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  文化祭3

『―ジークフリート、明日の舞踏会で妃を選びなさい―』


 無事開幕に間に合い、千穂は舞台袖で待機していた。ちらと客席を見る。


―お客さん、たくさんだ


「緊張してるの?」

「わ!」


突如声がかかり千穂は慌てて口を抑えた。後ろを仰ぎ見れば、白藤が立っていた。

「緊張しちゃった?」

「―少しは」

千穂は上目づかいで白藤を見上げながら答えた。白藤は余裕そうだ。

「視線ならいつも集めてるじゃない」

「どういうこと?」

千穂の言葉に、白藤はため息をついた。そして、挑発的な笑みを浮かべる。

「これが終わったら二人でお話ししましょう?」


「二人で?」


その言葉が引っ掛かり、千穂は不安げな顔で白藤を見た。白藤は表情を変えずに頷いた。


「そう。二階堂君のことでお話があるの」

「武尊のこと―」


千穂は指先同士を絡めてくるくると回した。


―二人きりは危ない


素直にそう思えた。それで琉聖の時は痛い目に合った。また二人になれば武尊にしこたま怒られるに違いない。


―でも、武尊のこと


どんな話だろうと、気になりはする。


「私は彼のことあきらめる気はないし、私は私の方が釣り合ってるって思ってるの」

そう言われれば、つきりと胸が痛んだ。


―そんなこと、私だって分かってるもん


千穂はうつむいて、つま先をぐりぐりと回した。その様子でいじけているのがバレバレだ。白藤はそっと千穂の肩に手を置くとくるりと千穂の体を回して舞台の方へ向けた。


「ほら、高野原さんの出番よ」


そっと背を押され、千穂は舞台に出た。

 照明に照らされた武尊の髪はきらきらと光っていた。武尊がその場で跪き、手を差し伸べる。

「先ほど放った矢は、あなたを傷つけるつもりではありませんでした。許してくれますか」

 千穂は白藤の言葉が胸に引っかかり、うまく声が出せない。武尊が早くしろと視線で促してくる。千穂は震える声で言った。


「ええ、許します」


千穂は武尊に歩み寄り手を取る。武尊は立ち上がると、台詞を続けた。

「私はジークフリート。あなたの名前は?」

「わ、私はオデット。この湖で侍女と遊んでいたら、悪魔に呪いをかけられ白鳥の姿となってしまいました」

―言えてる!


どうにか芝居になっていると、千穂と武尊は内心安堵の息をつく。千穂がどうにか呪いについての説明を終えると、侍女役の女子生徒たちが舞台袖からぞろぞろと出てきた。


「人間の姿でいられる間だけでも、楽しいことをして過ごしましょう」


その台詞と共に、曲が流れ始める。武尊が千穂の背に手を回し、くるりくるりと回り始める。ダンスが始まったのだ。

 千穂が揺れるたびにドレスがふわりと揺れる。武尊のマントも優雅に翻っていた。その様に観客はため息をつく。


「何かあった?」

武尊が小声でささやく。空気の振動に胸を高鳴らせながら千穂は小さく首を横に振った。

「何でもないよ。ちょっと緊張してるだけ」

「―ならいいけど」

―それにしては元気がない気がする


少々心配になりながら、このタイミングで詮索するのもと思い踏みとどまる。


「何をしている!時間だ!散れ!散れ!」


悪魔の声が響き渡る。千穂と武尊の手は離れ、二人はそれぞれ逆の舞台袖に引き返していった。 


自分の番がひとまず終えたことに千穂は息を吐き出す。

「千穂、お疲れ様」

あかりがそう言って飲み物を手渡してくれる。ありがたくペットボトルを受け取り、千穂はそれを音を立てて飲んだ。

「おいしい」

千穂はほっと笑みをこぼした。

「後は最後までお休みね」

「うん」

「そこに椅子があるから、座ってると良いわ」

「そうする」


千穂は用意されたパイプ椅子へと歩を進める。そこにペットボトルを置き、緊張で火照った顔を手で扇いだ。その時だった。何か黒い手が千穂の手首を掴み、グイと信じられないほど強い力で引っ張られた。


