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  空気2

「みんなは文化祭の出し物決まった?」


 夕食時の学食で、千穂はそう口を開いた。さすがにこの場で編入生は敵だと思う?などと話題にすることはできなかった。誰が聞いているのか分からない。


「うちは劇ですって」

壱華がどこか疲れたように答える。

「私のクラスも!」

千穂は一緒だね!と嬉しそうに足をプラプラと揺らした。


「俺のところはお化け屋敷だと」

「それ、案で出た!」


啓太の言葉にも千穂は元気に反応する。啓太はへーと声を上げた。


「どこのクラスも同じようなもんが出るんだな」

「俺のクラスは調べものして貼り出しだって」


つまんないの、と樹は唇を尖らせた。


「ちょっと待って、劇って一学年一つのクラスしか出せなくなかった?」

琉聖がそう言えばと口を開く。千穂は首を傾げた。

「そんなこと言ってた?」

「言ってたわ」

確か、と壱華は琉聖の言葉を肯定した。千穂はえーっと悲鳴を上げた。


「じゃあ、どうするの?」

「どっちか一つに決めるんでしょう?」


決まってるじゃないと武尊が興味なさそうに言った。


「じゃあ、劇できないかもなの?」

「そういうこと」

武尊の言葉に、千穂は眉をハの字にした。


「せっかく決めたのに」


残念と、千穂は止めていた箸を動かし始めた。今日のメニューは西京焼きである。たまには魚も食べなければと選んだのだ。


「まあ、その時はまた決めなおせばいいんじゃない?」

「なんか、やる気ないなあ」

「よくご存じで」

「楽しもうよ!」

「面倒なだけだよ」

「そんなことないよ!」


文化祭にあまり乗り気ではない武尊の気を引こうと千穂は頑張るがそんな力は千穂には残念ながらない。


「楽しいのに」


千穂はむくれた。


 自分たちで作る劇というものが千穂は初めてだった。今まで全校生徒が現在のクラスメイトより少ない学校で育ったのだ。文化祭などやれることは高が知れているし、劇と言っても教師がシナリオを決めたものだった。それが、今回は人数も多ければ何をするか自分たちで決めると言う。


「絶対楽しいよ」


千穂の気持ちが分かって、壱華は困ったように笑った。


「でも、そうよね。こんなに大きいお祭りは初めてかもね」


この前体育祭があったばかりなのだが、そこは置いておいて壱華はそうフォローした。その言葉に、なぜ千穂がこんなに文化祭を楽しみにしているのか武尊は悟る。


「―また、未海たちは来るの?」

「どうしよう。考えてなかった」


武尊の言葉に、千穂は頭を悩ませ始める。武尊は今日も頼んだカレーにスプーンを伸ばしながらつっけんどんに言った。


「呼べば?千穂がそれだけ楽しみなら、未海も楽しめるでしょう」

「そうかな、そうしようかな」


千穂はえへへと笑いながら壱華を見た。壱華もよかったわねと笑い返す。


「私も、声だけかけとこうかしら」

「俺たちの親は来なかったからな」


どうするよ、と啓太は樹に問いかけた。樹は視線を上げることなく返した。


「言っとくだけで良いんじゃない?たぶん来ないよ」

「だよな」


兄弟はそう判断すると、啓太は親子丼をかき込み始める。もっときれいに食べればいいのにと千穂は常日頃思っている。


―まあ、私もきれいに食べれてるかと言われればそうじゃないと思うけど


そんなことを思い、ふと視線を武尊とその隣の琉聖に移した。二人とも食べ方がきれいだと千穂は思った。


―やっぱりお父さんが社長だと違うのかな

―琉聖も由緒あるお家のでみたいだし


そんなことを考えていると、違和感が走る。それは他の五人も同じようだった。ぴたりと動きを止める。そして皆で学食の入り口に視線を向けた。


 沈黙が下りた。


「あれが編入生?」


武尊が声を潜めて壱華に尋ねる。壱華は頷きだけで返す。それに皆緊張を高める。


 色が白い。髪も肌も。しかし、目はよくある明るい黒のように見える。短めの髪を揺らしながら、白藤涼子はゆったりと歩いていた。学食の生徒たちが皆彼女に見ほれる。琉聖はしれっと膝にのせていた碧をテーブルの上にのせて白藤が見えるようにしてやる。碧はじっと座っていた。


―アルビノ、ではないよね


目が赤くないと武尊は少し離れている白藤をよく見ようと目を細めた。すると、目が合った気がした。白藤はにこりと笑う。それに、息を飲む音が聞こえた。


―なんか、苦手なタイプかも


また気が合うかと思ってなどと父が言い出すのではないかと武尊は心配になる。


―ていうか、苦手なタイプばかりよこしすぎじゃない?


