打ち上げ2
「これさー野球部の部長からもらったんだけど、いる?」
そう昼休み涼子が壱華に差し出したのは、映画のチケットだ。壱華は顔をしかめる。
「それ、涼子がもらったやつでしょう?」
「そうなんだけど、私別にあの人タイプじゃないし」
白藤涼子は壱華とつるむようになった。壱華は今まで一人で昼食をとっていたのだが、最近はずっと涼子と食べている。
「じゃあ、誰にでもいい顔するのやめなさいよ」
「だって、いつこの伝手が役に立つか分からないじゃない」
「人を何だと思ってるの?」
猫を被ることをやめた涼子であったが、それでも十分彼女はモテた。あちこちから声がかかる。デートから告白まで忙しい。そんな涼子に壱華はため息をつく。チケットに手を伸ばし見てみる。
「これ、千穂と樹が見たいって言ってたやつだわ」
「じゃあその二人に渡せばいいわね」
「でも、結局あなたも行くことになるのよ?千穂が行くって言えば」
そう言えば、顔をしかめる。
「武尊が付いて行けばいいじゃない」
「彼一人にばかり押し付けるわけにはいかないじゃない」
二人は口論のようになるのだが、止める者は誰もいない。二人並んでいるととにかく目立つ壱華と涼子だ。視線を集めるが、人々は見とれるばかりで会話の内容までは頭に入ってこない。
涼子はチケットを壱華の手から抜き取る。
「今度の土曜日ね。あんな大所帯で行くつもり?」
「啓太は留守番じゃない?あの人、テレビの二時間ドラマも見てられないから」
「何よそれ。どれだけ集中力ないのよ」
涼子は壱華にチケットを返す。
「まあ、私はパス」
壱華は周囲を見渡してから、こそっとささやいた。
「八雲はどうなの」
「せっかく街に出てきたんだ。もっと外を歩き回った方がいいと思うぞ」
八雲がそう言えば、涼子は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「そうかしら」
「ああ、この建物の中だけで生活を終えるのはもったいない」
八雲にそう言われて涼子は窓の外の景色を眺めた。そこには、今まで見たことのない環境が広がっている。確かにそれを楽しまない手はない。涼子はもう一度チケットを見た。
「じゃあ、皆で行きましょうか」
「そうしましょう」
壱華がにっこりと笑う。そのきれいな笑顔に、涼子は居心地悪そうにする。しかし、それが悪い感情から来ているものではないと八雲は知っている。
「壱華ちゃーん!」
千穂が教室に飛び込んでくる。それに何事かと壱華は顔を向ける。
「国語の教科書忘れちゃったの!貸して!!」
「あんた、ほんとどうしようもないわね」
この前忘れたばっかりじゃないと涼子は眉根を寄せた。
「涼子ちゃんは厳しい!」
「みんながあんたを甘やかしすぎなのよ!」
「そんなことないもん!」
やいやいと口論が続くが、はいと壱華に教科書を出されてそれは終わりを告げる。千穂はありがとうと受け取ると、ダッシュで自分の教室に戻っていった。
「慌ただしい子」
「いつものことだから」
壱華は涼しい顔だ。それにため息をついて、涼子はまた外に目をやった。
―本当、平和
自分が乱していたとは思えない穏やかな空気だった。
―そう言えば
ふと思い至る。
―八雲は纏を片付けたと言っていたけれど、ついぞ死人が見つかったって話は出なかったわね。
しばらく警戒していたのだが、騒ぎは何一つ起きなかった。
―まあ、変な学校ではあるのよね
空気が、である。何か力のあるものが関わっている、良く言えば守られている、悪く言えば監視されている。そんな感覚。
―でも、銀の器にかかわった時点で普通なんてないわよね
それはそれでいいのだと、壱華に見られないようにしながら、涼子は満足そうに笑んだのだった。




