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変わり種

作者: 春羅


  俺がうらやましい? 嘘だろう?


「あっ、おはよう!」


 そんなこと言うのはひとりだけで、その唯一の人間に、なりたかったのは俺の方だ。


 誰からも好かれる無邪気な笑顔で、さらに満面を綻ばせる。


「銀ちゃんおめでとう!」


 馬鹿らしい話だ。


 思考どうこうよりも、この非常時に。


「へっ? なにが?」


 頭の中を占めるのはそればかりなのに、素直になれない。


 ……非常時?


 いや、俺が足を踏み入れた時はこれが日常だった。敗戦に次ぐ敗戦、どんなに足を踏ん張ってみても、眼の奥底から希望の光が消えていく日々が。


「もう! 榎本総督の小姓になるんでしょっ? すごいよ!」


 将軍さえ怖じ気付いた賊軍の汚名、日章旗の下、幕府の一隊として、その瓦解と運命を共にすることになる新撰組。古株も新参も問わず逃げ出していく中、黄昏時の最日没、何故好き好んで入隊したのか。


「ああー……まぁね」


 生き恥を晒して新政府の世を生きる中、からかい混じりにすら、今でも訊かれることがある。


 同じことをこの友は、真剣な眼差しで訊いたんだ。大人になれなかった……幼い面影のままの友は。


「やっぱ銀ちゃんは僕たちの中でもひと味違うよね!」


 ニヤリと口を上げて見せると、安心したのか賛辞を続ける。


 “僕たち”少年兵には、正式な戦闘員と言うよりも見習い隊士が良いところ、小姓という何ともおおらかな役職が与えられていた。


「それは、鉄ちゃんだろ」


 歯痒かった。


 北限の地・蝦夷箱館に追い詰められてまで、まだぬくぬくとぬるま湯に浸かっているようで。


「ええっ! 僕なんか、全然ダメだよ! 今日も土方先生に怒られたし……」


 その土方先生は、絶対に君を手放しはしない。


 鋭い眼光のまま、なんでも見透かされてしまうんだ。こんな綺麗な人間の隣に居ては、一目瞭然だったろう。


 俺は武士の皮を被った、薄汚い鼠だ。


 生きるのに汚い。


 その為なら、誰もが眉を顰める泥に濡れた道でも迷わず通る。大手を振って行進してやる。


「新撰組に入った甲斐があるよね! 先生に認められてさ!」


 こんなことを、嫌みの欠片もなく、本気で言うんだ。


 ――……


「じゃあ、銀ちゃんはっ? どうして新撰組に入ったのさっ」


「え、俺? ……薩長の遣り口が気に喰わねぇってのは建前で……京市中を震撼させた鬼副長の手足になって働いてみたいって、単純な理由かもな」


 ――……


 そしてそれすら建前……真っ赤な嘘で、一番の優先事項はまず喰うことだ。二人の兄に連れられて、ただ食い扶持に有り付く為の手段として入隊した。


 よく言ったものだ。吐き気がする。


 そんな自分が後ろめたくて、脇目も振らずに働いてきた。いつ死んでも構わない。


 いっそ、武士として死にたい。



 それから二月頃経って、友は海に隔たれた本土へと逃がされていった。


 望み通り残った俺は、降伏の日、五稜郭城下の戦場で、疲弊して動けなくなっていた。


 どこが傷口かもわからず、血が吹き出す。微かな意識が霞むばかりで、指先にさえ力が入らない。


 このまま死ねる。


 確かにそう思ったはずなのに、俺はまだ、骨の髄までドブ鼠だった。


「……こんにせ(この若者)、まだ息がある」


 薩摩だ……!


 魂を焼き切るような怒りが沸騰した。一息では言い切れない、目眩く憤り。薄目を開けると、白いシャグマが視界に踊る。


「ほっとけばよか、黒田どん」


 新政府軍参謀・黒田了介……!


 脇差しを抜いた。


 よく撃たれなかったと思う。蝙蝠の薩摩でも、武士の端くれというわけか。


 腹に突き立てようと、風前の灯火の息を吸い込んで勢いをつける。


「わっこ(お前)、生きたいか」


 これだけ血を流しても、まだ涙が残っていたのだ。


「……い、生きたい……!」


「よかど(よし)。おいとけ(俺と来い) 」



 それからの俺は、弘前の薬王院から放免された後、黒田の北海道開拓に同行した。


 生きるのに汚いと蔑んできた俺の人生で学んだことといえば、争う双方に、正義と悪などないことだ。


 西南戦争まで這いずり回った鼠が言うのだから、間違いはない。








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