第十三話 事故
このお話は初投稿版の25〜26部分にあたります
また場面が変わる。
蝉しぐれが聞こえる。夏だ。
アスファルトの照り返しと熱気で、ただでさえ暑いのにさらに暑い。
それでもナツは母の手を離そうとしない。
「暑いねぇ。なっちゃん」
日傘の母が笑顔をむける。
「あいさつ回りも終わったし、明日は出雲よ。帰ったら冷たいジュース飲もうね」
楽しそうに話している様子なのに、ヒロの手がすうっと冷たくなっていく。
どうしたのかと見れば、顔も真っ青になっていた。
「ヒロ?」
「まさか…」
ヒロのつぶやきは、急におこった車の音に消された。
母の顔が驚きに染まる。
「なっちゃん!」叫びとともに抱きかかえられた、と思ったら。
ドン
衝撃
暗転
次に映ったのは、横たわる母。
「…おかあちゃん…?」
母の腕から出たのだろう。母の姿が映っている。
横になった母の頭の下から赤いものが広がっていく。
目を閉じて動かない。
「おかあちゃん」
「おかあちゃん? おかあちゃん… おかあちゃん!」
何か叫ぶ人の声。サイレンの音。目まぐるしく変わる光景。
「――ひどい事故だったんだ」
ヒロがぽつりと言葉を落としていく。
「暴走車が歩道に突っ込んで、何人も犠牲になった。
なっちゃんかあさんは即死だったって聞いてる。
ナツも一緒に病院に連れていかれて、精密検査を受けて。
その時に、服を脱いだみたいで。
夕方のニュースで報道されたんだ。
なっちゃんかあさんの名前と『息子の奈津くん』て」
男の子だということを隠して育てていたのに。
思わぬ形で、本人達のしらぬ間に、ナツが男の子だと報道されてしまった。
晃は声も出ない。
こんな。
こんなことが起こるなんて
もう少しで幸せに暮らせたのに。
「きっと巡り合わせが悪かったんだ」
今までに周囲から何度もそう言われたのだろう。ヒロのその言葉は借り物のように心がこもっていなかった。
「ナツのおばあちゃんや家族の人も報道チェックなんてできなかったろうし、病院の人も警察の人も、事情があるなんて知らなかったろうし」
ナツはただただ泣き叫んでいる。
「おかあちゃん」「おかあちゃん」
その間も目の前の風景は流れていく。
「でも。でももし」
ヒロはついに涙をあふれさせた。
握られた晃の手が痛かったが、かまわなかった。
「もしも事故が起こらなかったら。
もしもあと少し早くあの場から離れていたら。
きっとなっちゃんかあさんはまだ元気に笑ってて。
ナツと二人で幸せに暮らしてて。
ナツも元気に笑ってたんじゃないかって。
そう、思うんだ」
今度は心からの言葉だった。
そしてヒロは「ぼくのせいなんだ」とうなだれた。
「ヒロ」
「ぼくが会いに行ったから。
ハルにやめとけって言われてたのに、ぼくがナツに会いに行ったから。
だからきっとなっちゃんかあさんは死んだんだ」
ぼろぼろと涙を流し、ヒロが吐き出すように言う。
「そんなの!」
ぐっと両手をひっぱり、ヒロの意識を自分に向けさせる。
「そんなの、たまたまだろう?!
ヒロだってさっき言ったじゃないか。
『巡り合わせが悪かったんだ』って。
ヒロのせいじゃない! ヒロが悪いんじゃない!!」
「だって!!」
晃の叫びもヒロには届かない。
「だって霊玉守護者はみんな両親との縁が薄いんだ。
みんな両親と暮らしていないんだ。
ナツだけが、かあさんがそばにいた。
愛し児だからなんだって、大丈夫だって思ってた。
でも、そうじゃなかったんだ。
ぼくがナツからかあさんを奪ったんだ」
初めて聞く事柄に、晃も息をのむ。
確かに自分は両親と暮らしていない。だが、それが強い霊力に関係することだなどと、考えたこともなかった。
霊玉守護者は、霊力が強い。
そのため、善いものも、悪いものも呼び寄せてしまうことがある。
「何がおこるかわからない」とハルが躊躇していたのもこのためだ。
幼少期から霊玉を持つことも、霊玉守護者同士が幼少期に会うことも前例がないことから、ハルにも判断が難しかったのだ。
「ぼくが会いたいって願ったから。
ぼくが何度も何度も会いに行ったから。
だからきっと、ナツとなっちゃんかあさんを護っていた加護が弱まったんだ。
霊玉守護者の共鳴が、神様の加護を弱めたんだ。
ぼくの霊力が、悪いことを呼びよせたんだ」
ヒロの説明に晃が戸惑っている間に、ヒロは静かに続ける。
「だから、晃には誰も会いに行かなかった。ハルが行かせなかった。
何がおこるか、誰を巻き込むか、誰にもわからなかったから。
せめて身体が成長して、霊力が安定するまで待とうって話になったんだ」
ヒロの話を何度も頭の中で整理する。
初めて聞く話ばかりで動揺する。
ナツの話。ナツの母の話。ヒロの思い。
頭の中がぐるぐると混乱で渦巻いていたが、何度も何度も整理して、少しずつ落ち着かせる。
苦しみも、悲しみも、理不尽も、何とか飲み込み。
そうして、ヒロに向き合った。
ぐすぐすと鼻をすすり落ち着こうとするヒロに、晃は静かな声でたずねた。
「ヒロは、自分のせいでナツのお母さんが亡くなったって思ってるのか?
