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  演技3

「そういうわけで、あきらめてくれねえかな」


そう言って、頭を下げたのはなぜか大島だった。大島の後ろで、優実がその面倒見の良さに涙を流しそうになっていた。琉聖も、彼に対する評価を改めようと思っていた。壱華は何がどうなっているのかさっぱりだった。


白藤は、冷たい目で大島から武尊とその背に隠れる千穂に視線を移した。

「それで、二人は付き合うことにしたと」

「そうなんだよ」

鈍くてごめんなと、また大島が謝る。


「まあ、本人たちに自覚がなくても、周りはそう思っていたわけだし」

ライバルだと宣言したのも自分だと、白藤は思案しているようだ。

「でも、まあ、これとそれは話が別ね」

「?」

予想していた流れと違っていたため、大島は上体を起こした。白藤は挑発的に笑んでいた。


「別に、彼女がいる男の子を好きになっちゃだめってことはないわよね」


ざわめきが起きた。それは、白藤に感心するものから批判的なものまであり、彼女の応援隊をふたつに分けた。応援隊から外れる者と、依然として応援を続ける者と。

―ああ、なんか面倒さ増した?

大島は周囲を見渡す。

―あきらめないと来たか


ここまで自信家だとは思っていなかったと大島は内心舌を巻く。それでも、彼女の応援隊の数は減らせた。しかし、問題はそれでもなお応援するものが何をやらかすかである。


「武尊」

 琉聖が小声で武尊を呼ぶ。武尊は視線で琉聖に答える。

「しばらくは、千穂ちゃんから離れないで」

空気が良くないことに気づいていた武尊は素直に頷いた。千穂もぎゅっと武尊にしがみつく。

―こういうところなのよね

あかりは二人の距離感が近いことに内心ため息をつく。

―仕方ないのかしら。命綱なわけだし

武尊も千穂を守る使命を全うしようとしている。思えば、自分も何故ここまで千穂に協力的なのか分からない。恋愛沙汰はこじれるとそれはそれは面倒なのだ。


「この話はここまでにして、練習しましょう?」


昨日途中で終わってしまった、舞踏会の場面の練習を白藤は促した。千穂は不安げに武尊を見上げた。武尊はぽんと千穂の頭に手を置く。大丈夫だと言外に告げた。千穂はうんと頷くと、今度は優実にしがみつく。優実はそれに空いている手で顔を抑えた。


