ワンルームに侵略的宇宙人が上がり込んできた場合
大学から帰宅した俺がアパートのドアを開けると、一人の少女がテレビを見ながら寝転がっていた。
……あれ? 俺には彼女どころか、家に来るような女友達もいないはずだが……。部屋を間違えたのかと念のために表札を確認する。
【中尾】
俺の名字だ。この部屋で間違いない。じゃあ、あれは誰だ。俺は目をこすりながらもう一度部屋に入ってみる。相変わらず気だるそうなジト目の少女が寝転がっている。
「あの……」
ここ俺の部屋なんだけど、と俺が言うより先に少女は立ち上がった。
かと思うと面倒臭そうに俺のそばまで歩いて来て、いきなり俺の頬をビンタした。
え?
え?
なんで俺が叩かれたの?
俺は状況が飲み込めず、まじまじと少女の顔を見返した。ジト目の少女はピッチリしたボディスーツを身につけているため若干目のやり場の困る。
抗議するような表情で俺を見上げがら少女は言った。
「なに人の部屋に勝手に入っとんねん」
「いやここ俺の部屋だよ!!!」
「ああ、お前の部屋なんか」
少女はノタノタとテレビの前に戻り、寝転がった後にこう言った。
「まあ落ち着け」
「お前は落ち着きすぎだろ!!」
しかし少女意に介さず、俺が買っていたビスケットの袋を開けた。ビスケットを噛み砕くガリガリという音が部屋に響き始める。
……こいつ、引っ叩いて良いかな?
「ウチの名前はスーナや。『やめろ! 俺の尻にキュウリを刺スーナ!』って覚えるとええで」
「最悪の自己紹介だな」
「自分は?」
俺の名前を聞いているようだ。しかしスーナって変わった名前だな。銀髪だし、少なくとも日本人では無いのかもしれない。
「俺は中尾だけど……えっと、スーナはどこから来たんだ? もしかして迷子か?」
「ヌベードゥ星から来たんや。お前らの言葉で言ったら宇宙人になるんかな」
……ん? ああ、この人もしかして、こりん星人と同系統の人? スーナと名乗った少女は相変わらず打ち上げられたアザラシのような体制でビスケットを頬張りながら続ける。
「ウチは地球侵略のために来たんや」
「はあ、頭打ったんだな。可哀想に」
あまりに突拍子も無い話に俺が失笑した時だった。スーナがいきなり拳銃のようなものを俺に突きつけて来た。
「あんまふざけん方ええで? この地球侵略用の『うんこブリブリ銃』の餌食になりとうなかったらな」
「ふざけてんのはお前だろ! 小学生みたいなネーミングセンスしやがって!」
「落ち着け言うとるやろ。まあ座れや」
「まあ座れやって俺の部屋だろうがっ!!!」
スーナは一切動じることなく、近くにあった煎餅の袋を開けて食べ始めた。当然のことながら俺が買って来たものである。
「お前、いい加減にしろよ……」
なんかもう怒る気力も失せてきた俺は、ひとまず寝そべっているスーナの前であぐらをかいた。
「それで、地球侵略に来たヌベードゥ星人がどうして俺の部屋にいるんだ?」
「小さなことからコツコツと、って言うやろ。先ずは凡人から侵略や」
ガリガリ音をさせて煎餅を頬張るスーナ。凡人って失礼だな。まあ否定はしないが。
「地球侵略ってどうやるんだ?」
俺が言うとスーナはのっそりと起き上がった。
「この『うんこブリブリ銃』で……」
「早急に名前を変えたほうが良いと思うよ?」
「うんこブリブリ銃で撃たれた人間はアブラムシしか食べられなくなるんや」
「ウンコ全然関係無いのかよ。あと地味に嫌な効果だな」
煎餅を食べ終わったスーナは、近くに会った飴玉の包みを開け始めた。いつまで食う気なんだ。
「そしてアブラムシしか食べられなくなった人間はテントウムシとの食料の奪い合いに敗れ、亡びゆく運命にあるんや」
「わっけ分かんねえ……今更だけどウチのお菓子を勝手に食べるなよ」
するとスーナは一度口に含んだ飴玉をつまみ出して、言った。
「すまんな、これやるわ」
「いらねえよ!」
スーナは面倒くさそうに飴玉を口に戻した後、部屋の隅を指差し言った。
「この部屋に来た時から気になってたんやが、あれは何や?」
そこにあったのは俺が実家から持ってきたマッサージチェアだった。説明するよりやらせた方が早いか。
「教えてやるから、あそこに座ってみろ」
「抱っこして連れてって」
「ふざけんな」
「えー」
スーナは陸に上がったイモムシのような動きで、ゆっくり這いつくばりながら進み、マッサージチェアにようやく腰を下ろした。
「じゃあスイッチ入れるぞ」
しばらくしてもスーナは反応しない。じっと無言で眼を閉じている。
「おい?」
「……」
「おーい」
「……」
完全に無反応である。もしかして寝ているのか? と思い肩を揺すろうとした時だった。
「……これ、ええな……」
今にも消え入りそうな声で、スーナが呟いた。
「そんなに気に入ったのか」
「あー、なんか地球侵略のことなんかどうでもよくなってきたわ」
こいつ意思弱すぎだろ。
「気に入った。ウチここに住むわ」
は?
「いやいや! 何でだよ、ヌベードゥ星に帰れよ! そのマッサージチェアは持っていっても良いから!」
「ええやろ別に。ウチが侵略を止めたらお前は英雄になれるんやで?」
そういう問題では無い。
「中尾ぉ、お菓子持ってきてぇ」
スーナは完全にふやけた顔をしている。
「自分で持って来いよ!」
しかし返事がない。肩を揺すっても反応がない。完全に眠っている。おいおい、マジで居座る気なのか?
こうして俺とスーナの、奇妙な同居生活が幕を開けた。
おわり
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