第九話 見えない箱
このお話は初投稿版の20部分にあたります
目を開けると、辺りは真っ暗だった。
一瞬いつの間に夜になったんだろうと考え、すぐに訂正する。
いくら山の中でも、こんなに真っ暗になることはない。
つないだ手の感触で、ヒロも一緒なのがわかる。
すると、ぽっと明かりが灯った。
晃の手を離したヒロの右手から、ポゥ…と光の玉が浮かんでいた。
これも陰明術かと感心していると、ヒロはいくつかの光の玉を作りだし、あちこちに放った。
おかげで辺りが明るくなり、やっとお互いの姿も確認できた。
辺りに危険がないこと、お互い無事なことを確認して、ヒロが晃の手をはなす。
ここはどこだろうと辺りをみわたす。
何もない空間だった。
ヒロが明かりを放った場所以外はただただ暗い場所。
こんな場所にナツがいるのかと信じられない気持ちだったが、気配を探ると間違いなくナツはここにいるのがわかる。
「ナツ!」
ヒロが呼びかけるが、反応がない。
「ナツ! ぼくだ。ヒロだ! どこにいる?! ナツ!」
「ヒロ」
あせったように叫ぶヒロをおさえようと、晃が肩をたたく。
「もう一回、霊力を共鳴させてみたらどうかな」
「――そうだね」
声をかけられ、やっと自分が取り乱していることに気付いたようだ。
ヒロが息を整え、「ごめん、晃。ありがとう」とぎこちなく笑う。
心配なんだな、と晃もうなずくだけにとどめ、二人でまた両手をつなぐ。
一度できたからか、今度はすんなりと共鳴した。
リィン、リィンと響くお互いの霊力のほかに、返ってくる響きがあった。
はっと顔を向けると、そこには誰かがうずくまっていた。
地面にうつぶせているので顔はわからない。背を丸め、手足をちぢめて、まるで亀のようだ。
何かから身を守っているようにも見える。
「ナツ!」
その姿を認めた途端、ヒロが駆けだした。が、すぐに何かにドンとぶつかった。
見えない壁にはばまれ、そこから先へは行けない。
目の前にいるのに。ほんの一メートルほどしか離れていないのに。
「ナツ! ナツ!!」
バンバンと見えない壁を叩き、声を限りに叫ぶも、本人には聞こえていないようだ。
呼びかけはだめだと判断したヒロが一歩下がり、ぐっと左手を握る。
右手を左の拳に合わせ、ひっぱるように広げると、その軌道に合わせて刀が出現した。
え?! と晃が驚いている間にヒロは刀に水をまとわせ、一閃する。
ドン、とすさまじい音がしたが、見えない壁にはヒビひとつ入らない。
顔をしかめたヒロはすぐに刀を消し、右手に霊力を集める。
辺りに水滴が生まれそれが水流になり、渦をつくってヒロの右手におさまっていく。
渦はどんどん圧縮され、ちいさなちいさな粒になる。
一瞬で水の粒を作り、ヒロが右手を拳銃の形にする。伸ばした人差し指の先にちいさなちいさな粒がある。
腕をのばし、壁に向けて右手の水の粒を放つ。
バン! とすさまじい音をあげ、粒――弾は壁に当たった。
が、やはりなんの変化もない。ちっ、とヒロが舌打ちをする。
晃が見たところ、今のヒロの攻撃は、どちらもとんでもなく強力な威力があった。
自分が白露と行う模擬戦、そのときの全力の攻撃の四倍、いや、五倍はあった。
攻撃に入るのも早いし、ためらいがなかった。
優しそうな顔をして、とんだ武闘派だ。
しかし、ヒロの攻撃でわかったことがある。
ナツとの間を隔てる、見えない壁。
壁だと思っていたが、どうやら四角い箱のようだ。
高さは二メートルくらいだろうか。晃が手を伸ばせば天辺に手が届きそうだ。
二メートル四方の立方体が展開している中心で、ナツがうずくまっている。
それにしても、あれだけの攻撃で傷ひとつつかないなんて、この箱? は一体何なんだろうか?