―ぶれないな


その様に、大島はそんな感想を抱く。

 白藤対千穂の代理戦争が幕を開けた。



「余計こじれてない?」


 視線が痛くてたまらない武尊は、友人たちを自室に招待した。優実とあかりと大島は食堂で夕食を済ませ、千穂たちは武尊と琉聖の手料理をごちそうになった。

『二人って、同じくらい料理も上手なんだね』

そう笑う千穂に、まさか自分で作らないとご飯がありませんでしたとは言えない琉聖であった。


「それは思う」


武尊の疑問に大島は素直に答えた。


「でも、高野原の印象はこれ以上下がらないぜ」

「それは確実だと思う」

琉聖が頷く。それに、だと良いんだけど、と武尊は呟いた。千穂は不安げに武尊を見ていた。


「てか、なんで俺たち以外の人間がいがみ合ってるのか意味不明」

「それだけ好かれてるんだよ。高野原がな」

分かれと大島は武尊に説明する。

「私?」

千穂が首を傾げる。大島が頷く。

「だって、お前喧嘩とかできなさそうだもん」

「できない」

千穂は眉をハの字にした。


確か千穂をからかった男子と昔喧嘩したなと、啓太は思い出していた。あの時は珍しく貴輝も怒っていた。

―笑顔で怒るから、あいつ怖いんだよな

懐かしいと、啓太は笑みを浮かべる。

「何笑ってるの」

今はそれどころではないと樹が啓太を小突く。そうだなと啓太はそう思ってない声音で答えた。樹がため息をつく。


「劇、うまくいくかなー」

「それは結果上手くいくんじゃねえかな」

大島がダイニングテーブルに肘をつく。

「どっちも演劇を成功させたがってるから」

「そうなの?」

千穂に、琉聖が頷く。

「うん。どっちも劇の成功をきっかけに応援してる子が武尊と親密になれたらいいなと思ってるから」

「それ迷惑」

武尊は痛む頭を押さえた。

「まあ、二階堂と一緒にいる宿命だな!」

「今までこの手の問題が起きなかったのが不思議だったんだよね」

思えばさ、と優実が肩をすくめて見せる。確かにとあかりも内心思う。逆の問題もまたしかり。


「この手の問題はさっぱりだわ」

壱華がどことなくぼうっとした顔でそう言った。

「壱華も気を付けなよ」

優実がソファに腰かけて集団から外れている壱華に声をかける。

「私が?何を?」

「壱華もモテるから」

あかりが苦笑する。それに分からないと壱華は表情で訴えた。

「まあ、飯島に告白するには度胸が並み以上に要るよな」

大島が、告白された経験のない壱華の肩を持つ。壱華は首を傾げたが、誰も何も言わなかった。―啓太だけ、内心穏やかではなかったのだが。


「まあ、なるべくというか、絶対千穂は一人になっちゃダメ」

優実が人差し指を立てる。

「そんなに危ないの?」

「危ないの」

優実が頷く。


「人間の方が面倒」


武尊のつぶやきに、千穂と壱華は頷いた。

―そういうものよ

あかりもそう肯定していた。



 外野の対立は、なぜか劇を成功させようとする熱という平和な形に収まった。それにほっとする大島と優実と琉聖であったが、千穂はたまったもんじゃなかった。

 とにかく演技指導が入る。


「もっと目を潤ませて!」

「ちゃんと二階堂君の目見て!」

「台詞は大体で良いから!」


最後の一言だけ助かると千穂は胸をなでおろした。千穂がえいと顔を上げて武尊の目を見て台詞を言おうと口を開いた時だった。


「今度はオディールの番!」


グイと武尊は腕を引かれて白藤のところへ攫われてしまう。武尊とのやり取り練習は時間制になってしまった。確かにタイマーがピピっと音を立てている。

 不機嫌極まれりと言う顔をしている武尊を白藤は笑顔で迎える。それだけでも強い心臓だと感心せざるを得ない千穂なのであった。自分には無理だと思う。


―やっぱり、二人の方がお似合いなんじゃないかな


現実の役どころとしては武尊の彼女に落ち着いた千穂だったが、自信が付いたというわけではない。自分より武尊と釣り合う女性は他にたくさんいると思ってしまう。

 嬉しそうに武尊と練習する白藤は、それはそれはきれいだった。

―応援したくなるの分かるなー

そうしょんぼりしているのがバレバレなところがまた庇護欲を誘っているのだと千穂は気づけない。優実が千穂に抱き着いてくる。


「大丈夫!武尊は千穂一筋だから!」


もうこの手の言葉は否定しないに限ると武尊はあきらめている。

 武尊の視界で、なぜか千穂派の生徒たちは目を潤ませていた。千穂が健気に見えたらしい。しかし、そんなこと理解できない武尊であった。


 壱華も壱華で忙しかった。千穂派に換算されている壱華は、千穂の衣装を懸命に作っていた。とにかくかわいく、千穂に似合うようにと何度も会議が行われ決まったデザインだった。知り合いにデザイナーがいると言い出した生徒がおり、彼女の尽力で千穂の衣装はプロのデザイナーに無償で考案してもらった。金持ちの行動は訳が分からないと壱華は困惑したが、確かに出来上がっていくドレスは千穂によく似あいそうだった。

 

 花嫁を思わせる純白のドレスだった。愛らしいデザインでありながら、子供っぽくない絶妙さはさすがプロと言わざるを得ない。

 身に着けるアクセサリーも、ヘアセットも、生徒たちが知り合いの伝手をたどりにたどりそれぞれプロが関わっている。


―お母さんたち、びっくりするだろうな


きっと、今まで見たどんな千穂よりきれいに違いないと壱華は思っている。ちょっと手を休めて後ろを見やれば、千穂は優実にぴたりとくっついて極力武尊と白藤を見ないようにしていた。

―あれで好きじゃないって、ある意味凄いわ

確かに、付き合っていないのは変なのかもしれないと少し思う。


 琉聖は琉聖で大道具組も初期からは考えられないほど気合が入っていて、なかなか白藤を見張ることはできない。あれだけ武尊にぴったりなら千穂に悪さもできないだろうが。


そんなこんなで忙しさに、生徒たちは準備に没頭してくのだった。



「ご主人様」


壁の映像を覗き込んできた漆が男に振り返る。

「どうしたんだい?」

そう優しく聞いてやれば、質問を口にする。


「結局あいつは黒なんですか?白なんですか?」


指さすのは白い髪の少女だ。男はくすくすと笑ってソファに腰かけた。

「漆はどっちだと思う?」

そう問えば、うーんと考え込む。幼い顔がより幼さを増す。それを男はおかしそうに見つめる。


「恋敵ではありますね」

「そう思うかい?」


あははと男は笑った。おいでと漆を手招きする。漆は大人しく男の膝に収まった。小さな頭を撫でながら男は続けた。


「私もこういうことには疎いんだがね」

「そうなんですか?」

「ああ、でも、彼女は別に金色の使い手を好いてはいないと思うよ」

「そうなんですか!?」


漆は声を荒げる。それに男はまたくすくすと笑う。


「じゃあ、何をしてるですか?」

「かき回してるんだよ」

「かき回す?」

「ああ。二人は恋愛ごとには疎いようだしね?」


でも、少し進展はしたようだと男は考え直す。これは呪いだと、男は思っている。


「誰を好きになるかを決められるなんて、酷いことだ」

「??」


漆は分からなくて、首を傾げる。そんな漆の頭を男は優しくなでた。


「漆は分からなくていいんだよ」


そう言われれば、そうなのだろうと漆はそれ以上は考えなかった。


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