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第十話 神楽人

このお話は初投稿版の21〜22部分にあたります

 ずるずるとその場に座り込み、ヒロは地面に手をついた。

 ごめん、ごめんと言いながらポロポロと泣くヒロに、晃は何もできなかった。

 事情もわからないのに、無責任に「大丈夫」とも言えず、それより何よりヒロが本当に苦しそうだったから、かける言葉が見つからなかった。

 ナツとヒロそれぞれの悲しみが伝わってきて、晃も苦しかった。


 助けたい。ナツも、ヒロも。

 こんな風に泣かせたくない。


 うなだれ涙をこぼすヒロの側に寄り添い、そっと手を重ねる。

 自分は火属性だ。

 少しでも、冷たくなったヒロの手が温まればいい。

 そう思って、ぎゅっと手を握る。


「晃…」

 やっと顔を上げ、晃を見つめるヒロの目には涙がたまっていたが、晃の想いが伝わったのだろう。握った手にもう片方の手を重ね、ちいさく微笑む。


「…ありがとう」


 ヒロの気持ちが少しでも上を向いたのを感じ、晃は重ねた手にさらに自分の手を重ねる。


 ヒロは、こうして温められる。でも、ナツは…。

 そう思い、ちらりとナツのうずくまっているほうを見ると。


 ふわりと、誰かが微笑んだ。


「なっちゃん」


 優しい声に視線をあげる。

 ヒロも同じくその人を見て、驚きに固まった。


 まだ若い女性だ。二十歳位だろうか。

 肩より少し長い髪はくるりと形よく波打ち、猫のような大きな目はキラキラと輝いている。肌は白く、血色のよい頬は健康そのもの。赤くつややかな唇はにっこりと弧を描いている。


 その、笑顔。


『花が咲いたような』とは、この人のためにある言葉だと思った。

 幸せだと、うれしくてたまらないと、その表情が語っている。


 座り込んでいる自分達の目の前で、その人は踊るようにくるりとまわった。

 こぼれる笑顔でくるりと舞い踊る。

 くるりくるりとまわるたびに服が変わる。

 次々に服が変わっても、その笑顔だけは変わらない。

「なっちゃん」「なっちゃん」とやさしく呼びかける声は慈愛に満ちていて幸せそうだった。



「なっちゃんかあさん…」

 ヒロが呆然とつぶやく。

 やはり、と晃も得心した。その表情が、声が「なっちゃん」が(いと)おしいと語っている。

 ナツの母以外にはあり得ないと、晃も思っていた。


 何故ナツの母がここに現れるのだろう。

 ナツはどこにいるのかと目を凝らすも、ナツの姿は見えない。

 うずくまっていたはずなのに、どこに行ってしまったのか。


 晃が戸惑っている間にも、目の前で、見えない箱の中で、ナツの母は笑っていた。


 やがて、ナツの母のかわりに別の人が現れた。

 着物をぴしりと着こなした初老の女性。

 料理人のような恰好の親子であろう男性二人。

 着物姿の女性達。

 皆が優しく微笑んで、ナツの名を呼びかける。


「――あれはナツのおばあちゃんとおじいちゃん。なっちゃんかあさんのお兄さん。近所のお姉さんたち…」


 ひとりひとり、ヒロが説明してくれる。

 晃に話しているようで、自分で声に出して確認しているだけかもしれない。



 ナツに呼びかけ、笑いかけてくれているであろう人達を眺めながら、ヒロがぽつりぽつりと教えてくれる。


 ナツの育った家は、花街で仕出し料理の店を商っていたこと。

 祖父と伯父が料理人。祖母と母は芸妓(げいこ)だったこと。


 そんな話を聞いていると、くるりと目の前の光景が変わった。

 今までは白い空間に人物だけが現れていたのに、突然、その場所に居るかのように周りに景色が現れた。



 どこかの稽古場だろうか。髪を結い、浴衣を着たナツの母が扇を片手にくるりと舞う。

 その向こうにはたくさんの少女達。

 高校生くらいだろうか。全員浴衣で、日本髪を結っている。

 その中に一人だけ、明らかに年齢の低い幼女がいる。

 肩につかない程度の長さのおかっぱ頭は、ナツの母と同じように毛先がくるりと波打っている。

 黒に近い紺色の浴衣には大きな花柄が染め抜かれ、赤い帯が金魚のしっぽのようだった。

 二歳くらいに見える幼女は、目を輝かせて母の踊りと見つめている。

 その目は、ナツの母と同じものだった。


「――あれ、ナツ?」


 どう見てもナツの母の子供だとわかる。瓜二つだった。だが、どう見ても女の子だ。

 霊玉守護者(たまもり)は皆男だと白露に聞いていたが、違うのだろうか。それとも、ナツの姉妹だろうか。


 そんな迷いからの問いかけに、ヒロはうなずいて答えた。


 やはりあの女の子がナツのようだ。

 可愛らしい女の子は、母から扇を受け取ると、同じように舞い始めた。

 とても幼女とは思えない見事な舞。

 体幹がしっかりしている。足元がおぼつかなくなることも、ふらつくことも全くない。


「ナツはずっと女の子として育てられたんだ」

 ヒロが幼いナツの舞を見ながら教えてくれる。

 

