表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

  打ち上げ2

「これさー野球部の部長からもらったんだけど、いる?」

そう昼休み涼子が壱華に差し出したのは、映画のチケットだ。壱華は顔をしかめる。


「それ、涼子がもらったやつでしょう?」

「そうなんだけど、私別にあの人タイプじゃないし」


白藤涼子は壱華とつるむようになった。壱華は今まで一人で昼食をとっていたのだが、最近はずっと涼子と食べている。


「じゃあ、誰にでもいい顔するのやめなさいよ」

「だって、いつこの伝手が役に立つか分からないじゃない」

「人を何だと思ってるの?」


猫を被ることをやめた涼子であったが、それでも十分彼女はモテた。あちこちから声がかかる。デートから告白まで忙しい。そんな涼子に壱華はため息をつく。チケットに手を伸ばし見てみる。


「これ、千穂と樹が見たいって言ってたやつだわ」

「じゃあその二人に渡せばいいわね」

「でも、結局あなたも行くことになるのよ?千穂が行くって言えば」

そう言えば、顔をしかめる。


「武尊が付いて行けばいいじゃない」

「彼一人にばかり押し付けるわけにはいかないじゃない」


二人は口論のようになるのだが、止める者は誰もいない。二人並んでいるととにかく目立つ壱華と涼子だ。視線を集めるが、人々は見とれるばかりで会話の内容までは頭に入ってこない。


涼子はチケットを壱華の手から抜き取る。

「今度の土曜日ね。あんな大所帯で行くつもり?」

「啓太は留守番じゃない?あの人、テレビの二時間ドラマも見てられないから」

「何よそれ。どれだけ集中力ないのよ」

涼子は壱華にチケットを返す。

「まあ、私はパス」


壱華は周囲を見渡してから、こそっとささやいた。


「八雲はどうなの」

「せっかく街に出てきたんだ。もっと外を歩き回った方がいいと思うぞ」


八雲がそう言えば、涼子は苦虫をかみつぶしたような顔をする。


「そうかしら」

「ああ、この建物の中だけで生活を終えるのはもったいない」


八雲にそう言われて涼子は窓の外の景色を眺めた。そこには、今まで見たことのない環境が広がっている。確かにそれを楽しまない手はない。涼子はもう一度チケットを見た。


「じゃあ、皆で行きましょうか」

「そうしましょう」


壱華がにっこりと笑う。そのきれいな笑顔に、涼子は居心地悪そうにする。しかし、それが悪い感情から来ているものではないと八雲は知っている。


「壱華ちゃーん!」


千穂が教室に飛び込んでくる。それに何事かと壱華は顔を向ける。


「国語の教科書忘れちゃったの!貸して!!」

「あんた、ほんとどうしようもないわね」

この前忘れたばっかりじゃないと涼子は眉根を寄せた。


「涼子ちゃんは厳しい!」

「みんながあんたを甘やかしすぎなのよ!」

「そんなことないもん!」


やいやいと口論が続くが、はいと壱華に教科書を出されてそれは終わりを告げる。千穂はありがとうと受け取ると、ダッシュで自分の教室に戻っていった。


「慌ただしい子」

「いつものことだから」


壱華は涼しい顔だ。それにため息をついて、涼子はまた外に目をやった。


―本当、平和


自分が乱していたとは思えない穏やかな空気だった。


―そう言えば


ふと思い至る。


―八雲はまといを片付けたと言っていたけれど、ついぞ死人が見つかったって話は出なかったわね。


しばらく警戒していたのだが、騒ぎは何一つ起きなかった。


―まあ、変な学校ではあるのよね


空気が、である。何か力のあるものが関わっている、良く言えば守られている、悪く言えば監視されている。そんな感覚。


―でも、銀の器にかかわった時点で普通なんてないわよね


それはそれでいいのだと、壱華に見られないようにしながら、涼子は満足そうに笑んだのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