「!」


声を出そうにも別の手が千穂の口をふさいでしまってできない。その冷たさに、千穂はぞっと肝が冷えた。それは、久々に覚えた恐怖だった。いつも感じていた、しかし、武尊が剣を取ってからは縁がなかった心臓まで冷やす恐怖。―自分が狙われているのだと改めて痛感する。


「?」


何か物音が聞こえた気がして、あかりが振り返る。パイプ椅子にはさっき千穂に渡したペットボトルが飲みかけのまま置いてある。


「千穂?」


あかりはパイプ椅子にへと歩み寄る。お茶はあるのに、千穂の姿が見えない。廊下に続く扉から隣のクラスの生徒が入ってきた。


「千穂、見なかった?」

「見なかったわよ」

「そう。ありがとう」


それだけの会話を交わし、二人は離れる。あかりの心臓が速くなる。


「千穂ー。髪とか崩れてない?」


壱華が千穂の状態を確認しようと姿を現した。あかりは壱華の手を取ると脇に引っ張った。それに何事かと壱華は目を丸くする。


「ちゃんと探したわけじゃないの。でも、千穂、いなくなっちゃったかもしれない」

「なんですって?」

 

壱華は眉根を寄せる。そして急いであたりを見渡す。確かに、パッと見たところ姿は見えない。


「待って、逆サイドに琉聖がいるから聞いてみるわ」


携帯を取り出し、通話ボタンを押す。琉聖はすぐに出た。


『もしもし?』

「千穂がこっちにいないの。そっちにはいる?」

『待って―いなさそうだけど―』

「ちょっと探してみてくれる?私も探すから」

『分かった』


電話を切る。壱華とあかりは手あたり次第体育館の裏側を探したが、千穂は見当たらず、逆サイドで琉聖も探したが見つからなかった。



「またかー」


啓太が頭を押さえる。

「えーと、ごめんね?」

前回の首謀者琉聖が謝る。顔には困ったような笑顔がある。


「白藤さんは関係あるの?」

その話はもういいと、あかりが質問を投げかける。琉聖は肩をすくめた。

「それは見極め中なんだけど―」

「あいつ、霊感あるよ!それも結構強い!」


碧がひょいと琉聖の肩に乗る。それを見て、琉聖はじゃあと声を上げかけるが、碧の方が速かった。

「でも、あいつの力の匂いはしないよ!」

「じゃあ、誰?」

樹が碧に問いかける。琉聖が考えるようにする。

「彼女じゃないってことは部外者かな」

「文化祭を理由に中に入り込んだってこと?」

あかりが確認で言いかえる。


「ああ、白藤で一生懸命でその可能性忘れてたな」

「痛恨のミス!」

啓太はどこかのんきに、樹は頭を押さえて叫んだ。


「結界が張られるはずなんだ」

琉聖がつぶやくように言った。

「この集団の中で千穂ちゃんを隠すには結界しかないと思う」

「それって感じ取れる?」

樹の声に、琉聖は視線を壱華に向ける。

「壱華ちゃんだったっけ。僕が運動場に手あたり次第張った結界に当てを付けたの」

「―ええ」

「同じことできる?」

「やってみるわ」


壱華は物陰に隠れると、結界を張る準備をする。体育祭の時に張ったものと比べれば小規模で良い。壱華は呼吸を整えると札を壁に貼り付けた。そこから不可視の壁が広がっていく。それは障害もなく広がり続け、すっぽりと学校を覆いそうになった時、かつんと何かに触れた。


「下だ」

「ええ」


壱華の結界が広がるのを媒介に琉聖も感じ取ったらしい。二人は視線を合わせ頷きあう。


「よし、行こうぜ!」


啓太が階段に向かって走り始める。


「ちょっと!待ちなさいよ!」


壱華が慌てて追いかける。樹もそれに続く。走るのは苦手だなと思っていたあかりに琉聖が声をかける。

「本川さんは、騒ぎにならないように残って!あと、隙があったら武尊に伝えて!」

「分かったわ!」


そう言い残すと、琉聖も啓太たちを追いかける。

 それを後からつけるように、廊下の隅から小さな蜘蛛たちが姿を現したけれど、もとより説明を受けていなかったあかりが気づけるはずもなかった。



『気づかれたぞ』

『早いわね』

『どうする?』

『八雲も向かって。あの女、横取りするかもしれないし』

『分かった』

ごそりと、一角で大きな闇がうごめいた。


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