…」


 ヒロはただ首を振る。晃も息を飲むことしかできない。

 ナツは知っているのだろうか。知らないのかもしれない。ナツはいつでも母だけを呼んでいる。

次話は明日19時に投稿します

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