 男の子を子供の時だけ女の子の子の格好で育てる風習があることは晃も知っていた。

 病魔の目をあざむくための護法だ。

 ナツの姿もそのためか。と晃は納得する。

 なにしろ自分達霊玉守護者(たまもり)は霊力が多いせいで、特に小さい頃はしょっちゅう熱を出して寝込んでいた。

 護法に頼るのも無理からぬと思う。




 再び場所が変わった。


 どこかははっきりとわからない。白くぼんやりとしている。

 はっきりしているのは目の前に立つナツの母だけ。

 ナツの母が舞い始める。

 今度は黒地に金の刺繍の入った着物。金色の帯に赤い帯揚げを合わせている。日本髪にはかんざしが上品にさされ、白く塗られた顔に赤い唇が華やかさを添える。

 ただし、その目元は、不思議な紋様の描かれた紙で覆われていた。


 ナツの母の舞は、素人の晃が見ても見事なものだった。

 優雅で、よどみなど一切ない、流れる水のようだった。時にキラキラときらめき、時にしぶきをはねるようであり、それでいて時折花がひらくような華やかさをみせる。

 のんびり舞を眺めている場合ではないと頭ではわかっていても、ずっと見ていたくなるような舞だった。


 やがて舞が終わる。

 するとどこからかやんややんやの大歓声が起こった。

 みると、いつの間にか周りにはたくさんの人影があった。


 誰もが顔を隠している。

 不思議な紋様の描かれた紙で顔全体を隠しているもの、お面を被っているもの、長い髪で顔を隠しているものなど様々だ。

 そして、誰も現代的な服装をしていない。

 よく儀式の時に見る、平安時代の装束(しょうぞく)である束帯(そくたい)や、物語で見る神様の格好のイメージである古墳時代の服装、仏像のような姿も見える。


 ナニコレ? と思っているのが伝わったのだろう。ヒロが説明してくれた。


 京都は世界に類を見ない霊能都市だ。

 災厄から逃れるために、災厄を鎮めるために、様々な手段が講じられてきた。

 そのひとつが、神仏を祀ることだ。

 おかげで現在の京都市には、神社が八百、寺院が千七百あるという。

 それ以外にも地域の地蔵や稲荷社などの祠もあり、霊能都市である京都を支え、守っている。


 神仏が霊力を得るのは、人々の信仰心によるところが大きい。

 人々の祈りが、捧げる音曲が、舞が、神仏に霊力を与え、その霊力で神仏は人々を護るのだ。

 やがて、神仏に芸能を捧げる者のことを、神仏を楽しませる者、『神楽人(かぐらびと)』と呼ぶようになった。


 神楽人の芸能は神仏を癒し、霊力を高める。各神社、各社寺にそれぞれ神楽人が存在する。

 やがて、神仏は、自分の神楽人を他の神仏に披露するために宴をひらくようになった。

 現代ではこの神々の宴に呼ばれる者のみを神楽人と呼んでおり、その中でも特別神仏に愛されている者は『愛し児(いとしご)』と呼ばれているという。


「なっちゃんかあさんは、神社の神楽人だったんだ」

 やんやと歓声をあげているのは、神や仏だという。


「ここは、神様の世界。月に一度の宴で、舞を捧げる神楽人が、なっちゃんかあさん」


 やがてナツの母は手を伸ばしてきた。再び舞い始めたとき、ふと柱に掛けてある鏡に目がとまった。

 鏡に映っていたのは、母と共に楽しそうに舞う、幼女だった。


「――そしてナツも神楽人」

 ヒロがポツリポツリと話してくれる。


 ナツの母は神々から特に愛された『愛し児(いとしご)』であること。

 普通は赤ん坊が神々の宴に同席するなどあり得ないが、特別に許され、ナツのあふれ出す霊力を献上していたこと。

 そのおかげで、幼いナツは霊力を暴走させることもなく成長できたこと。

 やがてナツ自身も舞うようになり、神々に気に入られ、神楽人に選ばれたこと。


 ナツがその身の霊力を献上したのだろう。

 場に強い霊力がぶわりと広がった。

 自分の『火』の霊力とも、ヒロの『水』の霊力とも違う、あたたかで、やわらかな霊力。

 人々の、自然の足元を支える『土』の霊力。

 黄金色に輝くその霊力はくるりと場を一周したあと、天井付近に留まり、スプリンクラーが水をまくようにぱあっとあたりに降り注いだ。そのまま神々の座る回廊まで届き、神々がその霊力を受け取る。


 そこで舞が終わった。

 再びのやんややんやの歓声に、札をつけたまま目元の見えないナツの母が、満面の笑みをしているのが何故かわかった。

次話は明日19時に投稿します

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