選ばれた兵士達
その日はとてもつきが大きな夜だった。雲一つなく不気味な陰りを見せる月は強烈な光を放っている。まるで異世界に飛ばされてしまうようなとてつもないエネルギーを放っている。この月の大きさからしたら下界で起きていることは些細な問題なのだろう。月からすれば世界の情勢など、戦争や対立など愚かで小さなものだと嘲笑うことだろう。
大陸を支配する中華人民共和国と島嶼を支配する中華民国は建国以来対立の一途を辿ってきた。蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党は決して相容れる存在ではなかった。資本主義と共産主義のイデオロギーの対立やそれに伴う国共内戦がそうだ。日本との戦争である日中戦争と全世界的規模の第二次世界大戦を戦い抜いた時は国共合作によって手を組んでいた。だが、そんなものはなんとも脆いもので共通の敵を失って以降は激しく対立し始めた。危機を切り抜けたあとは結局は逆戻りである。この内戦の結果、中国共産党は中国国民党を倒し、台湾へ追いやった。毛沢東は中華人民共和国を建国し、蒋介石は中華民国を台湾に移した。事実上分断されている中国はどちらも中国を名乗り、激しく対立した。人民共和国が民国を併合しようと幾度となく、軍事衝突が発生した。中台戦争と呼ばれる一連の戦闘である。この戦闘は現在でも小規模でおきているが最近は活発になってきている。その夜はこうした情勢の中で中国と台湾の軍事衝突が起こった夜でもあった。
中国人民解放軍は台湾に対する軍事行動を本格化させた。中華民国を中華人民共和国に統合させるため人民解放軍はこれまでに偵察を含め、数多くの準備をして来た。ついに本格的な戦闘が始まった。人民解放軍は台湾付近の島を哨戒挺で偵察し、上陸の機械をうかがっていた。台湾海峡はこれまでも人民解放軍が作戦を行ってきた地点だ。台湾に潜伏している工作員から中華民国軍がこちらの攻勢を察知し、迎撃を計画しているのも知っていた。だからこそ、この夜は敵を押し止めておく必要があるのだ。不気味な月明かりに照らされた台湾はまるで異界の魔島のようだ。
「今日は気味が悪い。あの月と良い一体何なんだ」
人民解放軍の兵士が呟いた。
「あんな月は始めて見たぞ」
兵士達にとっても今夜の月は異常だった。
「静かにしろ。月が怖くては敵とは戦えないぞ」
人民解放軍部隊長の唐水晶少佐が嗜めた。唐少佐は今夜の台湾強襲作戦の指揮官だ。エリート軍人で人民解放軍のエース。
「少佐、台湾軍です」
兵士が言う。前方に台湾軍の兵士達が展開していく。
人民解放軍の兵士達は精鋭が用意されていたようだ。こちらも随分ベテランを連れてきたが向こうの方が早かった。
「奴等、あんなに早く来てたのか」
「面倒な奴等だぜ」
「だが、来たからにはこの台湾から追放しなければならない。これは非公式の作戦だ」
台湾軍の指揮官は商幽海少佐。台湾陸軍の軍人でこれまでにも困難な任務をこなしてきた。情報部ぎ手に入れた情報通り人民解放軍は台湾の海岸に侵入してきた。商少佐には祖国を守り抜く使命があるのだ。建国以来対立してきた両国の宿命は過酷なものだった。それは当事者足る兵士達も同じこと。中台の兵士は海岸線を挟んで向き合った。
「台湾の兵士だぞ!発砲!」
「中国兵を発見!撃て!」
唐少佐と商少佐の声で両軍兵士が銃を撃つ。辺りに粉塵が巻き上がり、土煙が上がる。両者の戦闘は互角だった。どちらも精鋭だけに一歩も引かない戦闘が続いた。
「この海岸に上陸できなければ我々は大損失だ、なんとしても陣形を崩せ」
「海へ押し返せ、絶対上がらせるな」
銃撃戦は激しさを増し、草木が揺れる。その時月が電気を帯びたようにスパークを放った。巨大な月が青白く光ながら電撃を放っている。何事かと両軍の兵士は空を見た。
「あれはなんだ?」
「なんだと?」
唐少佐と商少佐は異常な月に絶句した。すると月から強烈な光が放たれ中台軍を包み込んだ。兵士達は突然の出来事に対処できない。閃光の後両軍兵士は完全に消えていた。補給基地ごと。