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真世界

作者: 白真 玲珠

「我々が劣っているのではない。むしろ我々こそが、進化した人類なのだ」

彼が放ったその言葉は、瞬く間に世界を駆け巡り新しい時代の到来を告げた。


その青年━━彼のイニシャルからSと呼ぶことにする━━が、ASDすなわち自閉スペクトラム症と診断されたのは、彼が15歳の時だった(もっとも当時はASDという呼称はほとんど普及しておらず、診断名はアスペルガー症候群だった)。

Sはこの時にようやく自分がこれまで感じてきた生きづらさの原因が、自分の力ではどうしようもないことであることを悟り、諦めと同時に安堵の感情を持った。

それからSは、自分が普通ではないことの自覚を持ちながら周囲からは普通に見えるように振る舞い過ごした。しかし、Sが大学生の時、彼は鬱病になった。引き金となったのは、彼が始めたアルバイトだったが、原因はそれだけではなかった。彼がそれまでの人生で受けてきた様々なストレスにアルバイトで受けたストレスが加わり、ついに心がそれに耐えきれなくなったのだった。

Sの心はその日を境に壊れていった。

なんとか最悪の状況を脱し、物事を考える余裕ができたSがまず最初に思ったことは、自分がこうなってしまったのは全てこの世の中のせいだということだった。彼は、全ては世の中が悪いのだと考え、世の中への憎しみを糧に、世の中に復讐するために生きていくことを決めたのだ。いや、そうすることでしか生きられなかったのかもしれない。

Sは普通のふりをすることをやめた。自分は何も悪くないのだ。自分が社会に受け入れられないのならば、それは世の中のせい。だったら、そんなものは壊してしまえばいい。壊して、自分の理想のかたちに作り変えればいいのだ。そう考えるようになっていた。

Sはこの世界を壊す方法について考えた。

この世界を壊すのなら、まず誰がこんなくだらない世の中にしたのかを突き止めなければならない。Sは、世の中の動向を探ったり、自分なりに考えたりした結果、この世界をこんなくだらない世の中にしたのは政治家たちであり、この世界を壊すには、政治の仕組みを破壊しなければいけないという結論に至った。

それから、Sは政治の仕組みを破壊するための方法を考え、試行錯誤を繰り返した。

まず、最初に思いついたのは、国会議事堂を襲撃し、政治中枢を麻痺させてしまうことだったが、武力行使に走ればその時点で警察が動く。そうなれば、間違いなく計画は失敗に終わる。この計画は断念するを得なかった。

となれば、次に考えたのは自身が政治家になり、内側から仕組みを変えるという計画だった。しかし、政治の仕組みを変えられるほどの権力を持った役職に就くには、かなりの時間がかかる。例外的に若くして就ける場合もあるが、その可能性に賭けるのは無謀にもほどがある。さらに、政治の世界で生きていくには、時に清濁合わせ飲まなくてはいけない場合もあるだろう。いや、Sにはそれくらいの覚悟はできていた。だが、それよりも政治の世界で生きていくために、自分が何より嫌っている政治の仕組みに翻弄されることが、我慢ならなかったのだ。

このような理由から第二の計画も、断念することとなった。

そしてSが考えた第三の計画、それはインターネットを使い大衆に働きかけるというものだった。それは、SNSや動画配信サイトに自分の思想や考えを投稿し、それを見た人々を触発する。そして、そういった人々が増えれば自然と集団化して運動を起こす。そうなれば、あとは簡単だ。自分が彼らを扇動してやれば、運動は大きくなり、政治の仕組みを変えるほどの力を持つだろう。

Sはこの計画なら、うまくいくと思った。

自分がするべきことを決めたSは、計画をうまく遂行するために、勉強をした。心理学、歴史学、言語学、とにかく役に立ちそうな講義は学部に関係なく自分が受けられるものは全て受けた。講義で触れられなかった内容は図書館で文献にあたり、独学で学んだ。そのころ彼は、一日のほとんどを勉強に費やしていた。全ては世の中を壊すという目的のためだった。

そして大学の卒業式を控えたある日、Sは計画を実行に移すことにした。

まず、Sは動画投稿サイトに動画を投稿した。

「この動画を見ている者全員に問いたい。諸君はこの世界に満足しているか?21世紀の人間の社会が今の状態で良いと思っているか?この世界には2種類の人間がいる。普通と呼ばれる人間とそれ以外の人間、つまり、多数派と少数派だ。この世界はこの2種類の人間がいて初めて成り立つのだ。しかしどうだ?普通と呼ばれる愚か者どもは、我々少数派がいて初めて自分が普通たり得ることに、まるで気づいていない。今の世界は、多数派にとって生きやすく、少数派にとっては生きにくい世界になっている。弱肉強食の世界は、人の世界ではない!障害者、特に発達障害者は見た目は普通の人間と同じであるために、理解されず、不当な扱いを受けてきた。きっとこの動画を見ている者の中にもいるだろう。普通と違うことで、虐げられ、苦汁を舐めてきた者が。だが、諸君らが虐げられる理由などどこにもない。思わないか?確かに我々は普通の人間と比べて、劣っている部分が多いかもしれない。しかし、我々は、普通の人間が一生かけても獲得し得ないような、知識や才能、あるいはそれを獲得しうる素質を持っている。そしてそれは、我々の劣っている部分を補って余りあるものだと。そうだ、我々が劣っているのではない。むしろ我々こそが、進化した人類なのだ。今こそ、我々がこの世界を変える時である」

Sは同時に、SNSにも自分の考えを投稿した。

──この世界の仕組みは間違っている。人間の社会は弱肉強食であるべきではない。──

──この世界を本来あるべき理想の姿にするために、今我々が立ち上がるべきなのだ。──

彼は、自分の投稿に動画のURLと多数のハッシュタグを付けて拡散しやすいようにした。

果たしてSの目論見は大成功だった。動画は、瞬く間に他の動画サイトに転載され、SNSに投稿したものもすぐに拡散され、彼のメッセージはネットを介し世界中に広まっていった。やがて、彼が考えた通りに自然とこの世界の仕組みを変えようとする集団ができ、運動が起こり始めた。Sは自らその集団の先頭に立ち、彼らを扇動する。全ては彼の計画通りに運んでいた。

「ハハハハハハハ、そうだ!それでいい。この世界は腐っている。我々がこの世界を変えるのだ。我こそがこの世界の救世主なのだ!もう我々はマイノリティではない、これからは我々がマジョリティだ。我々こそが正義、我々こそが法、我々こそが強者となるのだ。」

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