そう思い、晃は壁があるであろう場所で手を出してみる。
ぺたりと何かに触れる感触があった。
一体これは何だろうと考えていると、突然声が聞こえた。
しくしくと泣いている。
まだ幼い子供の声だ。
ヒロにもその声は聞こえたらしい。次の攻撃に移ろうとしていたが、ハッと動きを止め、晃の横に立った。
「泣き声…?」
晃が手を離すと、声は聞こえなくなる。もう一度触れると、また泣き声が聞こえる。
ヒロが触っても何にもならなかったのに、なんで? と思っていると、ヒロがつぶやいた。
「これ、晃の能力…?」
「能力?」
よくわからずたずねたが、幼い声に意識を持っていかれた。
しくしくと泣く姿は、うずくまっているとはいえ、とても自分と同い年には見えない。
幼稚園児くらいに見える。
小さな子供が自分の身体をさらに小さくしている様子は、手足をちぢめた亀や、丸まったハリネズミのようだ。
そう思った時、気付いた。
この子は、ナツは、殻に閉じこもっているんだ。
ハルの推測どおりなら、ナツは何かこわいものから逃げてこの異界に来たのだろう。
それなら、恐怖で自分の殻に閉じこもる、というのはあり得る話だ。
殻に閉じこもっているから、ヒロの声も聞こえないし、霊力の共鳴も弱いのではないだろうか。
ヒロにその考えを伝えてみると、ヒロも納得した。
「殻に…」
と、そこで、二人同時にハッとした。
もしかして、この見えない箱は、ナツの作りだした『殻』なのではないだろうか。
むしろこの箱は、ナツの精神と直結しているのではないだろうか。
だからこそ、理由はわからないが、晃が触れることでナツの声が聞こえるのではないだろうか。
あり得る。むしろ、そうとしか考えられない。
もしも先程のヒロの攻撃でこの箱が壊れていたら、どうなったいたのだろう。
殻が壊れてナツの意識が浮上するのか。
殻と一緒にナツの精神も壊れるのか。
再び試してみるにはリスクが大きすぎる。
そして当のヒロは「壊れなくてよかった…」と顔を青くしていた。
ふと、晃は気付いた。
ここに来て最初に見たナツは、こんなに小さくなかった気がする。
こんなに小さい子がうずくまっていたら、いくら晃でも気付くはずだ。
ヒロにそのことを伝えると「確かに!」とさらに青くなった。
「ぼくがナツを傷つけたから…?」
ヒロのほうが今にも死にそうだが、晃は箱に手を置いたまま気配を探る。
「多分、違う。むしろ…。ヒロの攻撃で、意識が浮かんできた、かんじ?」
言葉を探してつむぎだす。
何故かこの箱から、ぼんやりとした意識が伝わってくるのだ。
それによると、今までのナツは土の中に潜っている幼虫のイメージ。
ただじっと、沈んでいた。
しかし、ヒロと晃の霊力の共鳴、続くヒロの攻撃で、意識が叩き起こされた状態のようだ。
晃達が来たばかりのときは、ただただ身を守るためにうずくまっていた。
意識が目覚めたから、何かを思い出し泣いているのだろう。
晃の推察に、ヒロが息をのんだ。
バッと、しくしく泣くナツを見つめ、何かに思い当たったのだろう。苦しそうに唇を噛んだ。
その時。しくしく泣くばかりだったナツから何か言葉がもれた。
ちいさな声。
誰かを呼んでいる。
何度も、何度も。
最初は誰を呼んでいるのか聞こえなかったが、、次第にその言葉が晃とヒロの耳に届いた。
「……おかあちゃん……」
しくしく泣きながら、ちいさく母を呼んでいる。「おかあちゃん」「おかあちゃん」と、何度も、何度も。
あまりにも可哀そうで、晃まで泣きそうになる。
「――ナツ…!」
ヒロは両手を箱に押し当て、少しでも寄り添おうとしているようだった。
それが叶わないとわかると、拳を握りしめ顔をくしゃりとゆがめた。
「ナツ…!」
絞り出した声と一緒に、涙が一粒落ちた。
これまで我慢していたものが切れたのだ。
ヒロは感情を抑えようとしているのだろう。息を整えようとしているが、整うどころか乱れるばかりだ。
それでも無理矢理息を整えようと大きく息を吸い込み、吐き出そうとしてできなかった。
出たのは「うううっ」という嗚咽だった。苦しそうに、震える口でさらに吐き出す。
「ナツ…! ごめん、ごめん!
ぼくがナツに会わなかったら…! ごめん、ナツ。ごめん…!」
そうしてポロポロと涙をこぼした。
次話は明日19時に投稿します