自分のせいで、ナツからお母さんを奪ったって、そう思ってるのか?」
ヒロが黙ってうなずく。涙はとまったが、長いまつ毛が濡れたままだ。
「だからナツを助けたいのか?」
晃の意地の悪い問いに息をのんだヒロだったが、少し考えて答えを出した。
「…違う」
小さく首を振り、うつむいたままヒロは続けた。
「ナツは友達だ。友達だから、助けたいんだ」
「うん」
ヒロの想いを認め、晃は言った。
「おれはやっぱりヒロが悪いとは思わない」
驚き、顔を上げ何か言おうと口を開くヒロより先に晃が言う
「だって、俺も同じだから」
その言葉にヒロは口を閉じる。
聞く姿勢になってくれたことに安堵し、晃は続ける。
「おれも、小さい頃大変だった。
同じ子が四人いるって聞いて、会いたかった。
みんなもがんばってるって聞いてたから、がんばれた。
おれも同じだよ。ヒロ。
遠いから会えなかっただけで、会える距離だったら会いに行ってた」
同じだよ。ともう一度言われ、驚きに開いたヒロの目から、一粒涙がこぼれた。
「だから、ヒロだけが悪いなんてこと、ないんだよ。
だっておれたち、今よりずっと子供だったんだよ?
それなのに、めちゃめちゃがんばってた」
そうだろう? と晃に言われ、うん、とヒロがうなずく。
うなずくと、ポロポロと涙がこぼれた。
「ハルだって、周りの大人だって、色々気を配ってくれてたんだろう?」
結界の中でだけ会っていたと言っていた。遊ぶときも、周りに大人がいたと言っていた。
うん。うん。と、ヒロはただうなずく。
「それなら、やっぱり巡り合わせが悪かったんだよ」
ヒロのせいじゃないよ。と、もう一度告げる。
ヒロは泣きながら顔をくしゃりとゆがめたが、何も言わなかった。
「なあ。ヒロ」
ぐしゃぐしゃのヒロの顔をまっすぐ見つめ、晃は一生懸命に伝える。
「出会ったせいで悪いことがおきたなんて、哀しいこと言わないでくれよ。
おれは、みんなと会いたかった。
今日ヒロに会えてうれしかった。
だから、会ったことが悪いなんて言わないでくれ。
友達になれたことが悪いみたいなこと、言わないでくれよ」
ヒロが驚きに息を飲み、泣きながら首を振った。
「違う、ちがうよ。
友達になったのが悪いんじゃない。
友達になりたくなかったんじゃない」
「うん。わかってるよ。だからさ」
晃はヒロを落ち着かせるように、両手をぎゅっと握ってやる。
「いいことも悪いことも、起こってしまったものはどうしようもないんだ。
大事なのは、これからだろう?
これから、いっぱいいいいことが起こるように、がんばるしかないんだ」
そして、ヒロに笑いかける。ヒロの心に火が灯るように願いながら。
「ヒロ。悪い言葉を使っていると、悪いことがやってくるよ。
『自分のせいだ』なんて、自分をいじめちゃだめだ。
『会えてよかった』って、『ナツはいい友達だ』って、良い言葉を使いなよ」
いつも白露に言われていた言葉。
言葉には『チカラ』がある。
だから、悪い言葉を使えば悪いことがおこるし、良い言葉を使えば良いことがおこるよ。と。
良い言葉を使えばきっと、ヒロも、ナツも、前向きになれる。
きっと、のみこんでのりこえられる。
「だってなっちゃんかあさんは…」
「だってもだめ」
めっ、と怒ったふりをしてにらむと、ヒロも口を閉じる。
「人の生き死には天命だよ。おれたち人間にどうこうできるものじゃない」
そう言って飲み込んで、進むことしか、遺されたものにできることはないのだろう。
「今回のことだってそうだろう?
『禍』の封印が解けるなんて、結界が破れるなんて、誰も思ってなかった。
白露様が喰われるなんて、考えたことさえなかった」
思い出しただけで怖くなる。胸の奥がぎゅっと握りつぶされそうになる。
「おれを守って、おれのせいで白露様は喰われたんだ」
反論しようと口を開いたヒロだったが、何も言えなかった。
自分がナツの母に対して抱いている思いと同じだと気づいたからだ。
「おれも同じだよ。ヒロ」
もう一度晃が言う。
声が震えてしまったのは許してほしい。
つないでいた手を離し、ヒロが晃をぎゅっと抱きしめてくれる。
肩に顔を埋め、ぼろぼろとただ涙を流している。
晃もヒロの背に腕をまわし、抱きしめる。なぐさめるように、すがるように。
「おれは、今日、ヒロに会えて、うれしかったよ」
泣きそうなのをこらえて何とか言葉をつむぐ。
ヒロはただうなずくばかりだ。
晃は真っ暗な中空に視線を向け、呼びかける。
「ナツ。聞こえているんだろう? ナツ」
その呼びかけに、ヒロも体を離して同じように中空をながめる。
「おれは君にも会いたいよ。
会って、話をしたい。
一緒に遊んで、ごはんたべて、楽しいこともいっぱいしたいよ。
なぁ、ナツ。出てきてくれよ」
涙をぬぐったヒロも、晃の手を握り呼びかける。
「ナツ。一緒に帰ろう。異界から出よう。
ぼくは、ぼく達は、ナツを助けたいんだ」
次話は明日19時に投稿します