父の人選に武尊は不満を感じ始める。


―と、父さんがよこしたわけではないかもしれないのか


一般人の可能性もあるし、純粋にただの敵の可能性もある。どれに当てはまるかは彼女を観察して決めるほかない。


「大滝が騒ぐはずだよな」


確かに美人だと、啓太はそう感想を述べた。しんと静まり返った中で、啓太の声は良く響いた。白藤の注意が啓太に向く。にっこりと白藤はまた笑顔を見せた。啓太は顔をしかめながら軽く会釈すると親子丼の残りをかき込む。どんとどんぶりを置くと手を合わせてごちそうさまと口にした。


「早く食っちまえよ。部屋戻ろうぜ」


この空間で動いているのは啓太だけなのだが、その自覚があるのかないのか。壱華ははあとため息をついて、視線を白藤から外した。そして食べかけのチキン南蛮に手を付け始める。それにハッと現実に戻ってきたように千穂と樹も手と口を動かし始めた。武尊は睨みつけるように白藤を見つめ、琉聖は時折碧の視界から白藤が消えていないか確認しながら少女を見ていた。


―嫌な感じはしない?


武尊は胸に手を当てる。剣は何も言ってこない。しかし、戸惑いが生まれる。


―剣も迷ってる?


はっきりとしないその感情に、剣自体が判断を迷っているように感じた。


―てことは


やはり父親が琉聖と同じ条件でよこした人間なのではないかと武尊は算段を付ける。琉聖も琉聖で自分の知識に検索をかけていた。


―白い髪、聞いたことがある気がする


どこでだったのか、いつだったのか。それがはっきりと思い出せない。それゆえ、その気がするをどこまで信じてよいものか困る。


「「ごちそうさまでした」」


千穂と樹が声を合わせて合掌する。それに武尊と琉聖は思考をやめた。見れば、自分たちの料理はまだ残っていて、慌てて食事に戻ったのだった。



「気がするねー」


 啓太はまだどこか不機嫌そうで、しかし千穂と壱華の部屋のソファに腰かけながら琉聖の言葉を繰り返した。武尊が碧に尋ねてみる。


「白い髪の一族って聞いたことある?」

「俺はないかなー。ちなみに、霊感あると思うよ!あの人!」


碧はぴょんと武尊の肩の上からローテーブルに飛び移った。


「敵の可能性高しか。白い髪の一族についてはどうやって確認したらいいんだろう」

樹がうーんと額に人差し指を当てて考える。


「先生は答えてくれないだろうし、親父も何も言わないだろうし」

武尊も不機嫌そうな顔でそう言った。


「先生?」

「千穂たちに霊力の使い方とか教えてくれた先生が村にいるの」


首を傾げる琉聖に、武尊がそう答えた。


「絶対味方だと思うんだけど、武尊はそう思ってないみたい」

樹は複雑そうな顔で付け足した。

「だってそうじゃん。千穂のお守り、月に一回くらい俺が紐通しなおした方がいいって言わなかったし」

「忘れてたわけじゃなくて?」


再び質問を投げたのは琉聖だ。ちらと見れば、千穂は胸元から飾り気のない紐を引っ張り出し、きれいな石を眺めているところだった。


―あれか


確かに武尊の力の匂いがすると琉聖は思った。


―下手したら僕も危なかったな


どんな力を持つのかはか分からないが、武尊の力が込めてあるのだ。千穂に危険がせまったら、質の悪いことが起きるに違いない。


「忘れるような人じゃないよ」

「この一点張りでさ」


樹はぼすっと背中をソファに預ける。いつも通り啓太の隣に腰かけていた。


「とりあえず、君たちにはお師匠さんがいるってことだね」

「そういうこと」


琉聖のまとめに、樹は頷いた。


―裏でいろんな人が絡んでそうだな


それは当然だと言えた。銀の器の問題だ。まず銀の器がどうあるべきか、どうするべきかで意見が分かれる。それをどう使うかまで入れたら数えきれない。様々な考えを持った人間が、きっと暗躍している。


―思ったより恐ろしいところに来たかもしれないな


しかし、家に戻るよりはいい気がした。あの雰囲気は耐えられない。いるのにいない。そんな扱いはもう十分だ。


―みんなは僕の話を聞いてくれる


たとえまだ完全に信用されてないとしても、きちんといるものとして扱ってくれる。それだけでどれだけうれしいか。


「琉聖、大丈夫?」


気づけば、千穂が顔を覗き込むように体を倒していた。距離はあるが、少しどきりとした。


「何もないよ?」

「そう?」


ならいいんだけどと千穂は体を起こした。その顔は少し不満そうだった。納得していないようだ。


「それで、白い一族がいるかいないか、どうやって確かめる?」

武尊が話を元に戻す。すると、座っていた碧がぴょんと立ち上がった。

「決まってる!知ってそうな奴に聞けばいいんだよ!」

「それ、誰?」


武尊が碧に視線を落とす。


「琉聖の時にも聞いたじゃない!」

「僕の事、知ってる人がいたの?」

琉聖はそこが気になった。答えは樹からやってくる。

「あの熊か!」

ポンと手をたたき声を上げる。ああーと隣で啓太も合点がいったような顔をしていた。


「それじゃあ、善は急げで今から行く?」

「せめて消灯まで待とうよ」


壱華がやる気なのかソファから立ち上がるが、琉聖がそれを止める。

「そう?」

壱華は琉聖の言葉に腰を下ろす。武尊が頷いた。

「そうだね。人が出歩かなくなってから行こう」

「あの熊さんかー。ひと月ぶりくらいかなー」

元気にしてるかなーと千穂は笑った。それに、そんなに仲のいい熊がいるのかと琉聖は思ってしまったのだった。


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