1.琉聖1
「気軽に琉聖って呼んでね」
陸が武尊の部屋を出て行ったあと、長髪の少年はきらきらと輝かんばかりの笑顔でそう言った。そのまぶしさに、千穂はつい目を細める。
「いや、気軽にって言われても!」
あなた敵でしょう!少なくとも敵だったでしょう!と樹が叫ぶ。驚きのあまりソファの上に膝立ちしていた。轟は困ったように眉をハの字にした。
「それはそうなんだけど」
そう言って、考える風にした。そして人差し指を立てて見せる。
「貴昭さんに聞いてみてくれないかな」
「あいつは俺と轟の気が合うと思うとか何とか言ってた」
「それは光栄」
「それで同じ部屋にしたんだと」
「そうなんだ」
一人落ち着いている千穂がへーっと声を上げる。そして二人を見比べるように視線を動かす。これはろくな言葉が続かないぞと武尊は先にため息をついておくことにした。
「でも、二人とも頭いいしね!」
「二階堂君ほどじゃないよ」
轟は、武尊が好かないきらきらと輝く笑顔を振りまく。武尊はうっと眉根を寄せた。
「その笑顔やめて」
武尊は轟から顔をそらす。千穂が笑った。
「武尊が逃げてる」
「うるさいな」
「そんなに嫌かな」
僕って基本好かれる方なんだけどなと轟は不思議そうにする。
「好かれるって、それ、人に合わせてるだけでしょ?」
「―まあ、そうとも言うかもだけど」
困ったように轟は笑った。自然な笑顔だと千穂は思った。武尊も同感なようで、ひねっていた首を元に戻す。
「それで、俺たちの仲間になるって本気なのかよ」
じっと轟を見ていた啓太がやっと口を開いた。見れば、啓太は珍しく真剣な目をしていた。そんな啓太を見やってから、壱華もまっすぐに轟を見据えた。笑っていた轟は引き締めるように笑みを消した。そして頷く。
「本気だよ」
「どうして?」
お前って、よそ者じゃん、と啓太は続ける。
「俺たちにとって千穂は幼馴染だし、死なれたら嫌だ。だから守る。でも、どうして危ない目にあってまで千穂を守るって本気で思えるんだ?」
―啓太がまじめなこと言ってる
千穂は目を丸くしながらそんなことを思った。
―俺にはそんなこと聞かなかったから、相当俺の時は切羽詰まってたんだな
武尊も武尊でひとり感想を抱く。武尊は問い詰められる轟を見た。轟は眉をハの字にして笑った。
「約束したからかな」
「どんな」
轟はちらりと武尊を見た後に千穂を見た。
「銀の器に手を出していい。でも、チャンスは一回。失敗したら仲間になって銀の器を守ること」
「それ、誰との約束?」
気づけば武尊はそう尋ねていた。嫌な予感がした。轟は笑みを消すと言った。
「貴昭さん。君のお父さん」
―出た
武尊はぎゅっと両手を握った。視線が武尊に集まる。それを自身に向けるように轟は口を開いた。
「学費も寮費も、生活費も、かかるお金は全部貴昭さんが持ってくれるから心配ないってさ」
「あいつ、どういうつもりなんだ」
武尊は口が乾くのを感じた。自分の父親が何をしたいのか分からなかった。自分には千穂を守れと言っておきながら、轟には千穂を好きにしていいと言っている。
「まあ、勝てるわけのない勝負だったんだけどね」
轟は肩をすくめた。武尊は轟を見た。
「僕は高野原さんを餌にここまでつられてきちゃったわけだけど、二階堂君相手に勝てるわけがなかったんだよ」
「何が言いたいの?」
「僕は仲間になるように仕向けられたってことだよ」
「嫌なら帰ればいいじゃん」
樹がきつい口調で言った。轟はまた困ったように笑った。
「―それが、戻る方が嫌なんだよね」
「なによそれ」
壱華が眉を顰める。轟は続けた。
「それくらい、僕は家族と仲が良くないってことだよ」
「―そんなお家もあるんだねー」
千穂だけがどこかのんきにそんなことを言った。そののんきさに武尊は頭が痛くなる。
「千穂、もっと危機感もって」
「でも、大丈夫な感じ凄くするし」
「千穂がそう言うなら大丈夫なんだよ!」
ぴょんとどこからか碧が飛び出してくる。碧はどこにそんな跳躍力があるのか、武尊の肩に飛びついた。
「銀の器の危険察知能力はすごいよ!大丈夫って感じるなら大丈夫なんだ!」
「その能力何」
武尊は呆れたようにため息をついた。
「銀の器ってそんなものだから」
仕方ないの、と碧は武尊の肩を軽くたたく。
「使い魔までいるんだね」
すごいことだよ、と轟は感心したように碧を見る。
「俺、武尊のこと好き!だから、付いてきた!」
「そうなんだ」
くすくすと轟は笑った。普通に笑えばどこか幼く見える。そこは武尊とよく似ていると千穂は思った。
「とにかく、僕は本気だから」
よろしくね。轟は―琉聖はそう言って笑った。